棚ボタな邂逅
振り返ると、二人の男子学生が立っていた。
いかにもおとなしそう……悪くいえば今ひとつ覇気がない。
「なんでしょうか?」
おびえる綾乃ちゃんを背中にかばいながらきく。
まさか、ナンパではないだろうけど……。
「あ、まず自己紹介。
ぼくは二年の森田といいます」
黒縁のメガネをかけた男の子が頭を下げる。
「ぼくは佐藤。三年です」
銀色のメガネフレームの男の子がそれに続く。
なおも警戒を解かないわたしたちに、
「きみたちは、長谷川先生に興味があるの?」
と、どストライクの質問が、森田さんから投げかけられる。
「あ、まあ、ファンではあります」
わたしが認めると、
なんと、
「ぼくたちに協力してくれたら、長谷川先生と直接お話できるよ」
『協力します!』
即答だった。
そして、一週間後、わたしたちは夢の空間にいた。
長谷川先生の研究室である。
目の前には、もちろんご本人。
わたしは緊張で失神寸前、綾乃ちゃんは……
あ、口から心臓が出そうになってる。
森田さんと佐藤さんも同席している。
なぜ、わたしたちがこの場にいるかというと、
美桜大には、「学究祭」という、五月に開かれる研究発表の場があるのだそうだ。
先輩ふたりは、そこで行うイベントの目玉として、長谷川先生の講演会を企画。
わたしたちふたりは、ポスター貼りや当日の案内などの、雑用を頼まれたというわけである。
つまり、役得というやつだ。
……金魚のふんというかもしれない。
「それで」
長谷川先生は、手のひらを組んだ姿勢で、発起人である佐藤さんに問う。
「ぼくは、その時間中、わりと自由に発言していいの?」
「はい、テーマは『文学の危機』となっていますが、あくまで仮のものです。
先生の裁量で、フレキシブルに決めていただいて大丈夫かと」
佐藤さんは、メガネを光らせながらいう。
「ふーん……まぁ、十月入学の学生に関わることだからねえ」
先生は、手元に置いたスマホを見、なにかタップしていたが、
「わかった。そのころは、仕事をあけておくよ」
と、OKのサインを出した。
『ありがとうございます!』
一斉に頭を下げるわたしたち。
「じゃ、ぼくは、次の仕事があるから」
すっと席を立つ先生。
ああ、もう行ってしまわれるのか……。
学生四人も先生のあとに続き、部屋を出る。
先生が施錠するのを確認し、頭を下げ下げ散り散りになる。
「あ、いのりちゃん、先に行っていてください」
綾乃ちゃんに告げられ、なんで? と首をかしげる。
「レポートのことで、ほかの先生に質問があるんです」
「あー、じゃ、また連絡ちょうだい」
わたしは手をひらひらとさせ、エレベーターに向かった。
「え」
エレベーターホールで待っていたのは、長谷川先生だった。
うわぁ、気まずい……。
固まったまま到着した箱に乗りこむ。
先生は隣で、階数の表示板を眺めている。
かっこいい人なんだよなぁ……。
昔の言葉でいうと、シュッとしているというか、二枚目というか……。
あ、心臓バクバクしてきた……。
「きみもさ」
その言葉が、自分に向けられたものだと気づくのに、数秒かかった。
「は、はい?」
「どうせ、思ってるんだろ?
長谷川真は、オワコンだ……って」
「……は?」
な、なんだなんだ、いきなり?
「ぼくがデビューしたのは、二十年前。
きみたちはそのころを知らないだろうし、ぼくの本が売れ線から外れてかなり経つ。
見た目でもてはやされた時代ももうとっくに過ぎた。
そろそろ老害扱いされ始めておかしくない年頃になった」
先生は、一息でそこまでしゃべった。
「もう、長谷川文学は世の中に必要とされていない。
もっとライトでイージーなブンガクが、世の中にはあふれている。
そういうもののほうが、ぼくの書いたものより何十倍、何百倍も売れている。
もうぼくの賞味期限は、とっくに切れてしまったんだ」
わたしは、両方のこぶしをぎゅっと握りしめた。
「……そんなこと」