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42 決裂

 ……この顔をした時のネリアには、何を言っても無駄だ。


 そのことを身をもって知っているアリアスは、周囲がネリアを必死に止める声を抑え、黙って旅支度を手伝うよう指示した。下手に止めれば周囲に黙って出て行ってしまう。それよりはまだリードをつけて送り出した方がマシだと思ったからだ。


 ただし、ダークエルフの殺人が起こったところに同じダークエルフが向かうのは……という意見に従い、ネリアは変装して行くことになった。

 ダークエルフに伝わる特殊魔法であり、肌の色を一時的に薄めてエルフと見分けがつかなくする幻術魔法の一種だ。効果も最大2か月程度と長い。

 しかし、この魔法を使える付与術師はこの領地にも少ない。ネリアにも使えないため、ここで魔法をかけてから王都に向かうことになる。


 移動時間を考えても、調査期間は1か月強。

 その時間で何かを掴めるか、無駄足に終わるかは誰にもわからなかった。




※ ※ ※




「いったい何があった!?」


 急ぎの報告を受け、手勢を率いて採掘場に向かったケインリッヒ伯爵家の騎士、オルバスが見たものは、つるはしやスコップを構えた屈強な鉱夫たちが、数人の小男と対峙している姿だった。


 ……だが、その小男たちも、よく見ると明らかに人間ではない。

 脚が短く、小柄だががっしりとした体躯と豊かに蓄えた髭を持ち、肌の色が薄黒い。

 オルバスも初めて見る種族、ダークドワーフであった。


「話は通じるのだな? 向こうは何と言っている?」


 オルバスが鉱夫たちのまとめ役の男に問いかける。


「それなんですが……俺たちが掘り進んでいた坑道が、どこかの小さなトンネルと繋がっちまいまして。そこから出てきたあいつらが言うには……どうも俺たちが領地侵犯をしているとか……」


「何だと?」


 ケインリッヒ伯爵家の所領の東端は確かに『黒き木々』の西端と隣接している。採掘を行っても問題ないのはあくまで自領だけ。名目上は国有地となっている『黒き木々』の地下を採掘するには、王国の許可が要る。

 さらに慣習法に則れば、国有地であってもそこを長年占拠している者がいるなら、採掘の優先権はそちらにあるのだ。


「領地侵犯という話は確かなのか?」


「ええ、領地の境界線であるアデノ河を超えちまってますから。ここはもうケインリッヒ家の領地でないことは確かです」


「むぅ……」


 オルバスが頭を抱える。


「……お前さんがここの連中の代表者か?」


 ダークドワーフのひとりが口を開いた。


「そう、ケインリッヒ家騎士、オルバスだ」


「本来なら河を超えた所から掘った分に関しては全部こちらに渡してもらわねばならんのだが……まあそこまでは言わん。ただ、ここは我が主君、ギダル家が数百年にわたって治めてきた地だ。大人しく引き返して貰おうか」



「……私の一存では返答はできん、1か月待ってもらおうか。その後に伯爵様の意思を伝える」


「良い返事を期待している」


「オルバス様!?」


 鉱夫たちが一斉に驚きの声を上げた。


「こんな良い鉱脈、みすみす見逃すつもりですかい!?」


「鉱脈はまだまだ続いてますぜ! こんなお宝の山を前に引き下がっちゃ、一生の悔いになりまさぁ!」


「私では決められんと言っている! まずはグレゴール様にお伺いを立ててからだ!」


 オルバスが鉱夫たちを一喝した。


「……取り急ぎしばらくの間、採掘は中止だ。日当はきちんと出す、安心しろ」


 鉱夫をなだめながら引き返すオルバスは、トンネルを塞ぐように腕を組んで立ちふさがるダークドワーフたちを、きっと睨みつけた。




※ ※ ※




 ……王都、アイゼンベルグでのネリアたちの調査は、1か月弱になろうとしていた。


 父を殺したのは誰なのか。殺した目的は何なのか。


 父のコネがあった魔道技術庁だけではなく、グレイを通じて交流を深めていた『キンタロウの斧』にも依頼して調査を続けていたネリアだが、いっこうに手掛かりは掴めなかった。


「はぁ……」


 ネリアが思わずため息を漏らす。凝った肩を自分でトントンと叩いた。

 ふと時計を見ると、もう昼時も近い。


「……根をつめてばかりでもしょうがないわね、何か食べに行くか」



 王都の繁華街をネリアが歩く。かつては年に1度ほどお忍びで王都に遊びにきたりもしていたが、今回はさすがにそんな気は起きない。街の喧騒や子供の笑い声が、今のネリアにはひどく遠いものに感じられた。


 グレイ達に聞いた『ウラシマの釣り竿』という美味しい店は確かこの辺りにあるはずだが……。

 周囲を見回したネリアの目が、装飾品店のショーケースで止まった。



 いかにも高級品でござい、とショーケースの中央に飾られたその指輪。

 数日前にここを通った時にはなかったあの指輪の輝き。自分の目に狂いがなければ、あの光は確かに。



「す……すいませんっ!」


 駆け込むように店に飛び込んだネリアが、息を切らしながら店員に尋ねる。


「あ、あのショーケースの指輪って……もしかして……」


「あら、お客様、お目が高いですわね。うちにも滅多に入ってこない逸品でして」


「じゃ、やっぱり……あの指輪は……オリハルコン製!?」


「左様でございます。銀や金、ミスリルの指輪も素晴らしいですが、やはりオリハルコンには敵いませんわね。何というか、素材の持つ気品からしてもう違うと申しますか……」


 ……やはり。

 自分の目に狂いがなかったことを確かめたネリアは、さらに店員に尋ねる。


「オリハルコンって……滅多に入ってこないはずですけど、どういったルートで!?」


「細かい仕入れ先は申し上げられませんが、どうも最近、オリハルコンの産出量が増えてきているそうですよ。一時期入荷が止まってたんですが、つい最近また出回るようになったみたいで。なんでもどこかでいい鉱脈が見つかったとかで」


 …………!


 ネリアが息を飲んだ。

コナーが行っていたヘンリック家からのオリハルコン供給は、あの事件以来止まっているはずだ。別の供給先が現れたとしか考えられない。


 店員が続ける。


「オリハルコンって、他にも使い道がたくさんあるでしょ? 魔道具とか、高級な剣やら槍やらとか。だからほとんどを国が買っていっちゃうんですけど、産出量が増えたせいで、こういった装飾品用にも回ってくるようになったそうなんです」


 後半の言葉はもうネリアの耳には入ってこない。


「オリハルコンは魔力に反応してさらに美しく輝きますから、お嬢さんみたいな魔力をお持ちのエルフの方にはきっとよくお似合いになると思いますわ。これからは入荷も多くなるそうですので、お支払いに関しても多少はご相談に……って、お客様!?」


 店を逃げるように飛び出したネリアは、宿に向かって走りながら考えていた。



 こんな都合のいい偶然があるはずがない。

 オリハルコンの鉱脈なんて、100年に1つ見つかるかどうかだ。


 それならば、答えは一つ。


 アリアスの推測した通り、父を殺した相手の狙いは、あのオリハルコンの鉱脈図だ。

 どうやって父があれを持っているのを知ったのかは分からないが、父を殺してあれを盗み見た奴が、オリハルコンを採掘して市場に流し、莫大な利益を得ている。


 ならば方法はひとつ。

 オリハルコンの供給元を探る。きっとその先に父を殺した犯人がいるはずだ。




※ ※ ※




 ……『黒き木々』の西端、ダークドワーフのギダル家が治める土地。

 そして先日、オルバスたちとダークドワーフの一団が対面したまさにその場所。


「返答を聞かせてもらおうか」


 先日のダークドワーフが、オルバスに詰め寄る。


 だが、オルバスは答えない。


「おい、どうした?」


 声を荒げるダークドワーフ。



 そして次の瞬間、周囲は血に染まった。


 オルバスの抜いた剣が、ダークドワーフの頭を刎ね飛ばしていたのだ。



 数秒の後、別のダークドワーフが言い放つ。


「……どういうつもりか、と聞くまでもなさそうだな」


「話が早いな。領主、グレゴール伯爵の御意思を伝える。この鉱脈は我々が頂く、貴様ら黒短足には渡さん」


 黒短足、というダークドワーフへの蔑称を混ぜながら、オルバスがはっきりと告げた。


「……エリクシアの法は我々も知っている。これは明らかな違法行為だぞ?」


「残念ながら、そうはならん。王国は貴様らなど守らない」


「……どういうことだ?」


「貴様らが知る必要はない。というか、知っても無駄だな」


 続いてオルバスの部下たちも、一斉に剣を抜き放つ。



 そして、惨劇が始まった。




※ ※ ※




 ……ギダル家領での事件を耳にしたアリアスは、馬を使い潰しながら王都への最短経路を昼夜兼行で進んでいた。そうしなければいけない事情があった。


 ネリアから報告のあったオリハルコンの件。その裏取りをした結果、オリハルコンの供給元がケインリッヒ家であることが判明したこと。


 そしてもう一つ。


 ヘンリック家との交渉と並行して動いていた、エリクシア王国による『黒き木々』の再開発計画。これに正式なゴーサインが出たというのだ。


 クリフトが一命を取り留めてから、アリアスは王国にヘンリック家としての意思を伝えていた。

 コナーの暗殺事件、およびクリフトの暗殺未遂事件の詳細が判明するまで、領土交渉は凍結すること。

 そして調査の結果、一連の事件に王国としての意思が介在していなかった場合は、クリフトを窓口として交渉を再開すること。

 この2点を王国に打診し、宰相であるホーストの内々の承諾を得ていたのだが、その約束が完全に反故にされてしまった。


 そして、それだけではない。


 『黒き木々』の開発は、自領が『黒き木々』に面しているケインリッヒ伯爵家が資金を出した上で、森の西端から行われること。

 そして、資金を出す見返りとして、開拓地を一時的にケインリッヒ伯爵家領へ編入させ、それに連なるすべての利権の帰属を一定期間認めること。

 この2つが併せて認められたというのだ。


 裏でケインリッヒ伯爵家、そして元ケインリッヒ家当主であり、現王国副宰相のルドガーが動いたことは想像に難くない。


 そして、現在ギダル家が支配しているダークドワーフ領は王国のお墨付きの下で合法的に奪われること。

 開拓範囲のオリハルコンの鉱脈もすべて合法的に王国のものとなること。

 これがほぼ確定してしまったのだ。


 また、王国とダークドワーフとの関係が急速に悪化したことに伴い、ダークドワーフと潜在的な同盟関係にあるダークエルフへの反発感情が王国で急速に膨らんでいるとの情報も入っていた。


「切り札をまずは一枚、切らざるを得ないな……」


 馬上でアリアスが呟いた。




※ ※ ※




「ここ……だよな?」


 内密な話があるから誰にも言わずに一人で来てほしい、という匿名の手紙を受け取ったハルは、王都外れの古い建物の前にいた。とりあえず、誰にもこのことは話さずに。


 ハルが扉をノックし、中に入ってくれ、という声に従って顔を隠すための外套を脱ぎ、建物に入る。


 薄暗い明りの中にいたのは、ハルも知っている顔だった。


「確か……ケイブトロール討伐の時ご一緒した、ヘンリック家のアリアスさん?」


「……そうだな、君はその名前しか知らないからな」


 何か含みのある物言いに、ハルは怪訝そうな顔をする。


「まあ、私の名前はアリアス=バスティアン、君の知る通りの名前だ。だが私はかつて、もう一つ名前を持っていた……君ならわかるはずだがね、村瀬春彦くん」



 ハルが手に持った外套を取り落とした。



「……では……あなたは……」


 震える声でハルが尋ねる。


「私のかつての名前は倉田京也。倉森財閥の筆頭執事を務めていた」


「……あなたが……あの時の……医者の手配をしていただいた……」


 そう言うやいなや、ハルはその場に土下座した。


「……あなたのおかげで……あなたのおかげで冬乃は助かりました! ありがとうございました!」


「まあ顔を上げてくれないか、話……というか、お願いはまだ終わっていないのでね」


「はい、何でも仰ってください」


 顔を上げたハルが、緊張した面持ちで答える。



「……今、エリクシア王国とダークエルフの関係が少々よろしくないことになっている。知っているね?」


「……色々と噂話は聞いています」


「そう。だから君には少し、ダークエルフのために骨を折ってもらいたい。私と、もうひとりの君の恩人のためにね」


「……もう一人の恩人?」


「私がかつてお仕えしていた倉森財閥のご息女、倉森美咲様だ。今のお名前は……」


 ハルがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。



「……アリス。フルネームは『ネリア=アリス=ヘンリック』だ。君も良く知っている人物だよ。君が義理堅い人間だということは聞いている。ここはひとつ、我々にも力を貸してくれると嬉しいのだが?」



 アリアスが、ニヤリと笑った。

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