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3 逃亡

 ある夏の日。


 不快なほどに力強い太陽が差す暑い熱の中、**市を1台のバイクが走る。

 バイクには青年が乗っていた。年の頃は20前後。


 青年……村瀬春彦は考える。


 ここまではすべて計画通り、上手くいった。怪我人も出ていないはずだ。


 ナンバーを見られたこのバイクで逃げ続けるのは危険だ。タクシーも最近は色々と防犯の細工をされているから使えない。

 そして到着した駅前のバスターミナル。


「くそっ!!」


 春彦は、ここで計画にひとつの手違いが出たことに気づいた。準備しておいた逃走用の盗難車が片付けられていたのだ。

 恐らく駐車違反で移動されたのだろう。ほんの2時間ほど前に置いた車がそこには存在しなかった。


 その時点で、青年は万一のためと覚悟していた予備の逃亡プランに計画を切り替えることを決断した。

 旅行ガイドで見たあのバス。あれに乗りこめれば。


 そして春彦の計画通り、中型の観光バスがそこにあった。

 あのバスはこの近辺の観光旅行のバス。それも老人しか載っていないはず。


 このバスをジャックして、用意しておいたもう一台のバイクにまで行って乗り換え、そのまま隣の県に逃げ込む。

 そこに金を渡す相手が待っている。渡せばそれですべて完了だ。

 バスガイドと運転手さえなんとかできれば、計画は成功するはずだ。


 狙い通り、バスは出発直前。最後の一人が今にも乗り込もうとしていた。

 最後の一人がバスに乗り込むのとほぼ同時に、春彦はバスにバイクを横付けし、老人と同時にバスに飛び乗った。



「動くな!」


 春彦は出来る限りの威圧感を載せて叫んだ。その直後にバスのドアが閉じる。

 ざっと見たところ、バスの乗客は老人ばかり20人というところ。

 それに見た目20前後の若いバスガイドと運転手。

 計画通りだ、これならいける。即座に懐から拳銃を出した。

 撃つつもりはないが、本物らしく塗装して多少手を入れた改造プラガン、当たればそれなりの怪我をする。


 そして春彦は叫んだ。


「今から言うとおりに走ってもらう! 指示した場所に着いたら解放してやる、それまでおとなしくしていろ!」


 調べた限り、このバスは自分の目的地を通らない。目的地に着くには強引に道筋を変えさせるしかなかったのだ。



「……あんた何かやらかしてきたのか?」


 老人の一人が答える。当然青年は答えないが、背負ったバッグから老人は状況を見抜いた。


「さしずめ物取りだろうが、最後の最後で運が悪かったのう。ガイドさん、こういうこともたまにあるのかな?」


 話を振られ、若いバスガイドが答える。


「滅多にないですよ。ただ、あの雑誌にバスツアーの広告を打つのも、この観光バスを使うのも術式の一部なのでして。その結果としてのトラブルは考えられなくはないのですが」


 春彦はその言葉に疑問を感じた。


 何を言ってるんだ、こいつらは?


 考えながら春彦がバスの内部を見渡す。ジャックしたのは観光バスのはずだが、内部の見た目はどう考えても大きめの路線バスだ。


 『次、止まります』のナンバーもある。なんなんだ、このバスは?

 そして後部座席には、何やら大きなベッドに入った誰かが見えるような……。


「ただし、先ほどお客様がこのドアを閉めた時点で術式は完成しました。あとは目的地までごゆっくりお寛ぎ下さい。携帯電話などもしばらくしたら使えなくなりますのでご注意を」


「えーと、術式が完成したということは……」


「はい、術式が完成してした以上、誰もこのバスから降りることはできません。当然扉も開きません」


「ふむ、それならこの男を引き渡すのも無理だな。止むを得んか」


 春彦はその老人に気づいた。 男性が携帯電話を取り出し、どこかに連絡を取る様子だった。

 救援を呼ばれるとまずいと判断した春彦は、すぐさま次の行動に入った。


「おい、今すぐ通話を切れ! 止めないならこいつをぶっぱなす!」


 春彦は改造プラガンを向けるが、老人は全く気にしないで話を続ける。


「おお総監。ワシじゃ、水谷じゃよ。さっき**市で銀行強盗があったのか? ふむ、あった? 怪我人はなしだな。犯人は若い男性一人、バイクで逃走中か。逃走ルートも掴んでいるのだな?」


「止めろ!」


 春彦は思わず天井に向かって威嚇射撃をした。照明の一つも吹き飛ぶはずだ。


 だが、そうはならなかった。発射された銃弾は天井に届くかという所で、空中で止まってしまった。


「完成した術式の中では、あらゆる暴力行為はできません。無駄なことはお止めになった方が良いかと」


 バスガイドが解説の口を挟み、そのまま続けた。


「あ、それから先程も申しましたが、あなたはこのバスから降りることはできませんので」


「な……なんなんだよここは。いったい俺は何に乗ってるんだ?」


 ふと見た運転手はまるっきりの無表情だ。まるで人形のように。


 そして春彦は、電話の会話を聞き、自分の耳を疑った。


「その銀行強盗だがな、騒がれるとこちらに少々不都合がある。追うのを止めろ、非常線も張るな、関係者の口止めもやっておけ。怪我人が出ていないなら問題なかろう。『銀行強盗なんてなかった』そういうことにしておけ。文句を言って来たら水谷の親族に言えと伝えろ、わかったな?」


 それだけ話して、老人は電話を切った。


「これで少なくとも、パトカーの大名行列を連れて移動せずには済むと思うぞ」


「お客様のご協力、感謝致しますわ」


 春彦は狼狽する。


 こいつらは何なんだ。今からどこに行くつもりなんだ。

 いやそんなことはどうでもいい、なんとかしてこの金をあいつの所に届けなければ。


「青年、ちょっと良いかね。奪ってきたカバンの中身を見せて貰うぞ」


 別の恰幅のいい老人が声をかけてくる。


「おい、触るなっ!」


 思わず出てしまった春彦の手は、老人の直前で止まる。

 春彦は狼狽する。痛くはない、鉄板が芯に入ったコンニャクを殴ったような感触だった。だが何故そんな現象が起こるのか。


 その間に老人はカバンを開け、札束を2つ取り出す。


「ふむ」


 何かに納得した老人は俺にさらに言った。


「苦労したのにお気の毒だが、こいつはほとんどろくに使えん札ばかりだな。銀行強盗対策用に準備している紙切れよ」


「ば、バカな! 数束はチェックしたぞ! デタラメを言うな!」


「札に書いてある番号、記番号と言うんじゃが…これの左3文字目からが『***』になっているのはこういう時のための特殊な札なんじゃ。銀行強盗やらを騙すためにこんな細工がしてある。銀行もバカばかりではないのでな、見分けるためにこういうことをやっておるんじゃよ」


 老人は続ける。


「自動販売機やらでは使えるかもしれんが、大金を扱うような店でこの札を使えばきっちり使用履歴が残り、足がつく。その情報は最優先で警察にもすぐ伝わる、普通の指名手配なぞより早々にな。それを辿れば犯人を捕まえるのなぞあっという間じゃ。時間が勝負の銀行強盗が、こんな関係者しか知らない番号を確認するのは案外手間でな。こんな札などチェックの甘い海外などでしかまともには使えないだろうな」


 それを見て春彦が言葉を失う。


「行員が慌てて入れた普通の束もいくつか入っているようだが、ざっと見たところ、9割はその筋の札だな。5~6千万はカバンに入っているようだから実際は500万といったとこか。苦労したのに残念だったな」


 そんな……


 春彦の目の前が真っ暗になる。




「まあ、何とかなるだろう。7000万だな。ただしこのカルテからして、切ってなんとかなるのはあと2か月だ」


 春彦の脳裏にあの医者……狭田から聞いた言葉が響いた。




「500万なんかじゃ到底足りないんだよ!5千万だ、それだけなきゃ、払えなきゃ……」


「妹が、冬乃が死んじまうんだよぉ!!!」


 晴彦は、狭いバスの中であらん限りの大声で吠えた。



 ※ ※ ※



 バスの空気が一気に重くなる。


 感情の爆発に任せ、うっかり大まかな事情を話してしまった春彦は後悔していた。冬乃以外の個人名は出さなかったが、今の話から調べれば自分の身元などすぐにわかってしまうだろう。

 あの銀行強盗は事件にならないなどと誰かが言っていたが、そんなことができるものか。


「次、止まります」


 突然車内にアナウンスが鳴った。


 見れば全ての座席のボタンが「次、止まります」になっている。

 そして表示されている次の停留所は「アリアドス」。


 そんな停留所があるのか?

 そもそも、このバスはどこに向かっているんだ?


「……アリアドスって、何ですか?」

 

 春彦がかろうじて発することができた疑問がそれだった。

 後はわからない。頭の中がぐるぐるしている。


「異世界じゃよ」


 老人の一人が答えた。


 異世界。その言葉だけで、春彦の頭の中の混乱はさらに加速する。


「……状況の把握にちょっと時間が必要だな。済まんガイドさん、バスの速度を、術式とやらが成立する限界まで落として貰えるかな?」


 乗客の誰かがそう言った。

 反対意見はなく、バスのスピードはゆっくり落ちていった。

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