62 聖なるもの
話の都合上『ネメシスの戦乙女』の規模を多少拡大しました。
当初は多くて10人くらいの冒険者パーティーでしたが、
運営要員も含めたもう少し大きなクランということにしてます。ご了承ください。
…さらに少し時が過ぎる。
ハルとネリアは、王都に近いある小さな街に居を移していた。
交通の要所から少し外れたところにある、人口の割には様々な設備が充実し、なおかつ人の出入りもそう多くない、ハルたちにはうってつけの場所だった。この街の外れ近い一軒家をアレクシスたちの手を借りて確保したのである。
正体が誰かにばれる危険性は当然増したのだが、新しい情報をできるだけ早く得られる環境が欲しかった。
そして何より、出産が近づいているネリアのため、医療機関ができるだけ近い場所に移ることをハルが望んだのだった。
勿論この世界の医療技術が現代日本と比べられるようなものではない。
だが、衰弱した妊婦の体力を回復させたり、母体や子供に危険なほどの出血を止めたりといった、地球では受けられない魔法の力による助産技術がある。ただでさえイレギュラーな形での妊娠をしたネリアに対して万全の準備をしてやりたい、それがハルの偽らざる心境だった。
子供が生まれても、しばらくの間ならハルが今まで命を張って稼いできた貯えで過ごせる。それも危なくなったなら、身元を隠すために少々危険なこの世界の外科手術でも受け、顔を少々変えてでも何か自分にできることをしてふたりを養っていく、ハルはそこまで腹をくくっていた。
※ ※ ※
そしてその間に、『黒き木々』側にも多少の動きがあった。
アルゼント奪取の一連の講堂の首魁であるクリフトとアリアスが、『黒き木々』のかつての住居を捨て、アルゼントに移り住んだとの情報が入ったのである。
『黒き木々』の館は、いくら手を加えたとして守りづらく攻めやすい。おまけに館の周りは木々で覆われ、火と油でも使われたらひとたまりもない。
一方、アルゼントの領主の館は元々国境に面した重要な地点ではある。その上悪政による民の反乱が起きた時のことを考慮し、高台の上にさらに高くて厚い壁を据え付けたちょっとした砦のような造りとなっていた。クリフトたちはそこに移り、アルゼントの領主の館をさらに改築して堅固な砦としていたのである。
その上で彼らは王国には秘密裏に、ダークドワーフたちの手を借り、地下道による物資搬入路や豊富な地下水による水源も確保していた。
表向きは「領地の混乱に乗じてのゴライオンの侵略に備えるため」であったが、ゴライオン共和国がその気ならばとっくに攻め入っている。しかも国防を口実にされればエリクシア王国も口を出しづらい。
こうして、クリフトをはじめとした亜人の国は、確固たる拠点を得ることに成功したのである。
だがこの状況でハルやアレクシスたちはそうそう簡単に動くことはできない。ハルたちは王国中で指名手配の身、アレクシスたちも王都に拠点を据えている以上勝手な動きはできない。
こうして無為に時は過ぎていき、その時はクリフトたちに味方していった。
……ただひとつ、アイリーンによるホリヴィスに対する精神支配のタイムリミットを除いて。
※ ※ ※
……そんなある日。
急にネリアが産気づいた。
一週間ほど前にアレクシスの手による医者の診断を受け「そろそろ生まれてもおかしくない」と言われ、覚悟はしていた二人であったが、いざその時が来たとなると二人とも狼狽していた。
この期に及んでネリアはどうすることもできないが、ハルは何か自分にできること、特に医者の手配をしようと懸命に動いた。
「誰か、誰かいないか!?」
ハルはいざという時の連絡用にアレクシスの手の者から預かっていた、連絡役を務めている若年層のエルフにしか伝わらない笛を吹いた、この音を聞けば常時最低一人は近辺に詰めているアレクシスの手の者に伝わるはずだ。
……だが、20分ほど待っても返事がない。以前、深夜にネリアが少し体調を崩した時には数分で駆けつけてくれたはずなのに。
「何かあったのか?」
家の入口から顔を出したハルがそう訝しむ間もなく、素早く飛び込んできた影がハルの首筋に刃を突き付けた。
「動けば殺す」
ハルはその言葉に従わざるを得なかった。家の奥で苦痛に悶えるネリアの声を聞きながら。
そして、強盗の首魁と考えていた人物が姿を現した。その顔を見たハルが思わず目を丸くする。
「アリエルさん?」
「……やっぱりあんただったかい」
手に持ったランタンの下でハルの顔を確認したアリエルが、苦々しげに呟いた。
「ねえ、ねぇ! 言ったとおりでしょ! 王国の賞金首、ミハエル=ヴォルカーがここに隠れてるって噂、本当だったでしょ!」
得意げにアリエルに話しかける若い女の声が響く。
「王国からかかってたこいつの賞金、結構高かったですよね? しばらく苦しかったうちの会計、ずいぶんと楽になりますよね?」
……その言葉を聞いて、ハルはある意味で覚悟を決めた。
大所帯を食わせなければならないクランが金欠になる。
そして、クランの団員が金になりそうな情報を探す。
その結果、金になりそうな賞金首の情報を得る。
その情報をクランのトップに話し、討伐隊が編成される。
何も間違ってはいない。自分たちも賞金首のお尋ね者を討ち取るときには、同じようなことをやっていたのだから。
……そしてそんな中、ハルが尋ねる。
「近くにエルフの連絡役がいたはずですが……どうなりました?」
その問いにアリエルが答える。
「しばらく眠ってもらってる、連絡取られたら面倒だったからな」
「じゃあ、死んではいないんですね。良かった……」
ハルの安堵を見て、アリエルが尋ねた。
「……あんた、なんでそんなに落ち着いてるんだい? あたし自身はあんまり気が乗らないが、あんたは今から首を落とされて国に突き出される身だ。命乞いや自己弁護のひとつもないのかい?」
その言葉に、ハルはためらった。
かつて自分は、目の前の相手……アリエルに剣の勝負で敗れ、その挙句に相手の同情で命を拾った身なのだ。
だが、あれからずいぶんの時が流れた。自分の能力……危機管理や情報収集、情報の隠ぺいが甘かったと言われれば、それまでだ。
だがら、ハルは自分の運命を受け入れようとした。
「構いま……」
その瞬間、背後でネリアの呻き声が聞こえた。
それを聞いたとたん、ハルが首元に突きつけられた短剣を払いのけると同時に土下座した。
「この首は取ってもらっても構いません! ですが お願いがあります! 奥にいる妻の……いや、妻と子供の命を救ってやってください! その後ならこの首、どうして貰っても構いません!」
その思いもかけない言葉と共に土下座したハルに目をぱちくりとさせたアリエルに、先行して家の中に入って索敵をしていたらしい女戦士から声が上がる。
「団長! 奥に産気づいたダ-クエルフの女がいます! しかもこれ……かなりヤバいですぜ!?」
「お願いします!!」
連絡役のエルフが動けない今、ネリアの命を救えるのは目の前にいる自分の首を斬ろうとしている女……アリエルしかいなかった。
アリエルが目を閉じ、数秒考える。
……そして目を開くと、部下の一人に命じた。
「ラピス、来い!」
その直後にひとりの戦士がアリエルの下に走ってくる。
「お前は以前神官をしてた時、救護院で出産にも何度か立ち会ったことがあると言ってたな!」
「はい!」
「奥に女がいる。もうすぐ子供が生まれる。できるだけのことをしてやれ」
「え? それって、この賞金首の……」
「つべこべ言わずにやれ! 団長命令だ!」
「は、はい!」
ラピスと呼ばれたその戦士は、アリエルの言葉を聞くや否や家に入っていった。
そして直後に、彼女が叫んだ。
「駄目です! これ、相当の難産です! 出血もひどいし、私ひとりじゃ手に負えません!」
「クロエ! オディール! ラピスの手助けをしてやれ! それにルチアは早馬を使い、近くで待機してるホリーを呼んでこい! あいつで無理だったらもうこの国のどんな医者を呼んできても駄目だ!」
アリエルのてきぱきとした指示が夜の闇に響く。
そしてその指示が一段落し、駆けつけたホリーという団員もネリアの治療に入った後、しばらくの沈黙ののちにアリエルはハルに声をかけた。
「あんたがあのランゴバルトとの戦いの後、何をやったのかは知らん。あたしが知っているのはあんたが王国の賞金首になったって事だけだ。『キンタロウの斧』も、そのあたりを詳しく教えてくれなかったしな」
アリエルが言葉を続ける。
「あんたが所帯持ってたなんて知らなかったよ。しかもあの女、ダークエルフみたいじゃないか。あたしの部下に情報通がいる、そいつが言ってたよ。以前『黒き木々』でちょっとした依頼を受けた時に見たことのあるダークエルフだってな。確か……」
その言葉と共に、土下座していたハルはパチリと剣を鞘から抜いた。
だが、その音を聞き漏らすアリエルではない。
「安心しな。あの女にかかってる賞金は、例のアルゼントのダークエルフ連中のものだ。素直に受け取れるものとはハナから思っちゃいない。それに……」
「……それに?」
ハルが首を上げて聞き返した次の瞬間、家の中から泣き声が聞こえた。
「おめでとさん、あんたもこれで立派な子供の親だ。子供の顔も見ずに死ぬのは嫌だろう?」
次の瞬間、ハルはアリエルの言葉に答えることもなく、ただ涙を流していた。
※ ※ ※
「娘さんも奥さんも大事にしてやんな。あの娘はまぎれもない、あんたらのかけがえのない尊い家族だ」
そのまま引き上げようとするアリエルに、ハルが声をかける。
「……あなたは、このままでいいんですか?『生死問わず』ってことになってた俺の首を取りに来たはずじゃ……」
「バカ野郎」
ハルの言葉にアリエルが返した。
「子供にちゃんとした親がいなくてどうする。全うに、間違っても酒と賭け事で身を持ち崩した親の下、剣の腕だけでのし上がるしかないような男っ気のない人生歩ませるんじゃないよ」
「え、それって……」
だが、その問いに答えることなく『ネメシスの戦乙女』の一団は去っていった。
※ ※ ※
「団長、あんまりじゃないすかぁ? 今回の件、情報収集も裏取りも全部あたしがやったんですよぉ? それなのに団長の鶴の一声で、せっかくの賞金首を見逃しですかぁ?」
若い団員が団長に不満げに口にした。
アリエルはそれに少し苦々し気な顔で答える。
「わかってるよ、お前は十分に役目を果たした。今回の件は私の我儘だ、次の給料は期待しとけ」
「わぁい!」
若い団員が馬の手綱を離さんばかりに喜んだ。
「……しかし、子供っていいものですよね」
団員の一人が呟いた。
「ええ、そうですね。普段血ばかり見ている私たちでも、あの出産の時の血は……なんとなく聖なるものに見えてきます。同じ人の血、なのにね」
そして、そんな呟きを聞いていたアリエルが叫んだ。
「よし、解禁!」
「「「へ?」」」
周囲の団が一斉に叫んだ。
「お前らの中にも、団の中やら外やらでいい関係になってる男がいるだろ。今までは任務に支障が出そうだから子作りは禁止してたが、それを取りやめる。好きな男と存分に子供作っていいぞ。団長の責任においてちゃんとそんな子供の面倒は見てやれるような環境は整える」
「それはいいですけど、それってけっこうなお金がかかるんじゃ……」
「気にするな! あいつらに見せてもらった子供の寝顔、あれにはいくら払っても足りないくらいだ! あれがいつでも見られると思えば安い安い!」
アリエルが大声で笑った。
※ ※ ※
「フユノ、ってのはどうだろう?」
「なに、その名前?」
「……俺の妹の名前だ」
「あなただけ、ずるいわ」
「分かったよ。じゃあ、お前は何て名前がいい?」
「ユウコ」
「それは誰の名前だ?」
「あたしのお母さんの名前」
「うーん、それじゃぁ……」
※ ※ ※
若い夫婦のちょっとした喧嘩の後、ユーノ・ヴォルカーは、お腹が減ったらしく激しく泣き出した。




