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9 暗黙の了解

「さてと。もうハルでいいよな、あんたの呼び名」


「はい」


 通された裏の練兵場は意外に広い。30人くらいなら余裕で訓練が出来そうだ。


「……ところで、ふたつ確認しておきたい」


「なんでしょうか?」


「まずひとつ。ハルは、魔法を使えるのか?」



 ……正直痛い所を突かれた、とハルは思った。

 以前私塾で、魔力検査を受けたことがある。ありふれた宝石屑の鉱石と、多少の魔力があれば使える検査だ。


 結果は「魔力はある、ただ今のままでは使えない」だった。

 魔法というのは、大なり小なり体内で錬成した魔力を外部に解き放つことで発動する。 

 それが火であったり、氷の矢であったり、風の刃であったり、

 そこは個人の資質によって異なる。


 だが、ハルはその「魔力を外部に解き放つ」という点で、何か重大な欠陥があるとのことだった。

 一応、魔力を外部に出さなくても使える魔法はある。

 「身体能力強化」系の魔法だ。

 一時的に筋力を引き上げたり、動体視力を強化したりできる。


 ただ、この種の魔法は使える人間があまり多くない。

 学ぼうとすれば、数少ないそれらの魔法の使い手に教わる必要がある。

 それはあの当時のハルには無理だった。


 だから当分の間、魔法は諦めることにしたのである。

 ただ、体内の魔力を高める鍛練法だけは私塾で教わっており、一応日常のトレーニングに組み込んではいたが。


「……使えません、今は」


「だよなぁ、ドラゴンスレイヤー戦で見ていて気づいたぜ。初級魔法が多少でも使えたら、ハルの剣の腕も加えてもうちょっと楽に勝てたはずだ」


 返す言葉がない。


「だが、『俺は魔法が使えないから、剣だけで勝負しよう』なんて実戦では言えないよな?」


「……はい」


「だから、俺は使わせてもらうぜ」


 この時点でハルは、自分の苦戦は避けられそうにないことを痛感していた。



「そしてふたつめだ。お前、自分たちみたいな『ツアー参加者』と戦ったことはあるか?」


「え?」


思わずハルが聞き返す。


「『スキル持ち』と戦ったことはあるか、と聞いているんだ」


「……ありません」


 ハルは正直に答えた。


「俺はある」


「いったい誰と?まさか、あの時の残りの4人の誰かと!?」



「……ああ、先にこいつも言っといたほうがいいかもな」


 アレクシスが言葉を続ける。


「俺は他にも何人か『ツアー参加者』を知っている。だが、向こうでどんな人生をやってたか、それを無理やり聞き出すのは基本的にご法度だ。まあペナルティも何もない『暗黙の了解』ってやつだがな」



「何か理由が?」


「考えてもみなよ。あのツアーの参加者、向こうではどういう扱いになってると思う?」


「聞いた話だと、少なくとも行方不明扱いでしょうね」


「まあ、当日参加のお前さんはな。だが他の殆どの奴は、一応身の回りをきちんと整理してからアレに参加してるわけだ。事情を知ってる親族はともかく、警察やらマスコミやらが騒ぎ出したらどうなると思う?」


「……覚悟の上の自殺、と考えるでしょうね」


「お、さすがに銀行強盗を成功させた坊主だ、意外と頭は回るじゃないか。今お前さんが言った通りだ。今の俺達には向こうの大騒ぎを知る方法はねえが、向こうじゃ身内が自分たちの我儘のせいで、変なスキャンダルに巻き込まれてるんじゃないかって心配してる奴らが結構いる。それに加えて、どうにもならない不治の病やらで泣く泣くこっちに来た人間もいる。大切な家族と別れてな」


「……」


 ハルは、冬乃の手術の手配をしてくれた『アリス』の姿を思い出していた。


「まあ、人生いろいろだ。坊主もわかるだろ?あんたの妹さんも助かっちゃいるだろうが、多分二度と顔を拝むことはできない」


 この10年間、心のどこかに蓋をして隠していた事実を改めて突き付けられた思いだった。

 そう、自分は冬乃とは会えない。もう二度と。


「そこで事情を知ってる他の人間に妹さんの事を色々聞かれたとして、坊主は嬉々として二度と会えない妹さんとの思い出を話してやれるか?」


 ハルは皆が以前の自分を詮索されたくない理由を痛感した。


「……あまり話したくはありませんね」


「そういう事だ。袖擦りあうも多少の縁、って言葉があるが、俺たちは袖どころか一緒に飛び込み心中した仲だぞ? つまらんことでギスギスしたくねえじゃないか」


「……はい」


「と、いうわけだ。俺はあんたに他のやつの正体を話してやることはできない。あの時の他の4人も、その気があるならちゃんと名乗ってくれるだろう。だから坊主も無用な詮索はやめとけ。そういう事だ」


「わかりました」



「っと、ずいぶん話が逸れちまったな。俺が別のスキル持ちと戦った、ってとこまで話したんだったか」


「はい、それが何か?」


「最初は分からなかったんだが、剣を10分ほど交えて気が付いた。攻めの腕はそこまででもなかったんだが、こちらのフェイント込みの攻撃も綺麗にかわしやがるし、怪我するような一撃は絶対に食らわねえ。技術のバランスがえらく歪だった。まああのスキルを持ってりゃ、そういう戦い方になっても不思議はないわな」


 ハルは納得した。確かにあのスキルを持った者同士が戦えばそうなるだろう。


「んで、聞いたんだよ。あんた『ツアーの参加者』か、ってな。ズバリ的中だった。相手も俺がこのなりでひょいひょい小技をかわすのを不思議がってたらしい」


「それでどうなったんですか?」


「そこで喧嘩は終わりだ。なにしろあと50年続けなければ決着がつかないわけだからな。そいつとはそこで別れた。くれぐれも俺が受けるような討伐依頼の対象になるような悪事はしてくれるなよ、って付け加えておいたな」



 話しながらアレクシスが鎧を付け終わる。


「んで、なんでこんな話を長々としたかというとだな」


 そして得物を構えた。両手剣と言っても通じそうなサイズのロングソードだ。


「普通なら時間を決めて戦い、俺が相手の腕を見定めて合否を決めるわけだが、スキル持ち同士が戦う時にはそれじゃ判断がつかん」



 ハルも得物のショートソードを構える。


「今から俺が取っておきの一撃をお前に放つ。普通の奴なら見切れずに食らってそこで終了だろうが、まあハルならそうはならんだろう。その躱し方を見る。俺を納得させるような躱し方をしてみろ。俺の眼鏡に敵えば、合格だ」

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