暗い海の『ひとつき』
前半は前話に至るまでのセトの話です。
【常夏の海辺:海中】の中級区エリアにて、セトはトランクス型の赤い男性用水着を【コーティング】した状態で潜っていた。赤い色は彼の好みだ。赤髪のアバターを使っていくうちに赤い色は自分のシンボルマークみたいになっていた。
普段から槍を使っている分【槍】スキルの【level】はMAXだったのだが、先日の出来事で【level】が六十から四十三まで下がってしまった。
スキルの発動条件に【level】が関わるものがある分無視にはできない。
アバターの死は全てペナルティとして全てのフレンドが受けてしまう。自分が死んでもペナルティがない分、フレンドは選ばないといけない。
この世界では戦闘でどれだけ死なずに戦えるかが絆を繋ぎとめる手段なのだ。
面倒臭いこと極まりないが、グラフィックやAIは従来のMMORPGの中ではとても優れていてる。幅広いプレイスタイルが生まれることもあり、多くの人がこのゲームをしているのだ。
━━【加速】【超強化】【肉体強化】【超加速】
時間制限のあるスキルのかけ直しを行う。使った時間で修練度が溜まるため、暇さえあればかけないとならないのは常時発動型の【level】スキルより面倒に感じる。
【紅血の突き】と呼ばれる槍は彼のお気に入りだ。
【特殊効果】は属性ダメージ以外のダメージに【炎属性】の補正が発生する。
それは海の中でも変わらない。
槍の狙いを泳ぐ魚型のモンスターへと定める。
━━小さい的だな。見えてるなら当たる。発動【突き当たり】
槍は赤く輝くと突き立てた方向へと走り出す。水の抵抗が加わり威力と速さを削られたが、それでも技による推進力はこの場では役に立つ。
槍を掴むだけで前へ進むだけの技だから、どれだけ速くなろうとも威力は期待できない。機動力として使われることが多い。矛先の直進運動で射程が二十メートルだ。槍を掴まなければ、槍のみが飛んでいくので注意が必要でもある。
槍は小型の魚モンスターの腹を貫通する。苦しみ悶える魚モンスターの体力は減っていく。
水の中でも【炎属性】は適用される。けれど、水の中にいるモンスターのほとんどが耐性を持っているので与えるダメージは軽減される。
セトはそれを理解したうえで【紅血の突き】を装備しているのだ。
属性耐性を持つ相手にその属性で一定数ダメージを与えると【上位属性魔法】が解放される。その解放も彼の目的の一つだ。
━━くそっ、【level】が下がってる分、パッシプが無効になってるからな、一発じゃ無理かっ。
槍に刺さり動けない魚モンスターに左手で殴る。
体力を失い魚モンスターは光の粒子となり溶けていく。
次の狙いを見つけると槍を向ける。
━━【突き当たり】
技により槍は直進に推進力を加え走る。突き刺しては殴り、突き当たりは殴る。視界にいる敵を次々と刺していく。
【突き当たり】の突進スピードは発動者のAGIに依存する。威力は限界値が設定されているが、突きの速さに関してはまだ限界値は判明していない。
どれだけ速くなろうとも移動限界距離は二十メートルであり、セトの半径二十メートル内に敵がいなければ、連続使用の直進運動で敵を探す。
━━このエリアには【シークレットモンスター】の目撃情報が結構あるからな、もしかしたら遭遇したりするかもな。
遭遇したところでセト一人だけでは倒せるわけがないので逃げることになるだろうが、軽い気持ちで期待する。
巨大な紫色の光だった。実体は見えない。景色が暗くなる。彼はそんな情報をネットで見た気がしたなと思い出す。
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アバターの体でどれだけ動こうが身体的には疲れない。けれど、三十分近くも動き続ければ精神的に滅入る。
心なしか息苦しい。アバターの体で呼吸はしなくても辛いと思うことはないはずだが、呼吸をしていないという感覚は弱っている時には辛く感じる。
━━そろそろ休むか。今水深何メートルだ?
周囲に光はない。目印となる水深を教えてくれるネオンの表記を探す。
ネオンの表記は水深五百メートルごとに設置してある表記は非干渉オブジェである。
━━見当たらない? バグか?
距離があるとしても微かな光くらいは認識できるはずだ。目印がなく上と下の区別がつかない。
エリアの境界線には魔法陣があり、【安全区】側が青色、【危険区】側が赤色である。それすら見当たらない。
【常夏の海辺】海側の奥行き限界は三千メートルだ。それより先は黄色い境界の魔法陣の壁が張られている。
━━適当に移動すれば何とかなるよな。
槍をを今の自分にとっての上方向へと向けて【突き当たり】を使う。行き先が何処に向かうとしても境界の魔法陣にたどり着くことを見越した行動である。
直進運動で起動変更ができないから、何かしらの衝撃がない限り移動先の方向がぶれることはない。
フレンドチャットのマークが視界右隅に表示される。相手はハリュカだ。
『━━セト、悪い俺、後十分くらいで落ちないといけないから、ツミルのこと頼む』
『━━おぅ、分かった。って、うわっ』
突然、見えない何かにぶつかる。【346】とダメージが表示されると、光の当たらなかった闇の中にセトと同じくらいの大きさの紫色の楕円状の光が現れた。
『━━セト、どうしたっ』
『━━でたっ。【シークレットモンスター】がっ』
『は?』
根拠はないが即座に思う。
そいつは【シークレットモンスター】だと。
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ツミルはハリュカが海面上へと顔を出しに浮いていくのを見届けた後は適当に泳いでいた。
海の中には似合わない装備は遠目からは狼の毛皮を纏っているように見えるだろう。
呼吸をしないとHPが減っていく仕様は【呼吸】スキルを手にいれることで、発生までを長引かせられる。解放しているがSPがないため取得できない。
【潜水】はアバターの頭を含めた七割以上を四時間水の中に浸けるか、水深五千メートルまで潜ると解放される。【中級区】からはこのスキルがないと水圧によるダメージを食らう。
【中級区】エリアのモンスターを相手にしながらHP管理するのは面倒なのでここで泳いでいるのだ。
水面の色は夕焼け色に染まり始めていたはずが不意に光が薄暗くなる。
夜になるには早すぎだ。【bestfriendonline】歴がまだ二週間の彼でもこの変化が異様だと気づく。
周囲が全く見えないわけではない。他のプレイヤーの技発動による光などは視認できる。海だけが夜になったみたいな感じだ。
━━ツミル、緊急事態だ。
━━ハリュカさん、どうしたの?
心に響く声は【念話】によるものだ。
━━沈みながら説明するから、俺の手に掴まって。
鎖で繋がれた赤い鉄槌を重しにして沈んでくるハリュカ。ツミルはよく分からないままその手を掴む。
━━どうしたんですか?
━━セトの大ピンチ、あっ、チャンスか?
━━はい?
━━【シークレットモンスター】が出たんだよ。とりあえず、大急ぎだから驚くなよ。
━━驚くなと言われても。
偶然にも一度【シークレットモンスター】に遭遇している分、ツミルはその存在の希少性が高いとは思っていない。だから、驚きはしない。
━━【重力圧】
━━っ
ハリュカに引っ張られ物凄い勢いで沈んでいく。【加重】により重くなり、スキル技【重力圧】による引力も加わり沈む速さは増した結果だ。
不意の出来事に驚くツミル。
━━ごめんごめん。でも驚くなって言っただろ?
━━言ったけど……これは反則だと思う。
━━スキル技も使い用、立体的な応用に使えるスキルとか結構あるから、暇があれば調べてみて見るといいよ。
━━あー、うん。
エリアの境界線となる魔法陣まで一気に下る。魔法陣に触れると視界に『これより下は【中級区】となります。移動しますか?yes/no』とメッセージが出た。
━━ツミル、行くよ。
━━えっ、ツミルのHPがもたないのだけど。
━━死によるノーリスクなんだから、今は【シークレットモンスター】優先だよっ。
━━分かったよっ。
ツミルとハリュカは『yes』を選び、更に下へと潜る。
海の中で空気が変わると表現するのは可笑しい。それでもそう思うしかなかった。
真っ暗闇の中にいるような感覚だ。水深二百メートル弱とは思えない。ハリュカの姿も見えない。
手を掴まれた。
━━周り見える?
━━全く見えない。
━━俺は【隠視】も使えるから見えるよ。
━━【シークレットモンスター】って何処にいるか分かるの?
━━全く分からないね。だから、適応に探すしかないね。
━━【中級区】ってこんなにも暗くなるんだね。
━━ならないよ。おそらく、【シークレットモンスター】が原因だね。
━━何かしらの技ってこと?
━━モンスター専用耐性とかスキルかな?
このエリアが暗い原因がモンスターなら解決する手段があるかもしれない。
一度しか使っていないスキルで技の方はまだ未使用。それでもこのエリアの状態を戻せるかもしれない可能性。
ツミルは白いオーラを纏い瞳の色を青から銀へと変える。スキル【月光狼】の発動状態になったのだ。
変身とまではいかないが、覚醒したような感覚はちょっとした中二病心を目覚めさせたのか冷えきった表情を醸し出すツミル。
━━それって【月光狼】? 何か目付きが鋭くなったね。演技?
ハリュカの言葉にツミルのミステリアスクール顔が崩れ去った。
━━演技違うっ。
━━それで何でその状態になったの? 早く探さないと逃げられるよ。
━━試したいことがあるから。
【浄化の雄叫び】!
白いオーラは震える。そのさまは夜の月のようであり、そこから広がるように周囲を照らした。
━━ツミル何したのっ! 俺がかけてたバフが消えたんだけど。
━━バフ? 【浄化の雄叫び】って技を使ったんだ。
━━バフはパラメータ上昇効果のことだよ。それが技による現象なら、範囲型のバフ消しの技か。凄いな。
ハリュカに驚く顔を見ていると、その後ろに何かしらの巨大な影が見えた。影ができるほどの存在はないのに影ができている。
影はギロリと紫色の瞳を向けてきた。影の形は刺々しい蛇のようなものだ。
その影のある方向から赤い髪のアバターが槍の矛先を前へ向けて突進してきていた。
━━おーい、聞こえるかっ。
━━セトっ!
━━何で急に明るくなったんだ!?
━━その話は後だ。準備を整えたら戦闘開始だっ。




