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リミット

 里美は力が抜けるようにして自室のベッドへと倒れ込む。着替えることさえ億劫なのか学校の制服姿だ。


 現実は何かと面倒なことが多い。人間関係の拗れから生まれる問題、それがこの世を生きずらくしている。


 そう、里美は思う。


 里美がベッドに埋まっていると部屋の扉が二回叩かれた。


「里美、何かあったの? いつもなら、楽しそうに学校のことを話してくれるでしょ。もしかして、いじめに……」


 里美の母はそれ以上言葉を発声するのを躊躇った。母親の弱々しく言葉が途切れる様は、ある出来事が原因だ。


 高校生になって初めて現実で友達ができたときら、里美は母親に毎日のように学校でのことを話していた。無言で帰宅して部屋に行く様は母親からすれば心配であるはずだ。


 里美は気だるげに立ち上がると部屋の扉まで移動する。

「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけだから。友達とは……何も無かったよ」

 扉越しに母親へと言葉を伝える。その声は明るげながら弱々しい。

「そう? もし何かあるなら直ぐにお母さんに相談するのよ」

「うん」


 里美は返事をした後、はため息を漏らした。

 嘘はついていない。友達とは何も無かった。いじめもない。そもそも友達なんて、いなかったのだから。


 仮想との繋がりを本物だと思うことがどれだけ人を不幸にするか里美は知っていた。けれど、その繋がりが認識とはかけ離れるほど幸せなものだった。


 仮想と現実は同じではない。絆も想いも重ねることはとても危険なことを里美は知っている。


「お姉ちゃん……」


 里美は呟きと共に表情を暗くする。


 仮想と現実を重ねすぎた、とある不幸が原因で里美の姉は命を落とした。死神に殺された里美の姉はその翌日に同級生に殺されたのだ。


 

***

 それは半年ほど前の出来事だった。

 里美の姉は通っていた学校で同級生に殺された。

 朝、元気よく挨拶を交わしたとき、彼女は笑顔だった。その日で命日を迎えると誰も思えないほど。

 里美の姉を殺した犯人は精神的に病んでいた。日頃の言動はとても危うく、いつか過ちを犯すのではと危惧されていた。里美の姉を屋上から突き落とした後、後に続くように犯人も飛び降り自殺をした。


 犯人の動機は憶測でしか判断されていない。

 警察の見解では現実と仮想の境界線が不確かになっていた為、死に対する価値観が仮想よりになっていた。


 その日の前日、里美の姉と犯人は『死神』に殺されたのだ。


 【best friend online】にて、二人は【bestfriend】だった。一度としてデッドしたことはなかった。初めて『死神』に殺された。故に犯人は現実で生きていることに疑問して事件を起こす起こした。


 真実を知る者はいない。けれど、そう告げられたのだ。


***


 リミットのフレンドリストにはとある一人を除いて誰の名前も表示されていない。


 『ミルルナ』


 里美の姉が使っていたアバターの名前だ。文字は暗く表示されている。相手がインしている場合は白く表示されているけれど、それを見ることはもうないだろう。

 それはこの世界で唯一の里美と姉の絆の証とも言える。


 ギルド脱退後、始まりの町フレンドラにて、リミットは噴水公園と呼ばれる場所でベンチに腰かけていた。


 金策、レベル上げ、素材集めとギルドに入ってからは毎日が充実していた分、一人だと特にすることがないのだ。


 彼女は人との繋がりを求めてこの世界に来た。初めは姉と遊ぶため、次は同級生と繋がるため。


 ━━なら、今は何のためにここに居るのだろうか。


 思考重ねても答えはでない。


 リミットであることに意味が無くなってしまった。いや、己で手放したのだろう。


 ゲームのシナリオは進められるところまで進めている。後は淡々とした作業をするだけ。それはどのゲームにも言えることだ。大事なのはその作業にどれだけの価値を感じれるかだろう。


 onlineは人の繋がりで作業に色を持たせる。一人ではただの作業だが二人以上なら協力して作業をこなすと意味を持てる。それこそがonline限定の楽しみ方だ。


 仮想の世界だけの繋がりだけさえあれば良い。それを現実まで持ってくるから苦しくなるのだ。


 この世界に長谷川里美なんていない。居るのはリミットなんだから。


 思考の末、里美はリミットとしてこの世界を楽しむことを決めた。アバターのレベルはカンストしていない。サブクエストも手をつけていないものばかり。考えるのはすることが無くなってからで良いだろう。


 美少年型のアバターは立ち上がると覚めきった目付きで町を歩き始める。


 【対話補正】がキャラの補正をしたのだ。意思や感情を強くしてくれる、想いを形にしてくれる。場の雰囲気に便乗すると里美は言ったが本質は違う。なりたい自分になるスキルだ。


***


 雑貨屋の店内を外から窺う美少年の行動はそこそこ目立つだろう。けれどそこは知る人ぞ知る隠れスポットだ。町の裏路地に建っていて人通りの多い広場からは離れている。町の出入り口からも一番離れている場所でもある。

 

 店内に人はいない。


 今リクラス達と会うのは里美にとって気まずい。翌日学校で顔を合わせることは分かっている。けれど、縁を切る意思を貫けば自ずと距離は開いていくだろう。だから、人目の少ない場所を選んだ。


 店に入り、アイテムの調達を行う。主に回復アイテムだ。バザーで買えば安く変えるだろうが、彼らと遭遇する可能性が高い。


「これくらいかな」


 里美の戦闘スタイルはヒットアンドアウェイ。腰にベルトにかけた短剣を武器に攻撃して、急所と付加効果で的にダメージを与える。そのため他を捨て速さと器用さを求めた。一人だとHPとMPの消耗が激しい。


 必要なものを買い、店内から出ようと扉に手を伸ばす瞬間、ギィと音をたて扉が開く。他の客が店に入ってきたのだ。


 こんな店に来る奴は物好きか素性のばれた懸賞プレイヤーくらいである。


「あ、すみません」


 頭は狼をモチーフにしたフードをかぶり、毛皮のコートのようなものを着ている。青い瞳に童顔な顔はそのアバターが男であることを忘れさせる。


「いえ」

「もしかして、リミットさんですか?」

「人違いでは? アバターが似ているってことよくありますよ」


 里美は目の前の彼の質問に答えた。


「すみません。そうですよね」


 彼の視線を泳がしながら恥ずかしそうに謝る姿に里美は面白く感じてしまった。いつもはあまり言葉をかわさない。キャラもよく分からない。


 他人との距離の取り方が不器用なのだ。何処と無く自分と似ていてリミットは微笑む。


「どうぞ」


 店の扉の前で立ち話をする理由はない。彼に道を開け里美は先に通れと意思を腕を伸ばし伝える。


「あ、ありがとうございます」

 リミットは彼を先に通すと、

「では失礼」

 そう呟き店から出ていく。


「あの、すみません」

「はい?」


 店を出た直後、里美の肩に手を乗せて彼が声をかける。


「いきなりで申し訳ないんですけど、えっと、僕の……」


 彼は可愛らしく羞恥で顔を染め、次の言葉を告げた。


「し、師匠になってくれませんか?」


「はい?」

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