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先生の秘書になりました。  作者: 佐島楓
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降ってくる疑惑

 しばらくすると、見覚えのある男性が、ケータイを片手に玄関ホールに現れた。

 さっきまで話していた、有森氏だ。


 電話をかけている。

 声が大きいものだから、なにをしゃべっているのか、いやでも聞こえてしまう。


「いや、お久しぶり。

 あー、実は、長谷川さんが見えてね」

 

 わたしの耳が、集中するモードになる。


「そうそう、新作の原稿の件で。

 ……あー、出来はひどいもんだよ。

 小説を舐めてるとしか思えない」


 なっ……?!

 さっきまで先生の小説を褒めていたのに……!


「もうね、若さがないの。枯れているの。

 昔の、読んでいてこちらが胸を躍らせたり、びっくりするようなのが、なくなってしまってる。

 ルーティンで文字を綴ってるとしか、思えないよ。

 彼を十代のころから知っているぼくとしては、とっても残念なことなんだけどね。

 ん? いや、部数を絞り込んでおいた。五千部。

 それでも大変なのに、先生は見るからに落ち込んでいらしたね。

 もう、過去の栄光にしがみついている場合じゃないのにねえ。

 いいかげん現実を見てほしいと思うんだけど」


 ちょっと、なんでそんなこと、陰でペラペラいうの?!


「だって、あの先生なら、本が売れなくても、副業があるじゃん、副業が。

 ぱっと見が色男だし、頭も回るから、受けがいいし。

 もう、いっそ小説を書くほうを、副業にしちゃったほうがいいんじゃない?

 あー、今のはさすがにオフレコね」


 愉快そうに笑う、有森氏。


「そうそう、長谷川さんは、『あのこと』から抜け出せてないんだろうね。

 気の毒だとは思うけど、このままの作風じゃ、読者がついていけないよ。

 明るくふるまってるけど、あのひと、根暗だよね。

 感情にムラがあって、会うたびに反応が違うのも、困っちゃうし。

 あれじゃあ、奥さんに逃げられても、文句いえないよね」


……えっ?!

 今、奥さんって……?!


「あー、それじゃあまた。

 今度ゆっくり飲みましょう」


 電話を切った有森氏は、こちらに目もくれず、エレベーターのほうに歩いて行った。


 わたしはパニックになっていた。


 奥さんに逃げられた……?

 先生は既婚者だったの?


 あと、「あのこと」って?


 さっぱりわからない。

 たぶん、先生に簡単にきいてはいけない話だろうってことくらいしか、わからない。


 頬が冷たくなってくる。


「お待たせ~」

 先生がわたしの目の前に立つ。

「連載の話が決まったよ♪

 ……いのりちゃん、どうしたの?」


「いえ、なんでもありません……。

 ここを出ましょう」


 たぶんわたしは、いま、ひどい顔をしている。


 できることなら、先生に見られたくなかった。




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