契約成立?
「……は?」
先生のおっしゃっていることが、理解できません。
「だからぁ、ぼくの秘書にならないかどうか、きいているの」
「……それは、具体的にどんなことをすればよいのでしょうか?」
ようやく頭の回路がつながったわたしは、まじめな顔でききかえす。
「雑用だね。
スケジュール管理、ぼくが出られないときの電話番、事務的なメールの処理……、
あとは資料の整理、コピー取り、お茶くみとか掃除とか……」
本当に雑用だった。
「なに?
なんか別のこと、期待した?」
「してません」
ちょっとエロっちい口調になった先生に間髪入れずに応じると、先生はしゅんとした。
「気を取り直して……。
時間的に拘束はするけど……、
きみにとってのメリットはあると思うよ?」
「うかがいます」
もうこうなったら、開き直るしかない。
「マスコミの仕事が、現場で見られる」
「!」
わたしの耳が、大きくなった!
「出版社はもちろん、テレビ関係にも付き合いがあるからね。
ぼくにくっついてくるだけで、仕事のイメージが具体化されるよ」
なるほど……。
密かにマスコミに興味があるわたしには、いい話なのかも……。
「もちろん、それ相応の報酬は払うし」
「……おいくらですか?」
神妙にたずねる。
「これくらいは」
先生は、顔の前で両手の平を広げてみせた。
「……え、週に?」
「違う違う。桁が違うよ」
「ということは、月に、諭吉さんが十枚……?
って!」
貧乏学生にとっては、好待遇!
「どう?
悪くない話でしょ?」
あれも買えるしこれも買える……と、皮算用をするわたしと、ニヤニヤしながらそれを見つめる先生。
メリットしかないじゃん!
「やります!」
「オッケー。
じゃあこの契約書に、サインして」
一枚のプリントを渡された。
そこにわたしは、浮かれながら署名をする。
「よし、契約成立!」
立ち上がって叫ぶ先生。
「今日からきみは、ぼくの奴隷だ!」
「……え?」
「ここに書いてあるでしょ?
わたし、高宮いのりは、長谷川真の奴隷になりますって」
わたしはプリントを先生の手からひったくり、まじまじと文面をみる。
「なーーーっ!」
秘書のところに、括弧付きで(奴隷)って書いてある!
「こんなのイヤです!
要はこき使われるってことじゃないですかー!」
「ふーん……」
先生は斜め下を向き、
「十万円」
ぽつりとつぶやく。
「うっ……!」
ズルい! その攻撃は反則だ!
「契約成立でファイナルアンサー?」
にこにこがニヤニヤに変わった先生が、ちょっと古いネタで迫ってくる。
背に腹は代えられない。
屈辱に打ち震えながら、わたしは、こくりとうなずいた。
騙されたーーー!
そう心の中で叫びながら。