32 剣撃2つ
事情を知っている『キンタロウの斧』の面々、特にハルとアレクシスは苦い顔をしていた。
ランゴバルトがスキルにより鉄壁の防御に守られている以上、アリエルが戦うのは自殺行為だ。少なくとも勝てる相手ではない。
しかし、それを大っぴらに言うこともできないアレクシスは、アリエルに「死ぬなよ」とせめてもの声をかける。
アリエルは背を向けながら手を振ってそのアドバイスに応えた。
二人とも馬上での戦いを避けたようだった。お互い、馬から降りてその馬を後ろに下げる。
「『ネメシスの戦乙女』のリーダー、アリエルだ。まずは私が相手するよ。次はないと思うけどね」
「名前は聞いているよ。女だてらに大した自信だ。全力で当たらせて貰おう」
ランゴバルトが全身に気迫を込め直した。
「あんた強いねぇ、物凄く。打ったら躱されるってレベルじゃない。打ったらそのカウンターを取られて殺される、そんな匂いがプンプンするよ」
御馳走を前にしたようにアリエルが舌なめずりをする。
「強さなどは正直どうでもいいな。俺が興味あるのは、自分の意思を突き通すことができるかどうか、それだけだ」
ランゴバルトが返す。
「世間ではそれを強さって言うんだよ。強いってのはいいことだよねぇ。意思を突き通すのにこんなに説得力のある方法はないよ」
「否定はしないが、お前と俺とでは意見の相違があるようだ。俺からすれば、お前は目的と手段を履き違えている」
「……まあそこはしょうがないよね。世の中、いろんな人間がいるってことさ」
会話を終えて、ふたりが対峙する。アリエルは大振りの剣を突きの形に構え、ランゴバルトは刀を上段に構えた。
「はぁっ!」
先に動いたのはアリエル。空気を射抜く雷鳴のごとき突きが繰り出された。
だがランゴバルトはそれを受けようとはしない。急所を射抜かんと打ち出されたその刃の軌道を瞬時に見切り、最小の動きでそれを躱すと共に、体勢が崩れたアリエルの急所を切りつけるつもりだった。
だが。
アリエルは素早く自分の突きの失敗を悟り、剣を楯のように構えて防御態勢を取っていた。ランゴバルトはそれを見て、攻撃を止める。
「ふむ……その変な剣、初めて見るけどまずひとつ弱点が分かったよ」
ランゴバルトが構えなおす。先程に増した気合を剣に乗せた。
「何が分かったのかな?」
「ナイショだよ」
ランゴバルトの問いにアリエルが返す。
それとほぼ同時に、アリエルは兜を脱ぎ捨てて髪留めを外し、素顔と風に舞うような長い金髪をさらけ出した。
「何のつもりだ?」
「さあね」
アリエルが戦いのペースを掴みつつあった。
数秒の後、今度はランゴバルトが攻撃を繰り出した。右上段から切り下げると見せかけ、刃を反転させて首を狙う一撃。
だがその一撃をアリエルは読んでいた。反撃すると見せかけたフェイントを早々に止め、首を剣でガードしたのだ。ランゴバルトも攻撃を剣が交わる寸前で止め。いったん間合いを取った。
寸止めされたその刀は風になびくアリエルの髪を切り落としていた。風に舞った金色の髪。さっくりと切り落とされた切断面を左手で撫でながらアリエルが言った。
「剃刀の切れ味を持つ刃物を、突剣のスピードで振るえるわけか。怖いねえ、あんたも、あんたが持ってる武器も」
「色々と手を尽くして作らせた特注品なんでね。しかしこのやり取りでそこまでこちらの情報を引き出すとは、やはり『戦姫』の名は伊達ではないな」
「お褒めに預り、感謝するよ」
アリエルとランゴバルトが再び剣を構えなおした。
「あの……今の、どういうことなんでしょうか?」
ハルの傍にいたミリーナが尋ねる。今回、彼女は回復担当だ。
「そうだな、説明しておくか」
アレクシスが答えた。
「まず、最初にランゴバルトがアリエルの一撃との唾競り合いを避けた理由だ。普通ならあの状態で唾競り合いに持ち込み、力で抑え込む。だが膂力で勝るランゴバルトはそうしなかった。切れ味で劣る相手の武器であっても唾競り合いは控えたかったんだ。刀を守るためにな」
「カタナ?」
「ランゴバルトが持っている剣のことだよ。あの剣、切れ味は凄まじいが、その分刀身は繊細だ。下手な打ち合いをすればあっという間に刃が欠けちまう。それを恐れたのだろうな」
それが最初にアリエルの突きをランゴバルトが躱し、次に首元を守る剣を打たなかった理由だった。
「次に、アリエルが髪の毛を切らせた理由だ」
「あれに何か意味があったんですか?」
「ああ。あの風に舞う金髪は、相手の得物の鋭さを図るための物差しだったのさ。宙を舞う髪を切り落とすには、相手の腕だけじゃ足りない。武器の鋭さが必要だ」
「それって、どういうことなんです?」
「切らせた髪の毛の切っ先を指で確認したんだろうな。切断面から相手の武器の切れ味が分かる。まず刃そのものの切れ味が良くなければ風に舞った髪の毛など切れない。これが一つ」
ミリーナが頷く。
「そして次に相手の技量だ。剣の有効範囲ってのは使い手によってぐんと異なる。踏み込みのタイミングが変わってくるからだが、アリエルはどこまで髪の毛が斬られたかでそれを見切った」
「はぁ……」
もうミリーナは感嘆の声を出すことしかできない。
「つまり今の2回の攻防でアリエルが得た情報は4つ。見てわかった剣速、髪を切らせたことによる武器の切れ味、得物の長さが当てにならない相手の技量、そして打ち合いや鍔競り合いを避けなければならないほどに繊細だという相手の武器の弱点だ」
「どうもこのまま戦っているとこちらの手の内が丸裸にされそうだな。早めに決めさせてもらおうか」
「できるのかい?」
「努力はしてみよう」
ランゴバルトが突きを思わせる構えを取る。アリエルはそれに対して右上段からの袈裟切りを狙うように剣を振り上げた。
数秒の後。
「はぁっ!」
ランゴバルトが臍の下……丹田に力を込め、その上で持ち前の魔力を乗せた一喝を放った。
物理的ではない、ただ確かな何らかの衝撃が周囲に広がった。
「ぐっ……」
ハルやアレクシスは一瞬怯むだけだったが、武術の嗜みがあまりない魔術師たち、特に実戦経験のほとんどないミリーナは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
それは歴戦の勇士であるアリエルであっても変わりはない。一瞬のスキが生じた。
そしてその隙を見逃さずにランゴバルトが間合いを詰める。
「なっ!?」
反応がわずかに遅れたアリエルの右腕を、ランゴバルトの左手が抑え込む。
そして間髪入れずにランゴバルトが刀を振るった。右手首の装甲の隙間、斬っても刃が刃こぼれしないわずかな弱点。
アリエルの手から、剣がポロリと落ちた。
「動脈と腱を斬った感触があった。このままでは剣は持てないし、出血多量でじきに死に至る。傷を治すような隙は与えん。さっさと負けを認めるのだな」
ランゴバルトが言い放つ。
ハルがアリエルを見る。アリエルの右手はかろうじて腕とつながっているような状態だった。血が噴水のようにピュウピュウと吹き出している。
「……確かにこれじゃ戦えないな。あたしの負けだ、降参する」
「良いだろう」
そう言って負けを認めたアリエルは、仲間の元に走って戻っていった。
パーティメンバーと思わしき女性がアリエルに治癒魔法をかける。出血は自前のヒーリングで止めたようだが、斬られた腱の接合は慎重に治癒魔法をかけないと完治しない。戦いながらの治療は無理だ。だからこその降参だった。
「悪いけど、あたしはここまでだ。あとは頼むぜ、アレクシスの旦那」
アリエルが苦い笑い顔でアレクシスに声をかけた。
「これで終わりではあるまい。次は誰が出る? 出ないならこのまま退かせてもらうが」
オスカーが歯軋りする。恐らく自分では敵わないことを十二分に見せつけられたからだろう。
「じゃあ、次は俺が行くか」
声を上げたのは『キンタロウの斧』のハインだった。
「おい、あいつは……」
アレクシスが声をかける。
ハインを含む『キンタロウの斧』の幹部メンバーには、アレクシスが持つスキル『危機回避』のことを話している。つまりハインはランゴバルトにまともに攻撃が通じないのを知っているはずなのだ。
「分かってるよ団長、ただ、俺も勝算のない戦いはやらないぜ。ちょっと狙いどころを見つけたんでな」
ハインが騎馬で前に進む。
「『キンタロウの斧』の副長、ハイン=ウェスタリアだ。俺はこっちの方が性に合ってるんでね。騎馬と徒歩の戦いになるが、かまわないかな?」
「構わん」
「あともう一つ言っておく。俺の技はかなりムチャだ。後ろのお仲間を下がらせた方がいいと思うぜ」
「問題ない」
「……忠告はしたからな」
ハインは間合いに入る早々に、手にしたスピアでランゴバルトを薙ぎつけた。
だが、そんな普通の攻撃がランゴバルトに当たるわけはない。あっさりと躱される。
「先程の戦いを見ていなかったのか? その程度の腕では俺の相手はできんぞ?」
今の一撃を本気と見たのか、ランゴバルトが挑発の言葉をかける。
「さて、そいつはどうかな?」
牽制程度の一撃を入れて間合いを取り、位置を変えてまた一撃を加える。そんな攻防…… いや、ハインの一方的な攻めが続く。
だがランゴバルトに焦りの色は全く見えない。単に刀の間合いに相手が入らないから守勢に回っているだけだ。間合いを詰めればあの程度の槍術など敵ではない、そんな余裕が見て取れた。
そして数分後。
ハインは動きを止め、これまでとは違った力のこもった一撃を加える構えを取った。
「行くぜ!」
ハインが渾身の一撃…… いや、正確には切り札を放った。
アレクシスの特殊魔法『マジックロープ(改)』。
エミルの付与魔法。
それと同じく、ハインにも自身の魔力を使った切り札があった。その属性は『投射』。
魔力を使って火を起こし、それを投射の力で相手に飛ばすのが『ファイアーボール』だ。だが魔術師ではないハインはそんな魔法を使えない。しかし身に着けた『投射』の魔力を槍の一撃に加えることはできた。
それは、槍の一撃の射程延長。
突きであれば踏み込みも加えて10メートル弱の射程を持つ槍の一撃を、魔力を乗せることで衝撃波として槍の前方に放つことができるのだ。
その射程は約30メートル。しかも威力を保ったまま対象を貫通して、後ろの敵にも必殺の一撃を加えることができる。
そしてハインがその切り札を放ったのは、ランゴバルトと…… 後ろのダークエルフが一直線となる瞬間だった。
ハインがアレクシスから聞いた話では、スキル『危機回避』はあらゆる攻撃を避けることができる。
ただしそれは、使う本人が「スキルを使う」という意思があってのことだ。そしてスキルで示された回避行動をしないと本人が決断すれば、その力は失われる。
そしてこの状況。
ランゴバルトはこの一撃も難なく避けるだろう。ただし後ろのダークエルフはどうか?
自分が躱せばダークエルフに攻撃が当たる。そう判断するかもしれない。それならば『危機回避』を無視して自らが楯になるかもしれない。そしてそうなれば『危機回避』の力は失われる。
もしランゴバルトがダークエルフを見捨てたとすれば、この一撃はダークエルフの命を間違いなく奪う。
そうなれば、ダークエルフの『魅了』にかかっていた相手の兵たちは間違いなく混乱をきたすだろう。一騎打ちどころではなくなるはずだ。
どう転んでも詰みとなる状況…… そのはずだった。
だが、結果はハインの予想を上回っていた。
まず、ランゴバルトがハインの一撃を躱す。ダークエルフを見殺しにするつもりなのか。
だが、後ろのダークエルフも。
その一撃を察していたかのように馬を駆り、ハインの一撃の直線上から離れていたのだ。
「何だと!?」
ハインが狼狽する。放った一撃はダークエルフの後ろにいた兵士のひとりの胸を貫いていた。
そして狼狽していたのはハインだけではない。
「ハインさんのあの一撃……知ってなければ躱せませんよね?」
ハルがアレクシスに縋るように尋ねる。
「いや、ハインのあの一撃は、知っているだけでは躱せん。それにあいつはあの技を滅多に使わない。知ってる人間なんて、うちの団のごく一部くらいのはずだ」
「それじゃ、そんな一撃を躱したあのダークエルフは……」
信じたくもない。
答えを聞きたくもない。
だが、アレクシスは無情にもハルに告げた。
「間違いない。あのダークエルフも『危機回避』を持ったツアー参加者だ」




