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長いチュートリアルを終え、土方充は一息をつく。
初めてのVR世界は現実をファンタジーにしたような世界だ。色味やかな視覚情報に彼は目を奪われそうになる。
「君、始めてたばかりだよね。よかったらfriendになって【bestfriend】に設定してくれない? もし、してくれたらlevelあげ手伝ってあげるよ」
銀髪のイケメンが声を掛けてきて、充は予想外なことに驚き口を震わせる。
「えっ、なな……んで、すか?」
充は我ながら気色の悪い返事に嫌気がさす。リアルと同じでキモいと思われたと悟ると意味もなく彼は笑顔で返してしまう。
「はは、君可愛いね」
目の前のイケメンは笑顔で返してきた。かなりの人格者なのかキョドり男に嫌な顔を一つもしない。これが【bestfriendonline】を生きてきた先輩なんだと心を開きかけた瞬間━━
「━━カイゼルっ、またっ初心者に【bestfriend】強制しようとしてるわねっ」
「リクラスっ、僕は善意で迷える子羊を導きこうと」
「善意でぇ? 単に【bestfriend】にしてもらいたいだけでしょ。君も気を付けた方がいいよ、こいつ有名な【bestfriend】あさりだから」
強気な口調の黒髪長髪の女性はリクラスと呼ばれていた。充は豊満な胸につい視線を送りそうになる。
「侵害なっ、僕は可愛い子に声をかけてただけだよ」
ウインクをするイケメンにリクラスは吐きそうな顔をする。
「無視して行きましょう。あの人より私の方が安全よ」
笑顔だ。女性が笑顔で手を繋いだっ。と初めての事態に充は頭を混乱させる。
「待てよっ」
「私の速さに追いつけるかしら?」
充を横抱きするとリクラスは風を切り走り出す。華奢な腕と足からでは想像ができないほど速い、回りの景色が線がかかるように見える。
カイゼルというイケメンをまくとリクラスは風魔法を地面に放ち前進する力とともに大きく飛び上がった。
建物の上に着地する頃には充は放心状態だ。
「大丈夫っ」
「だ……じょうぶです」
女性にお姫様だっこという非常に恥ずかしい事態に充は嬉しさが込み上げてきた。
「いきなりごめんね。君が【bestfriend】あさりに絡まれてたから」
充はまだお姫様だっこ状態で視線を泳がしているとリクラスは慌てて充を立たせた。
「本当にごめんね。私リアルでJKだから、下心とかじゃないよっ」
「えっと、なんのこと?」
「君、もしかしてネカマだったりする」
「はい?」
リクラスは大きくため息をすると、頭に手をあてる。
「ごめんね。君があんまりにも可愛いアバターで小動物のように震えてたから勘違いしてしまいましたっ」
充はリクラスの言っている意味を理解できていない。彼はアバターの性別は男だ。ランダムに選定されるアバターのうち稀に出てくるレアアバター【男の娘】を引いていることに気づいていない。このアバターは初期から【両生】スキルを身に付けている。
性別により装備のデザインが変わってくる仕様だが、【両生】スキルは男装か女装かで好きなようにデザインの変更設定ができるのだ。条件を満たせば解放されるスキルでもある。
「さっきの【bestfriend】あさりはね、簡単にいうとね、あるスキルを解放する必要な条件を満たすために無差別に【bestfriend】をお願いしてるのよ」
「それの何が問題?」
恐る恐ると声を出す充は疑問に思う。【bestfriend】設定してもデメリットはないと。
「問題は君がさっきの男を【bestfriend】にしたとするよ。そうなると君が死んでもカイゼルにはデスペナは課せられない。でもカイゼルが死ぬと君にはデスペナが来るのよ。本来は相互にするのが一番なのよ」
充は納得した。仮に【friend】全員から【bestfriend】設定された場合【friend】からのデスペナはなくなるのだ。
「それに、【bestfriend】設定した場合、三ヶ月経たないと解除ができないのよ。もし君に大切な人ができたときために取っておくべきだと思ったから」
リクラスは余計なお世話だったかなと苦い笑顔を作る。
「別に……気にしないでいいよ」
善意の行動なら否定するつもりは彼にはない。
これを機会に【friend】になってもらいたいと思う充だが、言葉がでない。迷惑なだけだと自分に思い付ける。
低レベルでは死ぬ確率も高い。デスペナを喰らわせる可能性が高い奴など【friend】になってくれるわけがないと充は思う 。
「町のなかじゃダメージ発生しないから飛び降りても大丈夫だよ。じゃあね」
リクラスはそう告げると建物から飛び降りた。充は建物に一人取り残された。
「えっ」
落ちても大丈夫だと言われても抵抗するのが普通だ。高さは三十メートルくらいである。助けなんて来るはずもなく少し悩んだら意を決して飛んだ。
地面と直撃しても痛みはなく視界隅にある緑のHPゲージは変化がない。その下にある青いゲージはMPゲージだ。
人混みに落ちたのがのが原因で周囲に人だかりができている。
「空から美少女が落ちてきたっ」
「えっ、何かのイベント!」
「でもあれ初心者装備だぞっ」
「初心者で空から落下ってあり得るか?」
「もしかしたら未発見スキルの解放者?!」
充の周囲の反応は予想外に盛り上がっている。これはヤバイと悟ると急いで走り出す。
追いかけてくる人達はとても速く取り囲まれてしまった。
「ねぇ君っ、何で落ちてきたの!」
「おい、怯えてるじゃねぇか。もし未発見スキルなら俺は十万ペル払うから教えてくれないかな?」
「なら、私は二十万ペルっ」
充を放置して情報の競売が始まる。真実はただの落下だ。レアなスキルなんて持っていない。そう告げる機会はなく話は盛り上がっている。
━━逃げられない。逃げられない。逃げられない。
充は心中は逃げることしか考えていない。逃げ道はなく人に囲まれ逃げられない。真実を話せば呆れて離れてくれるだろう。それでもここまで期待している人達を失望させて批難されれば充のメンタルは立ち直れない。
選択は一つだけだ。
メニューを開き、ログアウトに触れる。
視界は真っ暗になると現実の体に意識が戻る。
「止めようかな……」
彼の声は誰もいない自室に溶けた。
充は疲れたため息をすると部屋からでて台所へと向かう。チュートリアルを含めログインしてまだ三十分しか立っていないが喉が渇く。冷蔵庫からお茶のボトルを出しリビングのソファに腰を掛け茶を飲む。
金を出し買ったゲームだ。初めてすぐに引退なんて勿体ない。すぐにインしても人だかりが消えている保証はない。
ガラッとリビングの扉が開く音がした。
「あれ、充? まだログインしてないの?」
「お帰り姉さん。ちょっと問題が発生して」
「ふーん、もしかして掲示板で騒いでるこれのこと?」
充の姉は手にもつスマホに映る情報掲示板を見せる。
名無しの冒険者1:
さっきさ、落下美少女がいたっ。しかも初心者装備! ログアウトで逃げられた
名無しの冒険者2:》名無しの冒険者1
はぁ? お前馬鹿なの? そんなの跳躍できる奴が初心者装備で落ちてきただけだろ。草はえるわ。
名無しの冒険者3:
仮にそうだとして、もし未発見スキルだと知りたくなるじゃん。本人に聞かないことにはわからんって。初心者がすぐに手にはいるスキルで跳躍ものとかないし
名無しの冒険者4:
お前ら敗人は本当に必死だよな。未発見スキルをそく知りたいとか
名無しの冒険5:》名無しの冒険者4
ああ、誰が敗人だ。廃人の間違いだろっ
名無しの冒険者6:》名無しの冒険者5
認めるんだな廃人って
名無しの冒険者7:
初心者なら未発見スキルとか分かんないんじゃ? それにただの偶然で落ちてきて周りが騒ぐから怖くなって怯えて逃げたたけじゃ。
名無しの冒険者8:
馬鹿たちが騒いでたたげかよ。
「何でこれだけで俺って断定するんだよ」
「感?」
充の姉は何かと鋭い。スピリチュアル的な感を持っているのだ。
「その通りだよ」
「女の子選んだんだ?」
「俺は男を選択したんだよ」
「なら、レアアバター手に入れたんだ。羨ましい。両生スキルの解放条件ってむずかしいんだよな。【friend】一覧を異性で埋めることなの」
「それは難しいな」
一般的には簡単な部類かもしれないがぼっちにとっては難度が高い。
「育成方針は【DEX】極振りするんでしょ?」
「何で分かるの」と姉を睨む充を「ふふふ」と優越感に浸る充の姉は犯人はお前だと言わんばかりに人差し指の先を向ける。
「だって充はぼっちだからよ。どうせ、【bestfriendonline】の【対話補正】ってスキルが目当てなんでしょ」
【対話補正】スキル━━解放情報は現在解放されているlevelギャップ時の基本ステータスに【DEX】を極振りすれば【friendluck】の恩恵がなくとも取得可能となる。
充はそのスキルの補正で仮想現実で友達を作るのが真の目的なのだ。
「あんなごみスキルなくても友達は作れるんだよ?」
「どう遊ぼうが俺の勝手だろう」
「まぁ、それもそうね。レベリング頑張ってね」
充の姉はじゃあねと自分の部屋へと行く。彼女が【bestfriendonline】β版から始めのトッププレイヤーとして名が広まっていることを充は知らない。
充は再度【bestfriendonline】へログインする。