バースデイ
「……覚えていてくださったんですね」
ワインでくちびるを湿らせて、わたしはつぶやいた。
苦い、と感じてしまうのは、はじめてのお酒だからか。
「なにが?」
「わたしの誕生日」
「そりゃあね。基本だろう」
「でも、わたしの口から先生に申し上げてはいませんでしたよね?」
「ああ、学校で調べた」
「なんですって!」
個人情報!
「まあいいじゃない。一年に一回しかない、特別な日なんだから」
先生は、愉快そうに空になったグラスを置いた。
「……まあそうですね」
自分でも、忘れてしまう程度の意味しか持たない日なのだけれど。
「二十歳になった?」
「ええ」
「いいね、ニ十歳か~……」
先生は、遠くにまなざしをやる。
「なんでもできるし、老いはまだ遠いし、うらやましいね」
「そうでしょうか?」
「きみは、そうは思わないの?」
先生の問いに、うなずくわたし。
「若いということが、煩わしく感じます」
「へえ!」
先生は、大げさに驚いてみせる。
「きみ、けっこう年がいった考えかたなんだねえ」
「たまに、そういわれます」
「でもね、煩わしく思う間もなく、歳を取っていくもんだよ、ひとって」
先生は、口の中で転がすように言葉を紡ぐ。
「わたしは……」
わたしは、グラスを見つめて黙り込んだ。
正直なところ、先生の年齢に早く追いつきたい。
そう思っているといったら、どうなるのだろう……。
「まだ、先生の年齢の半分くらいしか生きていない……」
ため息とともにつぶやくと、先生は、
「それだけの時間が、きみにはあるってことだよ。
無駄遣いをするもよし、大切に遣っても、時間はいつかは尽きる」
それに……と先生は瞳を光らせる。
「ぼくは、嬉しいけどね」
「どうしてでしょうか」
「これで、きみを堂々と口説けるようになったから」
「ごほっ、ごほっ!」
思わず、むせてしまう。
しれっとした顔で、なんてことを……!
「やっぱり、生まれ落ちて二十年も経っていない女性に手を出すほど、ぼくはロリコンじゃないからね」
先生は、ニヤニヤしている。
どこまでが本気なのか、まるでわからない。
わたしが焦っていると、前菜の生ハムにサラダが添えられたお皿が出てくる。
よかった、これで、食べるモードになれる……。
お料理がおいしかったせいもあるのか、先生はご機嫌だった。
わたしの知らない外国の話、文学者についての蘊蓄と、得意分野の話題を調子よくしゃべる。
わたしより、先生のほうが楽しんでいるようだったけれど、
それはそれでいいと思った。
ヴィシソワーズ、ロブスター、仔羊のシチューと来て、ようやくティータイム。
もうわたしのおなかのスペースは、デザート以外入らない。
先生のおすすめに従い、エスプレッソをいただく。
ガツンと来る感じが、とてもいい。
デザートの番となり、ウエイターが、銀のワゴンを押してやってくる。
一礼して、伏せられたお皿を開けると、
「わぁ……!」
そこには、ミニサイズながら、しっかりとデコレートされたホールのケーキが載っていた。
「今日は、お客様のお誕生日だとうかがっておりますので」
ウエイターも笑顔を見せる。
「こちら、当店からのプレゼントでございます」
「ショートケーキは好き?」
「だ、大好きです!」
声が上ずってしまう。
「だ、そうだ。
切ってあげて」
「お客様、その前に、おふたりのお写真をお撮りしましょうか?」
「え……」
わたしは、身を固くする。
「せっかくの、お誕生日ですので」
「撮ってもらえば?」
先生まで、そんなことをいう。
「いえ、いい……です」
わたしが浮かない顔をしていることに気づき、先生は、
「じゃあ、ぼくがきみの写真を撮ろう」
意外なことをいった。
「えっ」
「きみの写真がほしいんだ。
カメラ、借りるけどいい?」
「どうぞ、こちらで印刷いたしますので」
「ほら、笑って」
うまく笑えたかどうかわからない。
ストロボが光り、デジカメはお店のひとの手に渡った。




