31 対峙
オスカーに先導され、一行が馬を進める。
30分程の道程の後、先程アリエルが指摘した平地についたオスカーは、手勢から10人強の弓兵を選抜し、周辺の森に潜ませた。
「そんな安直な伏兵、あの男に通じるとは思えないけどねぇ……」
アリエルがオスカーに聞こえるようわざと大声でぼやく。
「今回の指揮官は私だ! 貴様らは黙っていろ!」
「はいはい」
アリエルが諦めたようにさっさと引き下がる。
「だが指揮官殿、契約の時に言った通り、うちの手勢はこちらで指揮させて貰いますよ。下手な判断でうちの兵を怪我でもさせられたらかないませんからね」
アレクシスがオスカーに念を押す。
「わかっている!」
先程の一言で明らかに機嫌が悪くなったオスカーの語尾が荒い。始まる前からこれか、とアレクシスはため息をついた。
それからしばらくの時が流れ、先行して偵察に出していた騎兵が戻ってくる。
「前方にランゴバルトとおぼしき男が率いる一団を確認! 数は約80! 到着までおよそ10分です!」
「来たか、反逆者め……」
オスカーがぽつりと漏らした。
「さてと指揮官殿、そろそろ策とやらを教えていただきましょうか。このまま正面からぶつかるなんて無しですぜ?」
アレクシスが再度オスカーに牽制するような言葉をかけた。
「安心しろ、そうはならん筈だ。向こうが約束を違えなければな」
「盗賊相手に約束ですか。先程戦乙女殿が仰った話は正しいようですな。それで成算は…… これは戦乙女殿に伺った方が確実かな?」
ハインが話の最中に相手をオスカーからアリエルに移した。オスカーの機嫌がさらに悪くなる。
「まあ、そこそこあると思うよ」
「ほう、そこまで仰るなら、一応は信用できそうだな」
「貴様ら、私を誰だと……!」
さすがにオスカーの怒りも限界に近付いているらしい。
「お言葉ですが、『策がある』と言いながら、それを味方にも伏せていたのはそちらのご判断ですよ? おかげでこちらはその策とやらを考慮した下準備もまるで出来ませんでした」
オスカーが言葉に詰まる。
「策とやらが上手くいけばいいですが、我々は下手すると無策で相手と正面からぶつかることになります。王名の依頼でなければお断りしていたところですよ。事ここに至っては、契約通り全力で当たらせては貰いますがね」
グレイが爆発寸前のオスカーに正論で当たった。さすがにぐうの音も出ないオスカーが徐々に冷静になっていくのが傍から見ても分かった。
「……わかった、ただし事前の取り決めは守れよ。ランゴバルトとの一騎打ちはきちんとやってもらう。人選は自由だが降参は許さん…… とまでは言わぬが戦力の出し惜しみは禁止だ、必ず全力でかかれ。奴の生命を奪えるようなら躊躇なく奪え。向こうの降参など聞こえなかったふりをして構わん。何しろ相手は盗賊団の首領なのだからな」
平民出の傭兵であれば『命に代えても敵を討て』と命令していたであろうオスカーも、さすがに歯切れが悪い。元貴族家の人間を無謀な決闘で死なせたとなれば、どこから非難の声が飛んでくるか分かったものではないからだろう。
「そこはきちんと守りますよ。こっちとしても今まで築き上げてきた名声は、命の次くらいには惜しいのでね」
アレクシスが肩をすくめて答えた。
そして10数分後。オスカーたちの前に武装した一団が現れた。
先頭に立つのは20代半ばの精悍な顔つきの男。気配からして相当の強者なのが感じられる。後ろに並ぶ兵たちも、装備こそ貧弱だが訓練を十分に積んでいる気配があった。
そしてリーダーの斜め後ろに馬を並べている女性に、兵たちから驚きの声が上がった。
ダークエルフの女性である。
無論アレクシス達も、的にダークエルフが混じっている事など知らされていなかった。
「戦乙女の皆さんは、彼女のことをご存知だったので?」
「いや、正直驚いたね。あんなやつが連中にいたなんて……」
アリエルが答えた。
「だがこれで、疑問が一つ解けました。なぜこの団の構成員が異常に団長への忠誠心が高かったのか、どんな厳しい訓練を受けさせても脱走者すら出なかったのか…… ダークエルフがいたのなら、可能だったでしょう」
エミルの解説に、アリエルが尋ねる。
「……ダークエルフお得意の『魅了』ってやつか。ただ、理性を丸ごと吹っ飛ばすような事はできるって聞いたが、ある程度自我を残したまま、特定の人間への忠誠心だけをこれだけの人間の深層心理に植え付ける…… そんな真似、可能なのかい?」
「少なくとも聞いたことはありませんね。あの女が相当な手練れの魔術師であることは確実です。だがタネさえ分かれば何てことはありません。あのダークエルフを討てば、『魅了』は解除されるはずです。そうなればあとは一山いくらの盗賊にしか過ぎませんよ」
「それが分かってたから、あの女は表に出てこなかったんだね……」
「そう考えれば辻褄が合いますね」
そういった小声の会話の中、一団の先頭に立っていた男が兜を脱いで一歩馬を進め、張りのある大きな声で叫んだ。
「私はランゴバルト=カストーリア。この『ランゴバルトの一閃』の頭目を務めている者だ。まず初めに、無用の戦闘を避けるためにこの機会を設けていただいたエリクシア王国の方々に御礼を申し上げる」
ランゴバルトが頭を下げる。それを見てオスカーが苦い顔をする。
「これでこちらからは問答無用の先制攻撃をかけづらくなりましたね。考えたものです」
その感情を必死に押し殺して、オスカーが返す。
「貴殿の上申書、こちらで再確認した。調査結果を記した書状がここにある。誰かこちらに取りに来るように」
「……それだけでは足りませんな」
「何!?」
ランゴバルトの予想外の返答に、オスカーが当惑した声を上げる。
「その書状、今ここで読み上げていただきましょう。我々には書状に目を通す時間もありませんのでね」
「貴様! 畏れ多くも玉印の記された書状の内容に異を唱えるつもりか!」
「そのような意図はございません。むしろ、玉印の押された書状の内容が誠実に実行されるなら、その結果は王都の民全てに知れ渡ることでしょう。ならここで書状の内容を公開しても問題ありますまい。むしろここで躊躇される方が、玉印の実効力に疑問を残すことになりますぞ。何がご不満な点がございますか?」
「ぬぅ……」
少し考えた後に、オスカーは書状の内容を読み上げるように部下に指示した。
その内容は、武器・糧食の補給に関して汚職を働いた官吏の摘発および処罰だった。主な者は斬首、軽い者でも終身刑、そんな内容だ。
ただひとつ。
「上申書に記載されていたアルベルト公爵に関しては、状況証拠のみで確実な物証は確認できなかった。ただし部下の失態の責を取り、現公爵のヘルム殿は引退する」
この一言を聞いたランゴバルトは口元を歪めた。恐らく汚職の首魁が部下を切り捨てて逃げ延びた、そういうことなのだろう。
それは傍から読み上げた書状を聞いていた『キンタロウの斧』の団員や、『ネメシスの戦乙女』にも十二分に伝わった。
「あの指揮官が秘密裏に動いていたのは、王国内部の汚職摘発の情報をできるだけ外に出したくなかったからなんですね……」
ハルがアレクシスに囁いた。
「だろうな。しかしこうして公文書が読み上げられた以上、その内容は俺たちの耳にも入っちまった。多分後で口止めの依頼は来るだろうな」
そして、一連の処罰と、それを告発したランゴバルト、そして彼に同調した『ランゴバルトの一閃』への恩赦と国外追放が言い渡され、書状は王国軍の兵士からランゴバルトに手渡された。
一瞥して内容に矛盾のないことを確認したランゴバルトが叫ぶ。
「書面に偽りがないことは確認しました。ただしこれが守られるという保証はどこにあります?」
オスカーが答えた。
「王国の誓約書を信じないと言うのか?」
「少なくともこの書面だけではね。この場で我々を皆殺しにして書面を奪ってしまえばそれで終わりですから」
「どうすれば信じるというのだ?」
「リスクは公平に負うべきだと考えます、そうでしょう?」
それと同時にランゴバルトが指を鳴らした。
周囲の森林で物音と悲鳴、呻き声が聞こえる。
「なっ……貴様!」
「周辺に兵を伏せているのは予想できました。だから部下の一部に『不可視』の魔法をかけ、森林の調べさせていたのですよ。合計……13人ですか? 安心してください、彼らは無事です。ただ国境まで我らが到着するまでの人質となってもらいます。国王直下の親衛隊13人、彼らを失うとなったらあなたも叱責を免れないでしょう?」
「ぐぅ……」
伏兵が逆に人質となってしまった。
策が見事にこちらの墓穴を掘ってしまった事実に、オスカーは苦虫を嚙み潰すような表情以外に答える術を持たない。
「……わかった、ただもうひとつ、盗賊行為の代償は支払ってもらうぞ」
かろうじてオスカーが返す。
「それは承知しています。部下の責は私の責だ、決闘の件、受けましょう」
そう言って前に歩を進めたランゴバルトは剣を抜く。
それは、この世界では異形の剣……日本刀だった。
「やはりな……」
アレクシスが呟いた。
あの剣に精通しているとなれば、間違いなくあの男は『参加者』のひとりだ。
「何戦でも構わん、順番に相手しよう。最初は誰が来る?」
「面白そうだからね、まずはあたしがいかせてもらうよ」
戦闘態勢に入り、口調が変わったランゴバルトの挑発に応える声があった。
最初に踏み出したのは、『ネメシスの戦乙女』。
そのリーダーの、アリエルだった。




