30 戦乙女の実力
そして、指定された期日がやってきた。
指定された合流地点に最初にやってきたのは『キンタロウの斧』。
参加メンバーはアレクシス、ハイン、グレイ、エミル、そしてハルにミリーナを始めとした団の最精鋭15人。いずれも一騎当千の強者だ。
団で飼っている馬を全て駆り出した上、王国軍からも軍馬を借りて全員騎乗している。総力戦の様相だ。
アレクシスたちが少し待った後、大きな旗を携えた騎士の一団がやってきた。王国の近衛騎士団だ。
その中から、今回の総指揮を取るオスカーと名乗る騎士がアレクシスに駆け寄り、兜を脱いだ。
「今回の賊の討伐、依頼を受けてくれて礼を言う。報酬は弾む、期待しているぞ」
元子爵家のアレクシスに配慮したのか、微妙に丁寧な言葉が混じった挨拶を交わし、オスカーは部隊の再編成のために戻っていった。
「騎士様は普通、傭兵相手にあんな丁寧な物言いはしないんですけどね。まあ、ここは団長のご威光に感謝するべきですか」
エミルが冗談交じりに言った。
「まあこの際、使えるものなら何でも使うさ。近衛騎士様の機嫌が取れて、怪我人や死人が一人でも減るなら御の字だ」
「死人……」
ハルがその単語に若干怯んだ様子を見せた。
「今回に関しては、冗談抜きで覚悟だけはしておけよ。例のスキル喪失の後にもいろんな相手と戦ったが、今回は文句なしの別格だ。分かっているな?」
「はい」
「ましてお前は、今回ランゴバルトと戦う際には切り札にもなる存在だ。死ぬ覚悟をした上で何としても生き残れ……やれるな?」
「……やります」
ハルは力強く答えた。
その後数分もしないうちに、新たな一団が姿を見せる。
先頭の女性には見覚えがある、というか忘れるはずがない。『ネメシスの戦乙女』のリーダー、アリエルだ。
「よっ、久しぶり!」
アリエルはハルを見つけると、気軽に声をかけてきた。そしてまじまじと顔を眺める。
「……ふうん、眼の力が前とはまるで違うね。随分頑張ったようじゃないか」
「わかるんですか?」
「そりゃあね。機会があればまた剣を合わせたいところだけど、またにしておくよ。今回は商売優先だから」
アリエルが笑って言った。
それだけ言ったアリエルは、思い出したようにポンと手を叩く。その視線の先にはグレイの姿があった。
「そうそう、すっかり忘れてた。リーゼから手紙貰ったよ、男の子が産まれたんだって?」
アリエルがグレイに詰め寄る。
「ええ、もう10か月になります。大人しくて手のかからない、いい子ですよ」
「写真あるんでしょ? 見せてよ」
せがむアリエルに、グレイが懐の財布から写真を取り出す。
……そう、グレイもまた、子供の写真を撮って周囲に見せびらかす親バカモードに突入していたのだ。エミルによるとアレクシスほど酷くはないらしいが。
「へぇぇ、口元と鼻筋はリーゼそっくりだねぇ。目元は旦那似か。なかなかの男前じゃないか」
「ありがとうございます。あと、この年にしては結構な魔力があるんですよ。将来が楽しみですね」
「おー、そりゃ凄いねぇ。男の子じゃなきゃ将来うちにスカウトしたいくらいだ。リーゼは良い子種を拾ったなあ」
「はあ、子種……ですか……」
「ああゴメン、良い旦那と良い子種を拾ったリーゼは幸せ者だよ」
二人の会話を聞いていたハインがハルにつぶやいた。
「全然フォローになってないよな……」
ハルは苦笑するしかなかった。
「えー、ゴホン!」
後ろからオスカーの声がした。
「メンバー内で交友を深めるのは結構ですが、時と場所を弁えてもらいたいものですな。いつ会敵するかわからない状況であまり無駄話をされるのは……」
「あと3時間はあるでしょ?」
「なっ!?」
オスカーの顔色が変わる。
「さっきうちが先行させた斥候から連絡があったので。ここから騎馬で5時間の場所に敵がいますよ。数は約100人、聞いてた話よりずいぶんと多いですね」
「どうしてそこまで……」
「うちの斥候が近衛の皆さんより優秀だからじゃないでしょうか?」
平然とアリエルが言い放つ。
「ここから北東に30分くらい進んだところに森に囲まれたちょっと開けた平地がありますよね。兵を展開したまま会見をするなら最適な場所ですけど、目的地はそこで間違いないですか?」
「……その通りだ」
ここで自分が伝えるはずの情報を先回りで話されたオスカーが、苦々しげな顔で答えた。
「では、そろそろ移動しましょうか。現地の地理はだいたい把握してますけど、やはり直接見ないと分からないところもありますから」
「分かっている!」
オスカーが我慢ならないような声で吐き捨てた。
「っと、ちょっと待った!」
アレクシスがアリエルに声をかける。
「なあに?」
「まだこちらは肝心なことを聞いていない。連中が……特に頭領のランゴバルトが本当にここに来るのか? 王国の精兵と『ネメシスの戦乙女』、それに俺達と真正面から対峙するようなこの場所に?」
「来るでしょ」
アリエルはあっさりと答えた。
「何故そう言い切れる?」
「来ないといけない理由があるからよ。もうちょっと言うと、王国があいつらに何らかの譲歩をしてくれるっていうんなら、そりゃ来るでしょう」
「お、お前……どこまで知っている!?」
オスカーの顔はすでに真っ青だ。
「世間に流れてる噂はひととおり。ここで言っちゃいましょうか?」
「い、いや……黙っておいていただきたい」
「だ、そうです。では行きましょうか」
あっけに取られる近衛軍とアレクシスたちを後目に馬と歩を進めるアリエルたち。
そして、アリエルがアレクシスを見返して言った。
「あなた方、もう少し情報収集の重要性を認識した方がいいと思うわよ。敵を知り、己を知れば百戦危うからずって良い言葉が……って、あら? この言葉どこで聞いたんだっけ? 確か以前お会いした誰かが……」
首を傾げながら、アリエルたちはさらに馬を進めていった。
勿論、アリエルの話は嘘である。
アリエルは既に王国とランゴバルトの間のやりとりをほぼ把握していた。
王国とランゴバルトが何かのやり取りをしているという情報を掴んだ早々に、口の堅いことで信用できるハンターのパーティ数組を臨時に雇い入れ、ランゴバルトの本拠地と思われる廃村と王国との街道を終日監視させて、何回目かの交渉で王都に戻る密使を捕まえていたのだ。
その際に『密使が持っている書状の内容を教えれば無事に帰してやる』と言ったところ、密使は命欲しさに知っていることを洗いざらいアリエルにぶちまけたのだった。
つまり、アリエルは王国の譲歩の条件までをほぼ掴んでいる。ただその情報を懐に隠しているだけだった。別に嘘は言っていない。
「……団長、うちの団ももうちょっと諜報能力の強化に力を入れましょうか……」
消え入りそうな声でハルがアレクシスに声をかける。
現代人の自分たちに情報戦の大切さを説き、あまつさえそれを実行して国軍の司令官さえ手玉に取るような人物。
「傑物ってのは、どの時代にも、どの世界にもいるもんだな……」
アレクシスがかろうじて言葉を返した。




