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34 秘策

「さて、昔話はそろそろ終わりにしよう。言っておくが、これで手を抜いてもらえるとは思わんことだな」


「分かっています」


 その言葉を聞くと、ランゴバルトは無言でうなずいてから、後方まで戻っていった。



 それとほぼ同時に、アレクシスが前に出てくる。


「気は済んだか?」


「……はい」


 正直なところ、ハルは相手が恩人と知って戦闘意欲が若干薄れていた。だが、それを表に出せばそれは自分の死に直結する。ハルは自分自身の心を、自分の噓によって奮い立たせた。

 ハルたちも少し騎馬を後に下げる。お互いが最初に対峙した位置に戻った。



「では仕切り直しだ、行くぞ!」


 そう言うと同時に、ランゴバルトが全力で前に突き進む。

 そしてハルも同時に、馬を全力でランゴバルトに向かって走らせた。

 ランゴバルトはそれを余裕で構える。突進するハルを馬ごと横撫でに斬り裂くつもりだ。ランゴバルトの腕なら十分に可能だろう。


 ハルは内心の恐怖と緊張を必死に抑えながら、ランゴバルトの剣先を観察する。

 危機回避のスキルを失ったハルにとって、その剣撃は恐怖以外の何物でもない。

 だが、アレクシスと共に鍛え直した2年の月日が、ハルに新たな自信を与えた。

 スキルに頼らずとも、敵の動きを見ることはできる。知識と経験、そしてそれを信じて体を委ねる決意こそがそれを可能にする。


 ……最初の一撃だ。まずはこれを躱す。

 それが自分にとっての最大の難関であることも理解していた。

 ここで一撃で首を撥ねられるようなことになれば、後の戦術は根本から崩れる。


 ランゴバルトが正眼から横薙ぎへと構えを移す。


 ……横から来る。

 それを察知したハルは、ショートソードを縦に構え、全力の防御の構えに入った。

 次の瞬間、ハルがかろうじて目に追えるスピードの横一閃がハルを襲った。


 ……来たか!

 ハルはかろうじてその一撃を受ける。勢いの乗った日本刀の一撃を受け、ハルの持つミスリルの刃が欠け落ちた。


 ……だが、いける!

 難関の一つをクリアしたハルが左手を腰にかける。そこにあるのは革の鞭。

 革の鞭とはいえども、重厚な芯を通して打撃でダメージを与えるようなものではなく、あくまでも相手に絡んで動きを封じるような作りになっている。


 ハルはその鞭を一閃した。

 ランゴバルトでも、相手の乗っている馬の一部でもいい。どこかに当たってくれ。

 ハルは祈った。


 そして、その祈りはこの世界の神か何かに届いた。

 振るった鞭はランゴバルトの乗る馬の馬具に当たって絡まり、動きを封じることに成功していた。


「なっ!?」


 次の瞬間、ハルは動いていた。事前にアレクシスと打ち合わせていた動きの通りに。

 ハルはランゴバルトに飛びついた。そしてランゴバルトが護身用に隠し持っていたナイフを抜く暇も与えず、ランゴバルトの身体に掴みかかり、スキルを発動した。


「ポゼッション!」


 ハルの身体は、ハルの意思から離れた。

 最小限にダメージを抑えるようにランゴバルトから離れ、できる限り攻撃を躱せ。

 それが、ハルがスキル発動後の空の身体に与えた命令だった。


 ハルの身体は指示通り、馬から飛び降りてランゴバルトの短剣の一撃を躱すと同時に受け身を取りながら着地し、ランゴバルトの剣から離れるように逃げている。


「決闘を愚弄する気か!」


 ランゴバルトが叫ぶ。だがその声にアレクシスが答えた。


「最初から2対1って言ったよな! 次は俺が相手だ!」


 アレクシスが突進する。

 そして、剣を抜いたアレクシスがランゴバルトに切りかかった。


「小賢しい真似を!」


 悪口を言い放ちながら、ランゴバルトは自分の放った剣に妙な感触を覚えた。


 ……俺の剣は、ここまで早かったか?

 ……俺の剣は、ここまで力強かったか?


 その予感は当たり、ランゴバルトが振るった剣はアレクシスが踏み込む前の空間を切り裂き、そのまま地面を斬りつけて深い溝を切り込んだ。


「何だこれは!? 体の動きも、剣撃の威力もまるで違う!」


 ランゴバルトが狼狽している中、アレクシスが叫んだ。   


「さすがに混乱しているようだな! その感覚、そう簡単に慣れることはできないぜ!」


 アレクシスはハルとの訓練の中で確信していた。

 ハルの「ポゼッション」によって爆発的に向上した能力は、すぐには慣れることはできない。 

 敵の動きを予想して振るった剣は予想よりはるかに早く振り切られ、敵を切り倒すことはできない。そして振るった剣は予想以上の膂力で地面に突き立てられ、次の行動が困難になる。そのギャップを埋めることができるのは、ただ繰り返した経験しかない。

 その経験を得ていないランゴバルトには、ポゼッションの能力強化自体が大きな枷となる、アレクシスとハルはそう踏んでいた。

 そして、その予想は当たった。


 ランゴバルトの剣は、早すぎる。

 ランゴバルトの剣は、強すぎる。


 そんな乱暴な一撃は「危機回避」のスキルを得ているアレクシスには大した問題ではなかった。

 アレクシス自身も、下手なヒントを与えないため、必殺の一撃を繰り出すタイミングを待ちながら牽制に回っている。ただし、これを長く続けることは危険だ。

 時間が経つにつれ、現在の自分の能力を把握したランゴバルトはその身体能力に慣れ、結果としてアレクシスの狙いの一撃を決めることは難しくなる。時間の天秤は、時が経つほどにアレクシスに不利に傾く。それはアレクシスも分かっていた。


 だが次の瞬間、アレクシス達にとって予想外のアクシデントが発生した。

 ハインの治療にポゼッションを使ったために魔力を消費していたハルの身体は、ハルの組んだ行動パターンを果たすことなく倒れてしまったのである。


 横たわるハルに目をやるランゴバルト。


「貴様の小細工かぁぁっ!」


 そして次の瞬間、この戦いの最大の隙を作ったのもランゴバルトだった。

 ハルに対して大振りに剣を振るう構えを見せたランゴバルト。だがその動きには、自分の剣速も剣先も見えない、剣を振り下ろすタイミングにも迷っている。そんな躊躇いが見て取れた。

 ハルたちは賭けに勝ったのである。


 その隙を見逃すアレクシスではない。


「うぉぉぉぉっ!」


 アレクシスはランゴバルトに渾身の突きを繰り出す。その一撃に対してランゴバルトの『危機回避』のスキルは働かない。ランゴバルトには既に『憑依』による恩恵が働いているのだ。


 そして、アレクシスの一撃がランゴバルトの腹部を貫いた。



「な……何だと……」


 ランゴバルトが血を吐きながら言った。

 アレクシスはその声を聞いた直後に、傍で倒れていたハルの首根っこを捕まえて引き起こし、ランゴバルトの視線に入れた。これでランゴバルトに『憑依』していた状態から元に戻れるはずだ。


「う……」


 ハルから微かな声が漏れ、そして音もなく再び倒れた。


「よし、うまくいったか! ハル!」


 アレクシスが声をかけた。


 ランゴバルトが血を吐きながら馬から転げ落ち、その場に倒れ伏した。吐いている血の量からしても致命傷なのは間違いない。



 ハルとアレクシスは、この戦術を必死に練っていた。


 アレクシスとランゴバルトが戦っても、お互いの『危機回避』のスキルによって、お互い決定的なダメージは与えられないだろう。

 だが、『危機回避』のスキルを無効にするハルの『憑依』をランゴバルトに与えればどうだろうか。

 少なくとも『危機回避』による予知能力は封じられる。相手をするアレクシスも『危機回避』があれば致命の一撃は食らわずに済むはずだ。


 そして、もうひとつのハードル。

 ハルが乗り移った状態で、相手を一撃で即死させてしまえば、ハルも同時に死んでしまう。首をはねるような一撃は駄目だ。

 だが、それ以外の攻撃ならどうだろうか?

 致命傷であるのは確かだが、瞬時に絶命させないような一撃を加えた後にハルが元の身体に戻るなら、このペナルティは回避できるのではないか?


 かもしれない、かもしれない。

 可能性を仮定で固め、その上で幸運を前提にした勝利へのシナリオ。

 正直、賭け以外の何物でもなかった。最悪の場合は、ハルが相手の致命傷を受け取ったまま元の身体に戻り、そのまま死んでしまう。

 もう少し可能性の高い戦術を考えるべきではないか。アレクシスはそう提案した。


 しかし、この戦術を提案したハルは言った。


『この方法は俺以外の他の誰にもできません。だから俺がやります。それに……何というか、これを成し遂げれば初めて、今までお世話になりっぱなしだった団長、いやキンタロウさんのお役に立てる気がするんです』


 その覚悟にアレクシスは賭けた。



「ハル兄ちゃん!」


「ハル!」


 ミリーナとグレイが倒れたハルに駆け寄る。


 そして一早くハルに駆け寄ったミリーナが、アレクシスたちに向かって涙をためた目と震える声で伝えた。


「……ハル兄ちゃん……息してません……」

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