真実
……わたしの頭を、大きな手がなでる。
柔らかくて、大きな手。
誰だろう?
安心する……。
「いのり……」
呼ぶ声に、わたしの意識はゆっくりと覚醒する。
「……先生」
先生が、困ったな、という顔で、横になったまま、わたしに触れていた。
「ずっと、ここにいてくれたのか」
先生の問いに、わたしはこくんとうなずく。
「心配したんです」
心の底から。
もう、誰かを失うのは、いやだ。
「悪かった」
先生は、起き上がった。
「もう、大丈夫だ」
「本当に?」
「うん、熱も平熱だし、どこも痛くもなんともない」
「でも、今日一日くらい、お休みになっていたほうがいいです」
「そういうわけにもいかない」
仕事があるんだよ、と先生。
「第一、これは、ぼくの心の問題だから」
意味がわからず、先生の顔をじっと見る。
「定期的に、高熱が出るんだよ。八年くらいまえから」
八年前……。
ひとつの符牒が、わたしの眼の前に現れる。
「きみには、話しておくべきなんだろうな」
先生は、ベッドに腰かけたまま、わたしに語り掛ける。
「ぼくは、娘を亡くしている」
「……!」
「結婚をしていた。
別に、隠すようなことじゃない。
相手は、ごく普通のひとだ。
ぼくは、夫になっても、ライフスタイルを変えなかった。
外をほっつき歩いて、悪いことばかりしていた。
娘が生まれても、家に寄りつかなかった。
ある晩、正体不明になるまで、外で飲んだくれていた。
携帯電話に着信があったのに、気づきもしなかった。
尋常じゃない数の留守電がたまっていたのに、無視を決め込んでいた。
帰ったら、娘が死んでいた。
突然の病気だったらしい。
妻は、泣きながらぼくを何度もなじった。
当然の罰だと思って、好きなようにさせた。
まだ、たったの二歳だった。
それで、妻との関係にとどめを刺してしまった。
もともと壊れてはいたけれど、修復不可能になった。
ぼくはひとりになった。
生活は、ますますでたらめになった。
女の子とめちゃくちゃやったり、ここではいえないようなこともずいぶん覚えた。
そうしないと自分を保っていられなかった。
でも、結局のところ、仕事しか、ぼくにはなかった」
先生は、なにも映していない瞳をしていた。
「きみのことは、好きだ。
最初に会ったときから惹かれていた。
わかりにくいぼくでも理解してもらえるんじゃないかという期待があった。
でもね、だめなんだよ。
ぼくは、会うひと会うひと、不幸にしてきたから。
きみまでそんなことに、巻き込んじゃあいけないんだ。
悪いと思う。
きみを振り回してしまって。
ちょっと、ここらで離れよう。
しばらく、きみが必要になるような仕事はないんだ。
ほら、シャワーを浴びるから、きみは帰りなさい。
いろいろなことについては感謝してる。ありがとう」
洗面所のドアが閉まった。
わたしはただ、呆然としていた。




