8 『キンタロウの斧』
王都中心部からやや外れた場所に、その建物『キンタロウの斧』のクランハウスはあった。
どちらかというと交通の便より広さを重視した場所に建つ、漆喰で重厚に固められた2階建ての建物には、よく見ると矢を射るための銃眼らしきものもあった。
入り口の大きさも、一度に大人数が入れないようになっている。いざという時には立てこもって外敵と戦える要塞のような造りになっているようだ。
ドアノブに手を回し、建物の中に入る。鍵は空いていた。
建物の中も質素ながら重厚な造り。奥まったところにはカウンターがある。
そこには受付担当と思われる、赤い長髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけた美しい女性がいた。
そして見たところ5人程のいかにも力自慢の男たちの姿があった。
おそらくは入団希望者なのだろう。ライバルが一人増えたと知り、皆の視線がハルに集まる。
「入団希望の方でしたら、お名前をお願いします。あとご自分の職種や、アピールポイントも」
「ミハエル=ヴォルカー、ハルで結構です。得意なのは剣術かな。あと、一応ドラゴンスレイヤーです。それと、団長にお伝えください、『向こうでの恩を返しに来た』と」
ドラゴンスレイヤー。その単語にその場にいた男たちは凍りついた。
非合法の闘技場と言えど、その噂くらいは流れてくる。
少し前に、「風のハル」と呼ばれる少年がその称号を得たのだと。
最後の言葉の意味は分からないが、数少ない入団の枠が確実に一つ減ったことを悟り、男たちは意気消沈していた。
「お名前は伺っております。ただしそれだけで特別扱いはできませんので、3日後の夕刻に改めてお越し頂けますか」
その言葉にハルはある意味で安心していた。
少なくともこの団長は、名声や評判、地位だけで相手の扱いを変えるような人間ではない。
傲慢な貴族の子弟を叩きのめしたというのも嘘ではないのだろう。
「わかりました、では3日後に」
「確かに承りました。あと、団長への伝言ですが、間違いなくお伝えしておきます」
「宜しくお願いします」
……そして3日後の夕刻。
再び『キンタロウの斧』を訪れたハルを出迎えたのは、あの時の受付嬢。
そして、見た目20代半ばに見える、金髪を短く刈り揃えた妙に笑顔が清々しい巨大な体躯の男がいた。
「約束を覚えててくれたのは嬉しいな。まずはそのことに礼を言っとくぜ」
その言葉を聞いて、ハルは安堵した。
間違いない。
目の前にいる青年は、あの時自分に1000万を出してくれた壮年の男性だ。
「こちらこそ。俺はあの時の恩を返すために今まで生きてきたのですから」
ハルの目の前にいる大男。
それが『キンタロウの斧』の団長、アレクシス=カウフマンだった。
「そうか、孤児か……苦労したんだな」
「いえ、嫌な事ばかりではありませんでしたから。そのおかげで出会えた人もたくさんいましたし」
ハルの脳裏を、孤児院の子供たちの姿がよぎった。
「それはそうと、あのドラゴンスレイヤー戦見てたぜ。見事な動きだった。あのとっさの判断は例の能力のおかげとしても、それを実際にやれるかは別問題だからな」
「ありがとうございます」
その後アレクシスは、受付嬢が出したハーブティーを口にしながら、この世界での自分の境遇を話してくれた。
王国北方に領地を持つ子爵家、それも軍務を司る名門の次男坊として生まれたらしい。
この世界の次男坊といえば、言葉は悪いが所詮、貴族位を継ぐ長男に何かあった時のスペアだ。
だが万一兄に何かあった時は、一族を率いる当主としての能力がなければならない。
そんなわけで、アレクシスもまた、兄と同様に厳しく鍛えられた。ただ、兄弟仲は良かったとのことだ。
実際の所、武芸の才能ではアレクシスは兄を上回っていたらしい。
兄も決して無能ではなかった。
だが、優れた能力のアレクシスを当主に……という声もなくはなかったらしい。
当のアレクシスは兄の地位を奪うような気はさらさらなかった。
兄が結婚して長男が生まれた早々に、爵位の継承権を放棄して気の合う仲間と共に、この傭兵団『キンタロウの斧』を立ち上げたそうだ。
ちなみに「キンタロウとは何だ?」という問いには、『子供の頃に英雄譚で聞いた、遥か東国の強力無双の英雄だ』と答えていたらしい。
アレクシスの父や母は、そんな話をしたことがあっただろうか、と首を捻ったという。
まあ、内容は間違いではないが。
傭兵団などというものは、氏素性も怪しい腕自慢の者たちが立ち上げることが殆どだ。
だからこそ社会的な地位は基本的に低い。
だが、『キンタロウの斧』は少々違う。
団長からして名門子爵の次男坊だ。
創立時のメンバーも、殆どがアレクシスと同じく武門の出の貴族の三男坊や四男坊だ。
腕は確かだが実家には少々居場所がない、そんな者達だったらしい。
当然、社会的な信用度も違う。だから客筋もいい。
依頼に対する成果も十分以上に出している。評判も上がる。
参加希望者は団長のアレクシス自らが入団試験を行うから、生半可な腕の者は入団できない。
そりゃそうだろう。基本的にアレクシスは、あと50年は「死なない」のだから。
強い者だけが入団できる。強いから、依頼の成果も十分以上に出してくる。
評判も客筋もますます良くなる。入団希望者のレベルもさらに上がる。
王国では、王家や貴族からは直轄軍に次ぐ……
さらに言えば、直轄軍では諸々の事情により手を出せないトラブルが起きた時に解決を任される、そこまでの信頼を得ているとの事だった。
丁度「正のスパイラル」がうまく成り立っているのが、今の『キンタロウの斧』だった。
「……さてと、茶飲み話はこのあたりにしておこうか。行くぞ」
ハーブティーを飲みほしたアレクシスが話を切り出した。
「どこへですか?」
「決まってるだろ、裏の練兵所だ。ドラゴンスレイヤーといえども例外はねえ。入団試験はきっちり受けてもらうぜ」
アレクシスがまた、妙に清々しい笑顔で言った。