親友
心ここに在らずという状態のまま、のろのろとハンドバッグを拾い、先生の部屋を出る。
拒絶された。
気持ちの整理などまったくできやしない。
とにかく、帰ろう。
そう思った瞬間、スマホに着信があった。
綾乃ちゃんだ。
『あれからどうしました?
心配しています』
胸にこみあげるものがあった。
『綾乃ちゃん、今から会えないかな』
『いいですよ。
迎えに出ましょうか?』
『こちらから行くから、待ってて』
最寄り駅が、都心の一等地であることは知っている。
地下鉄で向かうことにする。
不機嫌になるくらい暑い日だから、地下に潜るくらいがちょうどいい。
送られてきた地図情報を頼りに、綾乃ちゃんの家を目指す。
想像していたのは大邸宅だったが、
「あれ……?」
建っていたのは高層マンション。
オートロックを解除してもらい、中に入る。
最上階が、三十六階って……。
そこが綾乃ちゃんの家らしい。
エレベーターが、なめらかに到着する。
「いのりちゃん」
ドアが開くなり、綾乃ちゃんが待ち構えていた。
「綾乃ちゃん」
最初に謝った。
「いろいろと黙っていて、ごめんなさい」
「いいんですわよ、そんなこと」
綾乃ちゃんは、ちょっと複雑そうではあるものの、笑ってくれた。
「こちらにどうぞ」
いきなり、大展望を誇る部屋に通された。
天気がよければ、富士山まで臨めるのではないだろうか。
「なにも召し上がっていないのでしょう」
かなめちゃんは、お昼を用意してくれていた。
もうそんな時間なのかと思ったけれど、食欲はまるでない。
断って、アイスミルクティーをいただきながら、事情を話した。
先生の秘書的な仕事をしていたこと。
先生に事情があったこと。
先生の病気、さっき先生に言われたこと。
かなめちゃんは、真剣にこちらのいうことを聞いてくれていた。
ときに顔を赤らめ、ときに呆れ、ときに微笑み、ときに眉をひそめながら。
話し終えて、グラスを干してしまうと、徒労感が疲労に変わった。
綾乃ちゃんは、膝のうえにおいた自分の手のひらのなかをのぞきこんでいる。
「……許せません」
やがて、彼女は声を絞り出した。
「先生が、許せません!」
綾乃ちゃんが、突然テ―ブルを平手でたたいた。
「確かに、ご家族にいろいろご不幸があったのは、お気の毒だと思います。
でも!
それを口実に、いのりちゃんの気持ちまで引っ掻き回すだけしておいて、突き放すなんて!」
わたしはただただびっくりして、綾乃ちゃんを見つめていた。
「先生は、利己的すぎます!
結局、自分がかわいくて、これ以上傷つきたくないんじゃないですか!
自分がだれかを不幸にする?
笑ってしまいますわ!
先生しか、いのりちゃんを幸せにできるひとは、いませんのに!」
綾乃ちゃんは、涙ぐんでいる。
わたしは、彼女が友達でよかったと思った。
「行きますわよ」
すっと立ち上がる綾乃ちゃん。
「え、どこへ?」
「決まってますわ。先生のところへです」
「わたしの大切なお友達を、傷つけるひとは、誰であっても許せません」
綾乃ちゃんは、今まで見たことのないくらい、怖い顔をしていた。




