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先生の秘書になりました。  作者: 佐島楓
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扉を開けるとき

 急に、目の前が開けた。


「わあ……!」

 思わず、声をあげる。


 広い中庭のような空間に、遊園地がひろがっている。

 楽し気な音楽、楽し気なリズム。


「移動遊園地か」

 先生は、わたしの隣に立って、いう。


 週末ということもあり、会場は子どもを中心ににぎわっていた。

 ひとつ通りを挟んだ距離では気配を感じないくらいだったのに、びっくりだ。


「先生、ポップコーン買いましょう!」

 わたしは目を輝かせ、カラフルな露店を指さす。


 キャラメルポップコーンを手に入れ、食べながら歩く。

 先生もしっかり、隣のお店でフランクフルトとビールを注文していた。


「ドイツを思い出すね」

 ビールを飲みながら、ぽつりと先生がいう。

「かなり前だったけど……、

 こんな感じで、メリーゴーラウンドが回ってたのを覚えてる」


「乗りましょうよ、先生」

 メリーゴーラウンドの前で、先生の袖を引っ張って誘う。

「いや、ぼくはいいよ」

 きみは乗ってきなさい、と先生が苦笑まじりに手を広げる。


 お言葉に甘えて、ワルツのテンポと白馬に乗って、一周してきた。


 ほかもおとなしい、回転がメインのアトラクションばかりで、すっかり目が回った。

 移動遊園地にスリルを期待してはいけないのは知っていたけれど、これはこれで楽しい。


「はー、疲れた……」

 口の中でつぶやいて、ふわふわ浮かれながら、先生が座っているベンチのところまで行く。


「これ、なかなかいけるよ」

 先生が、ワイルドな感じのバーガーを差し出す。

「あ、ありがとうございます」

 いただきます、とさっそくかぶりつく。うん、美味しい。


 夕暮れが、夜にとって代わろうとしている。

 群青色のグラデーションが、ビルの谷間から見える。


「ここに来たかったの?」

 先生が、何杯目かのビールを口にしながらきく。

「そうです。このご近所のかたしか知らないイベントだってことだったんで」

「それにしては、大掛かりだね」


 先生が、失笑というふうの息をもらす。

「どうしました?」

「いや、きみというひとが、かなりわかったよ」

「……悪かったですね、子どもで」

「いやいや。それはそれで、いいんだ」


 ぼくに開示してくれているわけだから、と先生は微笑む。

 わたしは頬をふくらませて黙り込む。


「……いつか」

「はい」

「いつかきみと、どこか外国へ行きたい」

「外国じゃないといけないんですか?」

「そんなことはないけど……。

 きみを解放してあげたいんだ」


 この国では、きみはなにかに縛られているように見えるから、と先生はいう。


 そんなことはない、とわたしは思う。

 先生となら、わたしはどこまででも飛べるのに。


 こんなにも気持ちが通っている。

 そろそろ、やじろべえのバランスを崩すときだ。


 ゆっくりと闇が、街を覆っていく。

 すっかり暗くなってしまうのを、じりじりしながら待った。


 少しずつ、少しずつ、先生との距離を詰める。


「先生」

「うん?」

 

 先生がプラスティックのコップを置いたところを見計らって、頬を両手で挟み、くちびるを重ねた。


 目を閉じて、自分の想いすべてを、接点に集中させる。

 なにも技巧を使わない、拙い、触れるだけのキス。


 息ができなくなる。

 顔を離すと、先生もゆっくりとまぶたを開けた。


「バカだな」

 先生は、わたしの手をつかんだ。

「大人がするキスも、知らないの?」


 引き寄せられ、顔を上向かされる。

 覚悟を決めたとき、先生は突然表情を変えて、立ち上がった。


「帰ろう」

「え……」


 わたしの手を握ったまま、先生はずんずん歩いて行ってしまう。


 否応なくわたしも、それに続いた。








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