はじめての講義
週明けの月曜日は、この時期にしては驚くほどあたたかかった。
桜はもう散り始めており、お花見をするのなら今のうちよ! とわたしたちを急き立てている。
「おはようございます!」
うしろから軽く肩を叩かれる。
「おはよう」
綾乃ちゃんだ。
笑顔がこぼれんばかりにまぶしい。
「いよいよ、今日から講義ですね!」
「そうだね」
履修登録は、ネットで先週のうちに済ませたのである。
「しかも……」
『長谷川先生の!』
きゃーっ、と歓声を挙げて盛り上がるわたしたちを、先を急ぐ学生たちがよけていく。
予鈴が遠くから聞こえる。
「急ごう!」
「急ぎましょう!」
わたしたちは、走り出した。
大教室に着いたとき、先生の姿はまだなかった。
口の中で、セーフとつぶやく。
初回の講義から遅刻はまずい。先生に悪印象を与えてしまう。
それよりも……。
「ひとの数、少なくない?」
「そうですわね……」
ぐるっと見渡して、数えられるほどしか、学生が入っていなかった。
「不人気の講義なのかな……」
ネット情報では、単位は取りやすいという話だったから、わたしたち以外のひとにもアピールするはずなのだけど。
首をひねりながら、ガラガラの席の最前列に座った。
そのとき、ドアが音を立てて開いた。
「!」
わたしたちふたりは、目を見ひらいてフリーズする。
長谷川先生だ!
こんなに近くに! しかも本物!
シャツにカーディガン、ヴィンテージデニムというラフな服装が、鼻血が出そうなほど似合っている。
「えーと」
先生は、教室を見まわして、なぜか苦笑のようなものをもらした。
「それでは、今日はガイダンスということですので……」
表情を引き締めて、ペーパーを読み始める。
「講義は一年間、全三十回を予定しています。これだけ時間があれば、たいていのことはできる」
そして、プリントを配り始める。
課題図書一覧と書かれたプリントを見ると、長谷川作品に触れたことのあるひとなら、なじみのある本ばかりだった。
「一年かけて、最低でもこれくらいは常識と思って、読んでください」
もしかして、この義務化した読書が、講義の不人気につながっているのだろうか?
そうだとしたら、長谷川ファンであるわたしたちは、ラッキーなのでは……。
「それでは、講義の内容について、ざっと説明します」
ノートをとりながら、先生を見つめる。
憧れのひとを凝視できる幸せにうち震えながら。
ああ、本当に大学に受かって、よかった……!
喜びをかみしめていると、音楽によって講義の終了が告げられる。
えっ、もうそんな時間!?
「ああ、あっという間でしたわね……」
綾乃ちゃんのつぶやきにも、実感がこもっている。
先生は、呼び止める間もなく、さっと教室を退出してしまう。
まあ、声をかける勇気なんて、ないけどさ……。
「移動しないといけませんわ……」
「綾乃ちゃん、二時限目なに?」
「文化人類学です」
「あ、わたしも」
荷物を手に、教室を出ようとしていると、
「ちょっといいかな、きみたち」
背後から男のひとの声が聞こえた。