相手はNPCだ!
買い物なんてものはただの作業である。土方充はそう考えていた。それはゲームでも同じだ。
フレンドラの街とある雑貨屋にて、男の娘アバターであるツミルはアイテムの購入をしに来ている。ソロ活動において回復魔法が使えないツミルはポーションなどが必要不可欠だ。
買い物は簡単である。棚に品物の現物(使用持ち出し不可能)が置いてありアイテムの説明のテキストが張られている。テキストに触れれば購入画面が出現して、欲しい個数によって料金の表示が変わる仕様だ。
ツミルにとって店員に話しかけずとも購入ができる分リアルのコンビニより便利である。しかし、アイテムを売る場合は直に店員に話しかけなればならい。
モンスターを倒して集まったドロップ品を売らなければペル(通貨の単位)が手に入らない。理由としてはモンスターを倒してもペルは落とさないからである。
「す、すいません。アイテムを、売りたいです」
ツミルの震える声はNPCには正しく認識されず、「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」と言葉を返されるだけである。
雑貨屋は街にいくつもあり、ツミルが利用している店は街の裏路地にあるあまり客がよらない場所だ。経営が成り立つか不思議である立地だが、そこはゲームだから考えても仕方がない。
相手はNPCだ。恥ずかしがる必要はない。ツミルはそう頭で分かっていてもリアルと同じで声が出せない。現実なら女々しいキモい男と評されるのが落ちだが、今の姿は可愛らしい美少女が小動物のように震え頑張って声を出していると好評価が貰えるだろう。
「すいません。アイテムを……」
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
こんなやり取りが十分は続いていた。
(何で俺、こんなことしてるんだろうか……)
人が少ないといえ店内には他にプレイヤーはいる。アイテムを売れず困っている美少女はかなり目を引く。
「ねぇ、君。ドロップ品を売るなら生産職のプレイヤーに売った方が得だよ?」
それは女性の声だ。腰のベルトに短剣を収め、露出した肌、黒い長髪に豊満な胸が印象的な美女だ。彼女の名前はリクラス。ツミルが変な男に絡まれていたところを助けたことがある女性だ。
「あれっ? 君どこかで会わなかった?」
「あっ……」
リクラスにとっては些細な出来事で記憶が不確かであるのに対して、ツミルにとっては印象深い出会いだった。
「まぁ、似たような容姿のアバターは沢山いるからね他人のそら似かな?」
「……」
どう言葉を返せば良いかツミルには分からなかった。
困った様子で言葉をひねり出そうとするツミルを見てリクラスはクスリと笑う。
「別にナンパとかじゃないから心配しないで、私はリアルJKだから安心だよ」
何が安心なのだろうと疑問に思いながらもツミルは言葉を声にする。
「えっと、生産……職って、何?」
ゆっくりと言葉を繋げる。
「生産スキルを取得してアイテムとか装備とか作ってペルを稼いでる人のことだよ」
生産スキルはDEXを100以上にすれば解放されるスキルだ。種類としては【調薬師】【錬金師】【裁縫師】【木工師】【甲冑師】【鍛冶師】【調理師】【罠師】がある。それらのスキルは一人一つまでであり重複して覚えることができない。
「どこへ行けば……」
「そう緊張しなくても、私は無害だよ。これでも有名なプレイヤーなんだから」
「そうなんですね……」
「ほらほら、笑顔が一番だよ。笑えば何とかなるよっ」
ツミルは気を使わすのは心苦しく感じる。
「とりあえず私についてきて」
言われるままリクラスの後を追う。
***
ツミルは【バザー】と呼ばれるプレイヤー同士で物の売り買いを行う場所に連れてこられた。
多くのプレイヤーが集まり、人の群れができていた。
「やっぱり、ここは人多いね」
ツミルはここまで来る間にリクラスに【バザー】についての説明を受けていた。
プレイヤーがNPCにアイテムを値段を設定して預け、他のプレイヤーがそれを買うシステムだ。この世界のどこの【バザー】でも購入がができるので適正な値段のアイテムは直ぐに売れる。
「ほら、行ってきなよ」
ツミルは背中を押された。
【バザー】と呼ばれる出店のテントには店員のNPCが一人たっている。リクラスが言うには店に置いてある紙から品出しの設定ができるとのこと。
ツミルは紙を手に取る。
紙の上に青い画面が広がり、そこにアイテムの選択、個数、値段の設定の欄がある。一枚につき一種類のアイテムが【バザー】に出せる。売上の一割が引かれプレイヤーに自動的に送金されるシステムだ。
売り出すアイテムを全て紙に設定して後はNPCに渡すだけだ。
ツミルは恐る恐ると紙を伸ばす。しかし、NPCは無表情であり、動かない。
「ちゃんと【バザー出品】って言わないと受け取らないよ」
横からリクラスの助言がくる。
ツミルの発声はNPCと相性が悪い。何度も震える声で反応するまで連呼するのが定番になっている。
ここは周囲の視線が多く、あまり長期戦には持っていきたくはない。意を決して息を吸う。
「【バザー出品】しますっ!」
怒鳴るように声を出す。
「…………」
まさかの無反応。
「そんなに大きくなくても良いんだよ?」
周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「【バザー出品】します」
「はい、売上の一割引かれますけどよろしいですか?」
「はい」
「それではお預かりします。売上は自動でこちらに入金しますのでご安心を」
ツミルは悟ったように手順を済ませ、最後にNPCから入金札を受け取り、メニューからログアウトを押す。
(相手はNPCだ。もしかしたら、周りの人達もNPCだったんじゃないのかな)
一人部屋のなかで夜空を見上げ、その場にいた人達はNPCだったと願っていた。