先生談義に花が咲き
入学式終了後。
綾乃ちゃんとわたしは、駅前のマックに移動して、ガールズトークと相成った。
綾乃ちゃんは、見た目通りのお嬢様だった。
都内の高級住宅地に住み、東京の人間ならだれもが耳にしたことのある女子校に通い、現役で大学に合格。
『世間に慣れるため』実家から電車で通学しているという。
あの女子校は付属の女子大学があったはずでは……と思い出しきいてみると、
「ええ、内部進学もできましたけど、その気はありませんでしたわ」とのたまう。
「だって、小学校から女子だけの園で育ちましたのよ?
そろそろ殿方を知らなければ、一般企業で働くこともままなりませんもの」とバッサリやられた。
一応都内在住とはいえ、公立の学校しか知らないわたしにとっては、なんというか、別の世界の話だ。
一応わたしも、自己紹介をする。
ここに漂着するまでの、簡単ないきさつ。
あまり深すぎる事情は、それなりに伏せつつ……。
大誤算だったのは、一浪してしまったこと。
それでもまあ、浅い傷で済んで、よかったと思う。
『両親』には、負担をかけてしまったけれど……。
あれこれ話したけれど、綾乃ちゃんは、きちんとうなずきながらわたしの眼を見て聞いてくれた。
まじめな子なんだな、とちょっと安心する。
そろそろ、本題に入ろう。
綾乃ちゃんもわたしも、この話がしたくて、さっきからうずうずしているのだ。
そう、
『長谷川先生!』
声がきれいにハモってしまった。
「どこで、お知りになりましたの?」
綾乃ちゃんからきかれ、わたしはひとつひとつ思い返しながら言葉にする。
「最初に知ったのは、テレビだったかなあ。
世の中にこんなかっこいい人がいるんだ! って、ものすごい衝撃を受けて、
しかも作家だってことを知って、ええっ?! ってなって。
まだ、小学生くらいだったと思うけど」
「わたくしは、本から入りましたの」
綾乃ちゃんが、目を輝かせながらしゃべり始める。
「中学生のころ、母の書棚に、『テクマク・マヤコンの夢』の初版本がございまして、
なにかしら? ライトノベル? と不思議に思って読んでみたんです。
そしたら、度肝を抜かれてしまって」
「あー、わかる。あの作品は衝撃だよね」
わたしは腕組みをして、うんうんとうなずく。
『テクマク・マヤコンの夢』は、長谷川先生のデビュー作だ。
ライトノベルっぽい表紙に騙されて手に取る読者は、そこに綴られた衒学的な世界に驚かされることとなる。
哲学や心理学、考古学などの深淵な知識に裏づけられた世界観とトリック、登場人物の内面描写。
もはやジャンル分けは不可能とされたこの作品は、そのころ顔出しをしていなかった先生のミステリアスさも相まって、二十年ほど前の大ベストセラーとなったのである。
「ちょっと調べてみましたら、まあ、先生のお顔の見目麗しいこと!
それに加えてあの博覧強記ぶり!
わたくし、一気に夢中になってしまいましたの」
「もしかして、先生目当てで美桜に?」
わたしがハートマークを振りまいている綾乃ちゃんにたずねると、
「もちろんです!」と即答された。
「先生は、独身でいらっしゃるはずですし、
もちろん、引く手あまただとは承知しております。
でも、希望を捨てたくないんです!」
そして、虚空に向かってびしいっ! と指をさし、
「先生は、わたくしの初恋の人なんですものおっ!」
と叫んだ。
……背中に集まってくる「なんじゃそりゃ?」な視線が痛い。
でも、わかるなー。
わたしも、恋とまではいかないけれど、先生に会ってみたくて、大学に進学したんだもの。
「さっきの生・長谷川先生、素敵でしたわねー」
「うん、イケメンオーラまだまだ健在だった……」
それからしばらく先生談義を続け、盛り上がった綾乃ちゃんとわたしは、来週の始業時間に待ち合わせを約束し、帰路についたのだった。