一夜
永遠とも思える時間が過ぎ、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、初老の医師らしきひとが立っていた。
いわゆる、ドクターズバッグを持っている。
「綾乃さんから……」
わたしが経緯を説明しようとすると、
「ええ、うかがっております。
綾乃さまは、私が受け持っている患者さんですから。こんなお小さいころからの」
手を腰のあたりまで下げる。
そのしぐさに、悪いひとではないという印象を受けた。
「こちらです」
「失礼しますよ」
先生の寝室に通すと、医師は聴診器や血圧計を取り出した。
「熱は?」
「さっき測ったら、八度以上ありました」
「それはいけないですな。あれ?
うーん……」
医師は、聴診器を先生の胸にあてながら、首をひねっている。
「おかしいなあ……」
「なにか、異常があるんでしょうか」
「いえ、その逆です」
「は?」
「発熱以外、異常なところがないんですよ」
「どういうことでしょう」
「この状況では、わかりかねますな……。
一応、解熱剤を出しておきますが、病院に行って精密検査をなさったほうがよいでしょう」
「人間の症状というものは、医者でもわからん部分が大半なんですよ」
不安がっているわたしに、医師はそう告げた。
「過労が原因かもしれないですし、心因性のものということもあります」
綾乃さんによろしく、と頭を下げると、名刺を置いて、医師は帰ってしまった。
なにかあればこちらへ連絡くださいということらしい。
料金は、ほとんど発生しなかった。
綾乃さまからのご依頼ですから、と足代しか要求されなかったのだ。
綾乃ちゃんに、お礼をいわなくちゃ。
彼女に、いろいろと説明しなくちゃ……。
先生の枕元に戻る。
だいぶさっきより安定したようで、寝息が穏やかになっていた。
ぬるくなったタオルを取り換え、キッチンでお湯をわかし、湯冷ましをつくる。
ここで解熱剤を使っていいのか迷ったが、お湯に溶かすかたちで薬を服用しやすくした。
それをスプーンに取り、先生がむせないように、くちびるを湿らせるように飲ませる。
のどぼとけが上下するのを確認し、先生のそばに座った。
「……先生」
わたしは、こんなに他人のことを心配できる人間だったんだ……。
しばらく経ってから、体温計を使った。
……7度代。
よかった、だいぶ下がってくれた……。
安心したら、まぶたが重くなってきた。
わたしは、先生のベッドに顔を伏せて、眠った。




