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先生の秘書になりました。  作者: 佐島楓
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ジレンマ

 先生の車に乗り、助手席のシートに頭をもたせかけた。

 疲れがじわじわと背中にまで広がる。


 いろいろなことを、整理して考えないといけない。


 先生の過去は……、

 ひとまず脇に置いておこう。


 さっきの、有森氏の態度を思い出し、胸が悪くなった。


 作家というのは、使い捨てなのだろうか。

 面白いものが書けなくなったら、どんなひとでも、見放されてしまうのか。


 それは商売なのだから、仕方ない部分もあるのかもしれない。

 でも、よろしくないものを修正してあげるのも、編集者さんの仕事なのではないか。


 わたしみたいな素人には、計り知れない世界だとは思う。

 けれど、有森氏も、旧知の仲なのだったら先生をあんなふうにけなさなくたって、いいじゃないか。


 ……もしかして。

 わたしは、先生のハンドルを握る姿を横目で見る。


 先生は、業界でああいう噂が流布されているのをご存じなのではないだろうか。

 だから、最初お会いしたとき、わたしにオワコン発言をした……。


 ご自分でも、自覚なさっているのだろうか?

 だとしたら、先生にとって、つらいことなのに違いない……。


「どうしたの」

 先生は、前を見たまま、わたしに問う。

「さっきから、なにを考えている?」


「ああ、消費される小説家というものについて……です」

 わたしは、無難な一般論について、先生にきいてみる気になった。


「先生は、ご自分の作品が消費物であるということについて、どう思われますか?」


「しょうがないでしょ、そりゃ」

 先生は、あっさりという。

「資本主義社会なんだし、こちらも食っていかなきゃいけない。

 大衆は移り気で、いまこの瞬間に最先端とされるものも一日後には古くなる。

 それを承知の上で、いろいろとやっていかなきゃならない」


「でも、それは文学を捻じ曲げてしまうことにはなりませんか?

 先生は、あくまで文学者であろうとなさっていますよね?

 文学として、自分の作品を後世に残そうとするのに、ジレンマが発生しませんか?」


「自分の小説に文学的な価値があるかどうか決めるのは、作家じゃないんだよ」

 先生は、わたしのほうに視線をよこす。

「あくまでも、采配を握るのは、読者なんだ。

 こちらが文学的な意味付けをしたって、それが読み取られなければ、小説は単なる文字の羅列だ。

 文学書以前のものになってしまう。

 古本に出されて終わりなんだ。

 ぼくは、小説に向き合い、読者と世界を共有し、そこに化学反応が起きるのを祈るしかない」

「……」

「セールスと文学は、相いれないものなんだよ、特にここ最近はね……。

 ある程度こちらも、セルフマネジメントをして、読者に媚びないといけなくなってしまった。

 それはまあ、ジレンマといえば、ジレンマなんだろうな」

 先生は、その言葉を最後に、自宅に着くまで黙り込んでしまった。


 帰ってから、先生に、軽くパソコンのレクチャーを受けた。

 スケジュール管理の仕方も教えてもらった。

 先生は、驚くほど予定が詰まっていた。


 でも、それは、ほとんどが小説以外の仕事だった。


 わたしは、先生がつくったお昼をごちそうになり、事務的な作業をしてから、帰宅した。

 



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