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43 決断の時

 アレクシスは訝しんでいた。


 数日前、ハルがこっそりと夜中に出て行ったことは知っていた。

 何か言いたくない都合でもあるのかと思いそのまま放置してしまったが、帰ってきたハルは明らかに何かを考え込んでいるような様子だ。


 何かあったのかと聞いても、当然のように、何でもありませんという返事しか返ってこない。だが、なにしろハルは嘘をつくのが下手なのだ。

 あの夜、無理を言ってもハルに人をつけておくべきだったかと、アレクシスは後悔していた。


 辛うじて「自分があとで後悔するような選択はするな」と言ったところ、ハルは意を決したような眼をしてアレクシスに礼を言った。


 そしてその意味を、アレクシスはすぐに知ることとなる。




※ ※ ※




 ……数日後、事態はハルやアレクシス、そしてもしかしたらネリアやアリアスの予想を上回る速度で悪化していた。


 ダークドワーフ、そしてダークエルフがエリクシア王国と敵対している。

 そしてダークエルフの実力者であるヘンリック家、その手の者が王都で何かを探っている。

 こんな話が囁かれるようになったのだ。


 現時点では全て本当のことである。

 現時点の情報から判断して、コナーを殺したのはケインリッヒ家。目的はオリハルコンの鉱脈を自分のものにするため。

 実際、それでケインリッヒ家は莫大な利益を上げている。

 そして、それを後押しするかのような政策が王国の認可を得てしまった。


 これだけ見れば、誰がどう考えてもケインリッヒ家を隠れ蓑にした王国の『黒き木々』からの鉱物資源強奪だ。それだけにこの噂は信憑性を持ってあっという間に広がり、王都にいるあらゆるダークエルフはスパイの容疑をかけられて身柄を拘束されていった。



 その上に、さらにまずい事態が起こった。


 王都で何かを探っているのは、ヘンリック家の長女、ネリアであるという情報が王国に入ってきたのだ。


 当然、この状況であっさりとネリアを領地に返すわけにはいかない。

 さすがに殺しはしないが、交渉の材料として王国で確保したい。そう考えるのが自然であった。


 『キンタロウの斧』にもネリアの居場所に関する王国からの問い合わせが来たが、まずは知らぬ存ぜぬで押し通すことができた。

 いくら王国からの依頼とはいえ、顧客の個人情報を守る権利は『キンタロウの斧』にもある。まして今回は先に依頼してきたのがネリアたちだ。

 そのあたりの道理は王国もわきまえているらしく、そちらの追及はすぐに終わった。



 だが、状況はまもなくさらに悪化する。


「断る!」


 アレクシスが即答した。そしてそれをたしなめるようにエミルが声をかける。


「……これが断れるはずがないでしょう、団長。なにしろ王国からの指名依頼ですよ」


 エミルの声を聞き、アレクシスが苦虫を噛み潰すような顔をした。


 『キンタロウの斧』に、王国直々の指名依頼が来たのだ。

 依頼内容はヘンリック家長女、ネリア=ヘンリックの捕縛。

 そのために『キンタロウの斧』からアレクシス、エミル、グレイ、ハルを王国衛兵隊に同行させ、見つけ次第ネリアの身柄を拘束せよ、という内容だった。

 四人が指名されたのは当然、ネリアの顔を知っているからである。各人がバラバラになってそれぞれの分隊に同行し、怪しいと思われる者の面通しをせよ、との事だったのだ。


 そして、『王国直々の指名依頼』となると話が変わってくる。

 以前のランゴバルト討伐の時と同様、実質的には王国からの命令に等しいこの依頼。手を抜いたり嘘をつくわけにはいかない。

 そのような行為はそのまま、『キンタロウの斧』のエリクシア王国への欺瞞行為となる。当然、今までアレクシス達が長年苦労して積み上げてきた信頼は一瞬にして消えてなくなり、下手をすれば王国への謀反とも受け取られる可能性も出てきたのだ。




※ ※ ※




 ……そしてしばらくしたある夜の事、都近辺の林道にて。


 人目をはばかるように馬で森を行く一団がいた。その手綱を握る手は薄黒い。

 その正体は、王都にて情報を探っていたネリアたちダークエルフの一団だ。


 ネリアたちの前に顔を出して一足先に帰ってしまったアリアスと違い、ネリアたちは完全に王都を離れる時期を逸してしまった。

 その理由が王都で得た情報を調べ、アリアスに送った情報の裏付けを取るためだったとはいえ、調査のためにあまりにも時間をかけすぎてしまった。ネリアたちが王都を離れる前にかけた『身体偽装』の魔術が切れ、肌の色がダークエルフ本来のものに戻ってしまったのである。


 当然ネリアたちも、自分たちダークエルフが王都で目の敵にされつつあることを察知していた。それゆえにこの夜中の出発であり、人目をはばかる林道を使った帰路だった。


 ネリアは、少し前に顔を合わせただけで帰ってしまったアリアスから護身用のアイテムを預かっていたとはいえ、これも万全ではない。皆緊張の糸が張り詰めていた。



 だが、往々にして運命は残酷である。

 ネリアたちの一団が、王国の衛兵に見つかってしまったのだ。



「そこのダークエルフの連中、止まれ!」


 王国兵の声が夜の森に響く。


「我々はあるダークエルフを探している。とりあえず皆フードを取ってもらおうか」


 王国兵の指示に皆が従う。

 ここで逃げ出してもメリットはない。問答無用で全員捕縛され、その後でネリアの正体がばれてしまうだけだ。戦力差がありすぎる。


 それでもなお、自分の命を捨ててもネリアだけは逃げ延びさせる。そんな者たちも多かったのだが、ネリアがそれを押しとどめていた。

 ネリアが顔をさらし、部下たちもそれに従う。ネリアの顔を知る人間はそれほど多くないはずだ。誤魔化せる可能性はある。



 だが、その期待もあっけなく摘み取られた。


「この中に、例の女はいるか?」


 部隊を率いる隊長らしき男の質問に、尋ねられた別の男が答える。


「……はい、います。あの金の髪飾りをしたダークエルフ、あの顔には見覚えがあります。あの女がお探しの少女……ネリア=ヘンリックでしょう」


 そう答えたのは、警備隊に同行していたハルだった。



「なら決まりだ、あの女は捕えろ。他は抵抗するなら殺して構わん。それと……」


 隊長が下卑た笑みを浮かべる。


「殺すなとは言われているが、傷つけるなとは言われていない。自殺だけはさせるなよ。あとは役得だ、好きにして構わん」


「そんな! 大人しく捕まるなら、酷いことはしないって言っていたじゃないですか!」


 ハルに同行していたミリーナが抗議する。


「雇い主は我々王国だ、貴様らに口を挟む権利はない!」


 隊長が声を荒げた。


 さらに言葉を続けようとするミリーナを、ハルが静かに止める。


「ハル兄ちゃん……」



 一連のやり取りを聞いていたネリアの部下たちは、切り死にの覚悟を決めた。だが。


「……早まった真似はお止めなさい」


 ネリアが部下たちを押しとどめる。


「まだ、最後の手段があります」


 ネリアが懐から小さな石を取り出した。石は赤銅色に鈍く輝いている。


 ……魔封石。

 ネリアがアリアスから渡された護身用の魔道具だ。

 一言でいえば、使い捨ての呪文詠唱。使用者の魔力や状態の有無を問わず、事前に決めた解除操作を行うだけで込められた魔法を発動させることができるのだ。

 ただ、今回渡されたこの魔封石に何の魔法が込められているかを、ネリアは聞かされていなかった。


 そして、ネリアはこれを渡された際、使用条件をひとつつけられていた。



 ……相手の手勢の中に、以前ケイブトロール討伐の時に同行した「ハル」と呼ばれていた青年がいること。



 ネリアは自分の正体を隊長に告げた少年の顔に見覚えがあった。間違いなくあの時の青年、ハルである。

 それゆえに、今回は不幸中の幸いだったとも言える。相手次第では使えない切り札だったのだ。



「……アリアスから渡された切り札を使います。何が起こるかわかりませんが、皆は逃げる準備を」


 小さな声でそう部下に告げたネリアは、この魔封石の解除操作……『石を爪で5回引っ掻く』を実行した。


 そして魔法が解放される。



『我に剣を向ける者たちよ、我が忠実な僕となりて、なお我に剣を向け続けるものを駆逐せよ! 『魅了』!』


 その声を聞いた隊長が、部下に向かって叫ぶ。


「『魅了』の魔法だ、気を強く持て! あんな魔法、そう易々とはかからんはずだ!」



 実際、隊長のいう通りである。

 相手の精神を完全に支配下に置く『魅了』の魔法は、強力なゆえに成功率もそれほど高くない。

 アイリーンのような『魅了』に特化・卓越した魔術師が使う場合はともかく、普通の魔術師が使った場合の成功率はせいぜい3割。対魔力処理を施された鎧を着込んだ衛兵たちや、元々魔力を持つハルやミリーナに対しては限りなくゼロに近くなるはずだった。



 ……ただし。

 ゼロではない。



「……仰せのままに」


 小さく、ハルが呟いた。



 ハルはそのまま隣にいる兵士の顎を掌底で強打する。脳震盪を起こした兵士が落馬し、そのまま崩れ落ちた。


「なっ!?」


「こいつ、『魅了』の抵抗に失敗しやがった!?」


 ハルはそのまま流れるような動きで、不意を突かれた兵士たちに一撃を入れては意識を刈り取っていった。


 術を使ったネリアが目を丸くする。ミリーナも同じだ。

 それはハルが『魅了』にかかったからではない。

 先程の魔法は呪文の詠唱こそあったが、実際には魔力は発動していなかった。呪文の詠唱だけを音楽プレイヤーで再生したようなものだったのだ。

 つまり目を丸くしたのは『唱えられてもいない魔法が、なぜかハルに効いた』からである。



 ……1分と経たないうちに、その場で意識を保っているのはネリアたち一行とハル、ミリーナ、そして隊長だけとなった。こうなってはもう捕縛の目はない。数が違いすぎていた。


「くそっ、ボンクラがつまらん小細工にはまりおって……」


 一人残された隊長はそのことに気づかず、そのまま馬に鞭を入れて逃走していった。


「追うな!」


 ネリアがハルと部下を引き留めた。




※ ※ ※




「……ハルさんでしたね。貴方、何故魔法がかかっているような振りをしたのです?」


 ネリアが問い詰める。


 少しのためらいの後、ハルが答えた。


「あなたを助け、なおかつ私の上司でもあるアレクシス殿に迷惑をかけないためです」



 つまり、ハルは芝居を打ったのである。


 依頼者である王国の兵士を前にして、あからさまにネリアたちをかばう真似はできない。

 ネリアたちの捕縛が王国からの依頼である以上、それを邪魔することはそのまま依頼の不履行、すなわちアレクシスたちの依頼不履行となる。

 依頼内容から判断するに、『キンタロウの斧』が依頼主を裏切ってダークエルフ側についた、とみなされても仕方ない状況だったのだ。


 だが、ハルは考えた。アリアスの入れ知恵を元にして。


 相手が『魅了』の魔法を使う。

 普通なら抵抗できる魔法だ。さらに加えれば、今回の『魅了』は、発動したように見せかけた偽物の魔法だったのだ。


 だが、それでも王国の衛兵を騙すぐらいのことはできる。

 そして、それがわずかなりとも成功の可能性がある魔法である以上、『魅了されたのは運が悪かった』で話を押し通すことも可能なのだ。


 それゆえに、ハルは芝居を打った。

 実際には発動していない『魅了』の魔法にかかったフリをする。

 そして、ネリアたちの逃亡の邪魔となる衛兵たちを排除する。


 これならば、『キンタロウの斧』にかかる迷惑が最小限で済む、と判断したのだ。



「……そこまでして、なぜ私を守るのです? アリアスの依頼があったかも知れませんが、王都の命令には逆らってまでやることではないでしょう?」


 ネリアがハルに問い詰める。



 しばしの後、ハルが答えた。


「あなた……いや、あなたの前世である『倉森美咲』さんは私の妹を助けてくれました。その恩を返すためです」


 ハルが言い切った。



 そして、その言葉に逆にネリアが狼狽する。


「あ、あなたがあの時の……確かに倉田……いや、アリアスが色々と手配をしてくれたようでしたが……こんなことをしてまで、私への恩を返すつもりですか!?」



 ハルは首を縦に振った。



「あの時、私は私と冬乃を助けてくれた皆さんに命を渡す決断をしました。それは今でも変わりません。今回のことは私を助けてくれた『キンタロウ』こと、アレクシス団長には多少なりとも迷惑をかけるかもしれませんが……冬乃を助けていただいた倉森財閥へのご恩返しです」


 そして、少しの沈黙の後、ハルは答えた。


「……アリスさん、あなたが気に病む必要はありません。俺が勝手にやっている事ですから」



 そして、ハルはミリーナを見つめ、言った。


「……これでお別れだ。お前は『ハルが敵の魅了にかかってそのままついていった』と団長たちに伝えろ。自分は辛うじて逃げ延びたと言え。ここから先は……俺だけが抱え込めばいい。お前を巻き込むつもりはない」


「嫌だよ!」


 ミリーナが即座に答えた。



「わたしは……ハル兄ちゃんの手助けをするために、魔法の訓練をして、ここまでついて来たんだよ? 私はハル兄ちゃんのために魔法を覚えたんだよ? ここで……こんなところで……サヨナラ、なんて言われたくないよ!!」


 ミリーナが続ける。


「私は、ハル兄ちゃんについていく。ハル兄ちゃんの目的は何かはわからないけど……私はハル兄ちゃんについていくって、ずっとずっと前から決めていたんだかから……」



「……本気なのか?」


 ハルの質問に、ミリーナは即時に首を縦に振った。


「この先、どうなるかわからないんだぞ?」


 さらに問いかけるハルに、ミリーナは答えた。


「それは……ハル兄ちゃんも同じだよね?」



 ……僅かな沈黙の後、ハルがネリアに問いかける。


「……俺はあなたに魅了された後、魔術師であるミリーナを人質にして連れ去った、ということにしてもいいですか?」



 いきなりの問いかけに、ネリアは声を失った。

 だが、そのすぐ後に。


「……ハルさんの判断にお任せします。きっとミリーナさんは、ハルさんが信頼できるような人なのでしょう。ならば私も、その人を信じます」


 ミリーナが頭を下げ、感謝の意を示した。




 ……そしてその後。


 追手が現場にたどりついた時。

 怪我人を残したまま、ネリアたち一行と、ハル、ミリーナの姿は既に消えていた。

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