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先生の秘書になりました。  作者: 佐島楓
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もどかしい日々

 五月の学究祭は、大成功だった。

 会場の大教室は、明らかに先生と同年代の大人の女性で埋め尽くされた。


 わたしは、それを、壁に寄りかかって見ていた。

 ときどき、教室に入ろうとしているひとたちを案内したりしながら。


「まぁ、素敵」なんてつぶやいている女のひとを見ると、苦笑しそうになった。

 ひとは外見だけではわからないのに。


 自分ひとりだけの優越感。


 でも、その優越感も、奥さんには負けるのだろう。

 そう思うと、気持ちが沈んだ。


 先生の、そんなプライベートなことは、考えるべきでない。

 まだ、いまは。


 講演が終わってから、学校の近くのレストランで、簡単な打ち上げも行われた。


 綾乃ちゃんも同席したけれど、わたしは彼女に、本当に悪いことをしているという自覚がある。

 だからせめて、先生の隣の席を、綾乃ちゃんに譲った。


 綾乃ちゃんは、見てわかるほど舞い上がっていた。

 彼女の気持ちも痛いほどわかる。わたしは彼女を直視できなかった。


 綾乃ちゃんは、一か月やそれくらい前の、わたし自身なのだ。


 先生と雇用関係を結んだせいで、先生とわたしの普段の関係までもが変質していた。

 それを飛び上がって喜ぶ自分と、素直に喜べない自分がいる。


 こういうときに忙しいのは助かる。

 わたしは、講義に仕事にと、走り回った。


 先生は、どこに行くにもわたしを連れて行った。

 編集者との打ち合わせが一番多く、次はラジオ、その次はテレビ。


 ラジオ局やテレビ局なんて、こんなことでもない限り、一般人はなかなか入れない。

 どこもセキュリティーが厳しく、パスを発行してもらえない限り、立ち入れないのだ。


 先生は、こういう場に慣れている。

 笑いを交えながら、話術でスタッフをうならせ、めったにNGなんて出さない。


 わたしは、先生を視界に収めながら、

 自分がいつも流し見ていた番組というものが、

 これだけの人数と手間暇をかけてつくられるのだと実感した。


 先生は、そういった仕事を終えたあとは、必ずテンションが高かった。

 肩で風を切って歩き、自信に満ちあふれ、饒舌になった。


 かと思うと、初対面のときのように、

 急に谷間に転がり落ちるような気分の乱し方をすることもあった。

 

 このギャップには、最初こそ当惑したものの、すぐに慣れた。

 一定のパターンがあることを見抜き、冷静に対応すればいいのだ。


 わたしに対して絡むような話し方をしているうちに、先生自ら、自分の精神の不調に気づくのだから。


 だめだと思えば、先生はひとこと詫びてから、寝室にこもってしまう。

 わたしはその間、自分の勉強だの、本を読むだのということが自由にできる。


 でも、注意はいつも、寝室に向いていた。

 先生のことが、心配だった。


 先生は、わたしを寝室に入れたことがない。

 掃除も、自分でしているようだ。


 その線の引き方に、安心したり、不満を持ったりする。

 

 半日も経てば、先生は、いくぶんすっきりした顔で寝室から出てくる。

 わたしはなにを考えていたか、表情に出さないよう努力する。


 先生とわたしの、縮まりそうで、縮まらない距離。


 その距離を見極めようとしているうちに、カレンダーは夏休みの時期になった。







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