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先生の秘書になりました。  作者: 佐島楓
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サプライズ

 八月のある日。

 わたしは、先生のご自宅で蔵書の追加リストをつくっていた。

 エクセルにもだいぶ慣れた。事務スキルはだいぶ向上したと思う。


 大学も無事夏休みに入った。前期の講義の成績は悪くはなかった。

 先生の講義だけやたら辛い評価だったのはなんだったのか。でも後期も取るつもりだ。


 先生は、わたしの背後で、パソコンで執筆をなさっている。

 ときどきこの世のものではないようなうなり声が聞こえるが、あえてスルーを貫く。


 右往左往し、いきなりキッチンスペースに向かって猛然となにか行い、

 甘い匂いがするのでなにごとかと思って振り向くと、「食べる?」とバナナシフォンを差し出してくる。


 ……相変わらず、変な先生だ。

 ケーキはおいしかったです。


 夕方になって、紅茶を前に一息ついていると、先生は突然虚空に向かってくわっ! と目を見開いた。


 今度はなんなんだ。


「あの、あの~……ね」

 あれ、先生、珍しく歯切れが悪い?

 挙動不審気味になっているわ。


「なんでしょう?」

 わたしは小首をかしげて、先生を見つめる。


「あの、高宮くん、今晩のご予定は」

「ありませんが?」


「え、でも、ご家族とか」

「いえ、特には」

「友達……とか」

「ありませんよ」

「彼氏……は、できないんだったね」

「できないんじゃなくて、いないんです!」

 さすがに聞き逃せずに、突っ込んだ。

 誰のせいだと思ってるんだ……という言葉は、危うく飲みこむ。


「ふーん……」

 先生は、じろじろと無遠慮にわたしを見回す。

 なに? なにか、わたし変?


 それとなく自分の服装を見てみる。

 先生に買ってもらったユニフォーム。

 スカートはそのまま、上は夏モードで白い半そでのカットソーを合わせている。


「……まあ、いい、か」

 先生は、なにか得心したように何度もうなずいた。


 そして、おもむろに夏物の麻のジャケットを羽織る。


「出かけよう」


「え、今からですか?」

「うん」

「もう今日は、お仕事の予定はないかと……」

「仕事じゃないんだ。ほら、靴をはいて」


 強引に外に出された。

 仕方なく、先生についていく。

 まだ太陽は高い。熱い風が吹き抜けていく。


 珍しく、先生がタクシーを拾った。

「乗って」

 促され、乗りこむ。


 どこへ行くんだろう?


 タクシーは、都心を離れていく。

 入り組んだ道に入り、先生の細かな指示であちこち曲がる。


 だめだ、もう、自分がどこにいるのかわからない。


 十数分も経っただろうか。

「このへんで」

 先生がいい、タクシーは止まった。


 何の変哲もない、という言葉しか浮かばない、住宅地である。

 土地勘もなにもないため、わたしひとりでいきなり放り出されたら、かなり困るだろう。


 先生は、坂になっていく道を下り、途中でピタリと足を止めた。

 声を出さずに、わたしを手招きする。


 よく見ると、坂を利用した半地下のような空間があった。

 先生は、そこに入っていってしまう。


 ふっと日光が遮られ、暗くなる。

 目が慣れてくると、そこがレストランだということが、ようやくわかった。


「いらっしゃいませ。ご予約は……」

「ああ、長谷川です。ふたりで」

「承知いたしました。ご来店ありがとうございます、こちらへどうぞ」


 穴倉のような空間に、テーブルと席がしつらえられている。


 わたしたちふたりは、そこに落ち着いた。


「先生……」

 非難がましい視線を投げるわたしを無視し、先生はメニューを見ている。

 わたしもメニューに目を落とすと、またしても自分の金銭感覚が崩壊するような桁の数字が書いてあった。


 先生が指を一本立てて、スマートにウエイターを呼び、フランス語らしき言葉を告げる。

 ほどなくしてソムリエのような男性がワインボトルを携え、先生のグラスに白ワインを注ぐ。


「いかがでしょう」

「うん、いいね」

 先生は目元を緩めた。


「彼女のグラスにも」

 わたしは、はっとして先生を見た。

「かしこまりました」


 わたしは、グラスをおそるおそる、手に取る。

 震えて、音が鳴ってしまわないように。


「誕生日、おめでとう」


 先生は、口元をほころばせながら、わたしが持つグラスにグラスを合わせた。






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