初日の任務、終了
仕切りのカーテンをさっと引かれる。
「おぉ……」
先生の目が、わたしにくぎ付けになった。
頬が紅潮している。わたしは恥ずかしくて仕方ない。
先生が選んだ服は、ブラウスとタイトスカート。
ブラウスには白地にストライプが入っており、滑らかなシルクで着心地が抜群にいい。
スカートは膝丈。黒地に白のラインが入っていて、黒いレースの生地とリバーシブルになっている。
これにしっかりしたつくりのジャケットを合わせると、完全に大人の装いだ。
「お綺麗ですね」
お店のひとが笑顔でいってくれる。
先生は感慨深そうにうなずいている。
「これをひと揃いください。このまま着て帰るから」
先生は、胸ポケットからカードを出して「一括で」といった。
「え、だって、これすごい値段じゃ……」
タグを見ようと身をよじるわたしに、先生は人差し指を一本立てて、
「いいの。きみはこれをユニフォームとして、仕事のときに着用すること」
一方的に宣言された。
「若いうちからいいものを着ていなさい。ぼくは若いひとがペラペラの服を着ているのが嫌いなんだ」
そして、胸ポケットからメガネを出して、わたしの耳につるを通す。
「これ、伊達メガネだから。変装になるでしょ」
「はぁ……」
困惑して鏡を見るわたし。
まるでいつもの自分じゃないみたいだ。
「お買い上げ、ありがとうございました」
お店のひとが、深々と頭を下げる。
そしてすすっとわたしに近づいてきて、
「先生が、女性を連れていらしたのは、今回が初めてです」
と耳打ちされた。
「え……」
「頑張ってくださいね」
なにを頑張れというんだ……。
意味深な笑顔の店員さんに返事ができない。
「さ、行くぞ」
先生が先に行ってしまう。
「あの店、メンズラインもあってね。ときどき買いに来るんだ」
自慢としか思えないことを口にする先生。
結局、今回の買い物でいくら使ったのかは、怖くてきけずじまいだった。
車に乗って、神保町に向かう。
コインパーキングに駐車し、活気あふれる通りに出る。
近代文学を専門にしている、有名な古書店に入る。
「うーん」
先生はざっと棚を眺め、「このへんだな」と数冊本をピックアップする。
「なんのお仕事なんですか?」
「ある作家の評論。ぼくにしかできない仕事だよ」
ちょっとこれ持ってて、とかばんを渡される。
結局何件か古書店をはしごし、十冊ほど函入りの古本を買った。
「重い……」
分厚い本を入れた紙袋が、手に食い込む。
「もうちょっとだから、我慢しなさい」
先生はもともとの自分の荷物しか持っていない。
人使い、荒い……。
プリウスを発進させ、今度こそ大学に向かう。
「こっち、こっち」
先生の指示で職員専用通路を使い、エレベーターに乗る。
なるほど、これなら学生に顔を合わせず、研究室に直行できる。
「疲れた……」
「お疲れ様」
ぼやくわたしに、先生のねぎらいの声と、キンキンに冷えたコーヒー。
「今日は、これでおしまいだよ」
コーヒーを口にするわたしに、先生が告げる。
「明日は一応、ここにある蔵書のリストを作ってほしいと思ってる。また連絡して」
「はぁい……」
「返事は簡潔に」
「はい」
なんだか、いろんなことが目まぐるしくて、ドキドキした。