44 協力者
数日後。
ハルたちはなんとか追手を振り切ることに成功し、ヘンリック家の屋敷にたどり着いていた。
かつては花壇があった場所に櫓が立てられ、屋敷の壁には火をかけられるのに備えて鉄板が張り付けられている。庭には大きな塹壕が掘られ、かつての屋敷の姿は見る影もなくなっていた。
恐らく外部との戦を想定してのここ数か月の突貫工事によるものだろう。かつての屋敷の姿をよく知っているネリアは、ひどく寂しい気持ちになった。
そして、一緒に逃げ延びた従者たちには休息をとるよういったん家に帰され、ハル、ネリア、そしてミリーナの三人だけが屋敷に通される。
そこで彼らを待っていたのは、今回の逃亡劇の仕掛人、アリアスだった。
「ハル君、感謝するよ。君ならきっと手伝ってくれると信じていた」
アリアスの口元に笑みの色が浮かんだ。
「……貴方を恨んでいるわけではありません。最後にこの判断を決めたのは俺ですから。でも、なぜこんなタイミングであの事を俺に?」
ハルの質問にアリアスが答えた。
「あれが君を引き抜く最後のチャンスだったからだ。君はこちらにつかなければ、敵に回っていただろう。お嬢様に関係する不安要素は一つでも多く取り除くのが私の仕事だ。敵になるくらいなら味方につける、何かおかしな事があるかね?」
ハルが唇をかむ。
確かにアリアスの言った通りだ。実際、ハルは既に国の命によりネリアの炙り出しに協力させられていた。ハルがあのまま『キンタロウの斧』にいたのなら、まず間違いなくこれから起こるであろうヘンリック家との紛争、もしくはそれ以上の混乱において彼らの敵に回ることになっていただろう。
そしてその状況で、恐らく団に与えるダメージを最小にしながらハルがヘンリック家に手を貸すタイミングは、今回を除いてあり得なかった。
そこにネリアが口を挟んだ。
「だからといって……決めていたではありませんか! あの時の青年……失礼、ハルさんのことですが、余程のことがない限り厄介事には巻き込まないと……」
「その余程の厄介事が起きたのですよ」
そのアリアスの一言に、ネリアは口をつぐむ。
「先程お嬢様が言いかけていた事だがな……今更言い訳がましく聞こえるかもしれないが、私もお嬢様も、この世界で何もなければ君への前世での恩を押し付けるつもりはなかった。君は君、我々は我々で必要以上の干渉はせずに共存していくつもりだったのだ。今回の件はやむにやまれぬ事情が重なった末の非常手段だった。それだけは信じてもらえると嬉しい」
白々しい言葉ではあったが、あのケイブトロール討伐時のアリアスの態度からすると、ハルにはその弁明も説得力を持って聞こえた。
あの時のアリアスの態度は、できるだけハルに自分たちの正体を知られまいとしていた節があったからだ。
「さてハル君、お嬢様を助けてくれたことには感謝するが……そちらのお嬢さんはどなたかな?」
アリアスがミリーナに視線をやった。
「彼女はミリーナ、俺の大切な仲間です」
ハルが断言する。
「ふむ、君がそう言うならそうなのだろうが……はたして我々が信頼するに足る人間なのかな?」
アリアスが疑いの目をミリーナに向ける。アリアスからすれば、そしてハルからしても予想外となった同行者である。アリアスの懸念も当然だった。
だがそこに、ネリアが口を挟んだ。
「彼女は自分だけなら逃げることもできました。しかしそれをよしとせず、ハルさんを助けるために我々についてきてくれたのです。私は……彼女を信じます」
「ネリアさん……」
ミリーナがやや驚いたような表情を浮かべた後、ネリアに軽く頭を下げた。
さらにハルが言葉を加える。
「アリアスさん、そしてネリアさん。いくらあなた方でも、ミリーナに危害を加えるようなことをするのなら、あなた方とは組めません。あなた方に手出しはしませんが、この身に替えてもミリーナは団長たちの下に連れ戻します」
「ハル兄ちゃん……」
数秒の沈黙の後、アリアスが言った。
「……お嬢様とハル君がそこまで仰るなら良いでしょう。私もあなたを信じます。我々に手を貸していただきましょうか」
「……わかりました」
ミリーナが頷いた。
その後、クリフトからネリアが聞いた一連の顛末を聞かされたハルが、問いを発した。
「……そして、我々を味方に迎えてどうするつもりなのです? 屋敷の防衛なら他にも人はいるでしょう。我々2人が加わってどうなるものでもないと思うのですが」
当然である。ある意味防衛戦となるこれからの戦闘で、一騎当千の人間がひとりいたところでどうにもならない。他の場所から攻めればいいだけだからだ。
加えてこの地形は森の木々を除いては四方に開けており、守りに関しては著しく不利だ。屋敷も少々の手を加えたところで何か月と持つような砦にはならない。このまま持久戦に持ち込むにはリスクが高すぎる。それはアリアスも判っているはずだ。
「ああ、肝心なことを伝えていなかったな。あなた方とネリア様はこの状況を打開するため、この森の奥に向かってもらう。本来ならクリフト様がやるべきことなのだが、怪我がまだ完治しておられないのでね」
アリアスが答えた。そしてネリアがさらに尋ねる。
「やるべきこと?」
「ええ、そうです。本来はヘンリック家の当主のみに代々伝えられるらしいのですが、前代のコナー様があのような最期を遂げられた。本来ならそこで伝承は途絶するはずなのですが、今回は幸いにも協力者がいた」
「協力者?」
「まあその方の話は後にして……ハル君とその魔術師、お嬢様、そして協力者は、この森、『黒き木々』の奥へと向かっていただくことになります」
「黒き木々の……奥? あの『近寄ってはならぬ』と父上に念押しされていた、あの場所ですか?」
アリアスが頷き、そして答える。
「あの場所には現在のこの状況を変えるだけの、ある秘密が隠されています」
アリアスが続ける。
「正直に申しますと、このまま我々と人間が争ったとして、結果は目に見えています。数に勝ったヒューマン共に、我々は蹂躙されるでしょう。それに抗する唯一の手段が、『黒き木々』の奥に眠っている。そしてそれを解放できるのはヘンリック家の血筋を受け継ぐものだけです。そして現状、それを行えるのは姫様だけなのですよ」
「……私だけ?」
「ええ、そうです。その場所には我々の劣勢を一気に覆しうるだけの存在がある。そしてそこにたどり着くまでにはお嬢様の血筋が必要だ。だがそこに向かうには野生の魔物やらの障害が多く、この里の腕利きを集めたところで少々不安がある。それゆえにその道程においてお嬢様をお守りするための戦力が必要になるのです」
そしてアリアスはハルたちに目を向けた。
「残念ながら、現在のこの里の戦力では陣地の構築と防衛が精々だ。その上、お嬢様に降りかかる障害はこの里のもの達ではかなわない。数が揃えば何とかなるが、現状ではそうもいかない。そのために、お嬢様に同行するには君のような一騎当千の強者が必要だった。これも君を引き抜いた理由のひとつだ」
アリアスが答えた。そしてハルがその言葉にさらに疑問を返す。
「……理由はわかりました。そして、その『黒き木々の奥』とやらには何があるんですか? そして、そこにたどり着くまでの『協力者』とは、いったい誰なんですか?」
場に少しの沈黙が広がった。そしてその沈黙を破るかのように、女の声が響き渡る。
「『協力者』ってのは私さ」
聞き覚えのある声を耳にして、ハルは思わず声のする方向を向いた。
それを見てハルは驚愕した。そこに立つ人影、そしてその顔。
ハルは確かにその顔に見覚えがあったからだ。
「そして『黒き木々の奥』には、あんた方の想像の範疇外……ぶっちゃけ、ヒューマンやらエルフやら、今のこの世界の人間ではではどうにもならない存在がいる。あんたが倒した家畜もどきの竜なんかとは比べ物にならない存在……この世界の頂点に立つ存在、古代竜。その力を借りるため、あんたの協力が欲しいんだよ」
その女の声の主。それは。
かつてハルたちが打ち倒し、首領であるランゴバルトを切り伏せ、盗賊団を壊滅させたその唯一の生き残りにして、この世界へのハルの転生を助けてくれた人物。
アイリーン=カグヤ=カストーリアの姿が、そこにあった。
諸事情により、しばらくは不定期更新とさせていただきます。




