39 隠しきれない過去
「いやー、正直言うとね。この商売やってると危機回避スキルなんて使わないんだよ。風邪ひとつひかないのは便利ではあるけどね」
エビの下拵えをしながらハルやアレクシスたちに陽気に語りかける男は、フランクリン=ヒギンズ。
かつてハルが開店日に偶然立ち寄った料理店、『味処 ウラシマの釣り竿』の店主である。
そして店名通り、かつてハルがこの世界に転生するための資金を出してくれた恩人のひとり『ウラシマ』であった。
あの後、用事を済ませて団に帰ったハルは、早速アレクシスたちにこの店の話をした。
店主の正体は言わなかったが、店名を見たアレクシスはピンと来たらしい。
アレクシスは懐かしい味に、ハインやグレイ、エミルやミリーナは食べたこともない料理に目を白黒させながら舌鼓を打っていた。
それ以来、ハルたちはこの近くまで来ることがあれば必ずここに立ち寄る程の常連客となっていたのだった。
「はい、エビチリ定食6つね。ちょっと辛いからお嬢ちゃんは気を付けて」
「あたし、もう18です!」
幼く見られたのが気に入らなかったのか、ミリーナがぷんすかと怒り出した。
「ああ、ごめんね。見た目が可愛いから、ついね」
「奥さんに怒られますよ」
フランクリンはこの店を妻のブリジットとふたりで経営している。最近ウェイトレスをひとり雇おうかと思案中だ。
また、ブリジットはフランクリンの『過去』も知っているという。
元々、前世のフランクリンは大会社を経営し、料理を趣味としていた。和食からフランス料理まで何でもこなせ、素人の趣味の域を超えた腕前だと周囲にも言われていたそうなのだが、会社を後継者に譲って悠々自適に暮らしていたところ、脳溢血で倒れ、一命は取り留めたものの右半身が動かなくなってしまった。
調理場に立つことも、包丁を握ることも、鍋を振ることもできなくなって失意の日々を過ごしていたところに例のツアーの話を聞きつけ、第二の人生を料理人として生きようと決意し、家族を説得してツアーに参加したとのことだ。
ブリジットは元々フランクリンがこちらの世界で見習いをしていた料理店の店主の娘だったそうなのだが、フランクリンが元々この世界にない料理を自重せず作っていたところ、さすがに理由を問い詰められてバレてしまった。
ブリジットの父の店は兄が継ぎ、フランクリンは暖簾分けのような形で新しくこの店を始めた。当初は奇怪な料理を作るフランクリンにブリジットの父は眉をひそめていたそうだが、料理の腕前は認めていたため、新しい店の出店と、秘密を共有してから仲が急接近していたふたりの結婚を許してくれたそうだ。
「辛いっ!」
「でも美味しい!」
「この料理はご飯によく合うなあ。おかみさん、ご飯お代わり!」
「あいよっ!」
ブリジットの元気な声が、ランチタイムで混み始めた店内に響いた。
「そうそう、前に相談を受けてたカレー粉ってやつだけど、妻の実家の取引先が扱ってるってさ。上手くいけば仕入れ値を今の6割に抑えられるよ。今度サンプルを持ってくるから、店長のご期待に沿える品か確認してみてよ」
「おお、そりゃ有難い! あれは王都に滅多に来ない南の行商でしか手に入らないからどうしても高くついてねえ。あれが安く手に入れば、ずいぶんといろんな料理ができるよ。アジのカレー南蛮とか、ドライカレーとか、皆に食べてもらいたいねぇ」
「全力を尽くすことを約束する! 聞いただけで涎が出そうな料理のためだもの!」
がっしと握手を交わしながらハインとフランクリンが調味料の仕入れについて商談をかわす中、ハルたちはお腹一杯になってお茶を飲みながら一息ついていた。
「あれ? どっかで見かけた顔だと思ったら、ミリーナじゃん。ずいぶんと久しぶりだな」
ミリーナに聞き覚えのない声をかけてきた男がいた。
その男の顔を見たミリーナの表情が、一瞬で青くなる。
「キンベルト……さん、お久しぶりです……」
ミリーナが消え入りそうな声で挨拶を返す。
「ミリーナの知り合いの方?」
ハルがミリーナに尋ねる。
「はい。私が魔法を習った、クロードという魔術師の方のところで一緒に勉強していた……先輩です」
「4年ぶりくらいだっけ? 懐かしいなあ。あの時は大変だったんだぜ。なんせいきなりいなくなっちまったんだから」
「ごめんなさい。今、職場の人と一緒だから、あまり昔の話は……」
「ん、どこかの貴族のお抱えになったの? それともまた……」
「止めてください!」
ミリーナが珍しく声を荒げた。
「おい、兄ちゃん。俺はこの街で『キンタロウの斧』ってしがない傭兵団をやってるアレクシスって者だ。うちの大事な部下を困らせるような真似はやめてもらおうか」
アレクシスが横から口を挟んだ。
「ああ、あの有名な! すげえじゃん。まあミリーナの腕前なら当たり前か。『テレポート』の魔法を使えたのは一門じゃミリーナだけだったもんな。何しろ先生直伝だし」
「直伝?」
何か引っかかる言葉にハルが反応した。
「お願いです……、もう、この話は止めて……」
ミリーナが震えていた。
「そう言うなよ。お前のとばっちりを食らったのは俺達なんだぜ。先生も怒ること怒ること。なんせいきなりお気に入りの娘が……」
キンベルトという男の声が止まった。
ふと見ると、グレイがキンベルトに『沈黙』の魔法をかけ終わったところだった。
「ミリーナを困らせるような昔話はそれくらいにしておいて貰いましょうか。10分程すれば魔法も解けますので、しばらくお静かに願います」
口をパクパクさせ、腕を振り上げて文句を言おうとするキンベルトの口に、目も止まらぬ速さで抜かれたエミルの短剣がねじ込まれ、刃先がトントンと舌を叩いた。
「10分で足りないようなら、いっそのこと一生黙ってみますか?」
涙と鼻水を垂らしながらブンブンと首を横に振るキンベルトは、短剣を口から抜かれると同時に転びそうな勢いで店から逃げていった。
「……帰るか」
アレクシスの声に、皆がうなずく。
席を立つハインは、懐から銀貨5枚を取り出し、フランクリンに渡した。
約5万円。昼食の料金にしては明らかに多すぎる。
「騒がせ料だ。すまなかったな、また来る」
「あ……ああ、またよろしく」
そしてハルたちは、『ウラシマの釣り竿』を後にした。
皆が黙っていた。
そして、気まずい空気に耐えきれなくなったハルが、ミリーナに後ろから声をかける。
「言いたくないなら構わないけど、俺で良ければ何でも相談に乗るからね」
その言葉を聞いたミリーナが、振り向いてハルに言った。
「『キンタロウの斧』に来る前、私が魔法を習ってたクロード先生っていう魔術師とケンカしちゃって、飛び出してきちゃったの……。ごめん、今はこれだけで許して」
それだけ言って、ミリーナは再びハルに背を向けて歩き始めた。
その時、ポツリと頭に水滴を感じたハルが空を見上げる。
大降りになりそうな雲が、空一面を覆っていた。
※ ※ ※
強い雨が降り続ける中、『黒き木々』をダークエルフの一行が進む。
先頭に立つのはアリアス=バスティアン。そしてその後ろで近衛数人に担がれた棺に入っているのは、王都で殺され、急ぎ送り返されてきた当主、コナー=ヘンリックの亡骸である。
本来ならこの葬儀の喪主を務めなければいけないはずの長男、クリフト=ヘンリックは行方不明。
その妹であるネリア=ヘンリックも、父の死と兄の失踪をアリアスから聞かされ、ショックの余り心労で倒れてしまった。とても起き上がれる状態ではない。
だが当主の遺体をいつまでもそのままにしておくわけにもいかない。アリアスが喪主代行となり、コナーの葬儀が執り行われた。
そして式は粛々と進み、あとは遺体の埋葬を残すのみとなった。
ダークエルフは遺体を土葬する。それも森の木の根元に。
遺体を埋める木が大きければ大きいほど格式高い葬儀とされ、領主であるコナーはこの森のエルフたちの知る限り、一番の大樹の根元に葬られることになっていた。基本的に領主の一族のみが埋葬を許された大樹である。
そしてその大樹にアリアスが近づいた時、何者かが大樹の根元にいるのに気づいた。
見れば大樹の根元に立てられた木片に祈りを捧げている。
「おい、貴様! 何をやっている!」
棺を担いだ近衛のひとりが声を上げる。
アリアスたちの姿に気づいた人影は、祈りを止めてこちらを向いた。
長い銀髪を持ったダークエルフの若い女だった。
「……何かあたしに用事があるのかい?」
女が気の抜けた返事を返す。
「この大樹は、この土地の領主、ヘンリック家の墓地だ! 外部の者が立ち入ることは許されていない!」
声を荒げて詰め寄った近衛をよそに、女が大樹を見上げた。
「ああ、ここはそんな由緒ある樹だったのね……」
そして近衛は言葉を続ける。
「その木片は何だ? まさか、領主の許可も得ずにここに誰かを埋葬したのか!?」
近衛の声が一段と厳しくなる。
「ごめん、そんなゆかりのある場所だとは知らなかったんだよ。大きな樹の根元に葬れば、死者はそれだけ安らかに眠りにつけるって聞いていたから、あたしの知る限り一番大きなこの大樹の根元に、あたしの大切な人を埋めた」
「貴様、知らなかったからと言って許されることではないぞ!」
女性は力なくそれに答えた。
「罰なら何でも受けるよ。なんなら殺してくれても構わない。ただ、ひとつ我儘を言わせてもらえるなら……」
「何だ?」
「……あたしの死体は、ここに埋めてあるあたしの大事な人と一緒に葬って欲しいな」
「貴様!」
怒りのあまり剣を抜きそうになった近衛の男を、アリアスが制した。
「女、名前を聞かせてもらえるか」
その言葉に女はわずかに躊躇った後、答えた。
「アイリーン。アイリーン=ロウンフェ……いや、アイリーン=カストーリアさ。もっと言えば、エリクシア王国のお尋ね者になってる。殺した後の首なら王国に突き出してくれて構わないよ。たぶん報奨金くらいは貰えるはずだから」
「アイリーン?」
その名前に聞き覚えのあったアリアスが、近衛に告げた。
「……今回の件は不問に付そう。埋めた遺体も掘り起こせとは言わん。ここで安らかに大地に返してやればいい」
その意外な言葉に、アイリーンが目を丸くして答える。
「本当にいいのかい?」
「構わん」
「しかし!」
食い下がる近衛にアリアスが釘を刺す。
「ヘンリック家筆頭執事、アリアス=バスティアンの名に懸けて全ての責任は私が取る、許してやれ」
「そこまで仰るのなら……」
近衛が不満そうな顔をしながら引き下がる。
「それと、お前を王国に差し出すような真似はせん。こちらの葬儀が終わるまでは待ってもらうが、良ければ後でヘンリック家の屋敷に来い。見たところだいぶ疲れているようだし、茶の一杯でも飲んでいくといい」
「アリアス様!?」
さらに不満の言葉を重ねようとする近衛を、アリアスは手を上げて制した。
「……いったい何が目的だい?」
「それはお前の話次第だな。茶を味わってもらった後このままお引き取りいただくかも知れんし、もしくは……」
「何だい?」
アリアスが少しの沈黙の後、アイリーンに告げた。
「……少々、力を貸してもらうことになるかも知れん」
※ ※ ※
……土砂降りのひどい雨音で、ネリアは目を覚ました。
上体をベッドから起こしたネリアは、アリアスの言葉を思い返す。
王都から送り返されてきた父、コナーの葬儀を自分が執り行う。お嬢様は休んでいてくれ、と。
皆葬儀に参列しているのか、屋敷に人の気配はほとんどない。静まり返った屋敷に、ただ激しい雨音だけが響く。
ネリアは考える。
交渉は上手くいっていたはずだ。王都にある魔道技術庁の協力も取り付けたと言っていた。
そんな中、なぜ父が殺されなければいけなかったのか。そして、同行していた兄はいったい何処に……。
その考えを遮るかのように、ガシャンという窓ガラスの割れる音がした。
自室の隣、兄であるクリフトの私室だ。外部からの侵入者かもしれないという可能性に目を瞑り、ネリアは飛び起きると隣室の扉を開けた。
……そこには、一人の男の人影があった。
金髪のダークエルフ。ガラスを破って室内に入り込んだことで力を使い果たしたのか、男は横になったまま動こうとはしなかった。
衣服には酷い焦げ跡が見える。そして、ネリアはその服に見覚えがあった。
数秒の後、男が絞り出すような声でネリアに問いかけた。
「……父上は……どうなった……」
そうして男はネリアの顔を見上げる。
喉を潰されたようなひどくしわがれた声。
目を覆わんばかりの全身のひどい火傷。
その男に、ネリアは半ば放心しながらも声をかけた。
「……お兄……様?」
その後、屋敷に残った人を必死で呼び集めるネリアの声を聞くこともなく、男はそのまま気を失った。




