29 不死身のランゴバルト
ある日、『キンタロウの斧』に指名依頼が届いた。
団長室に集まった4人とハルは、皆難しい顔をしている。
それもそのはず、依頼主はエリクシア王国。王国直々の依頼である。
依頼とは名ばかり、国からの命令というのとほぼ等しい。断ることはできない依頼だ。
「できればこういう形での依頼は受けたくないんですけどねぇ……」
エミルがため息をつく。
「まあ、その分報酬は弾んでくれるらしい。名の売れた傭兵団ならこういうこともあるさ、諦めろ」
ハインがエミルを宥める。
「それで、肝心の依頼内容は何なんです?」
グレイが尋ねる。
「……簡単に言うと、盗賊の討伐だな。ただ相手がちょっと尋常じゃない」
アレクシスが渋い顔をしつつ答える。
「尋常じゃないって、どういうことですか?」
ハルの問いに、アレクシスが言いづらそうに答えた。
「『ランゴバルトの一閃』を叩き潰せだとよ。当然頭目のランゴバルトの首も含めてな」
「ランゴバルトって……半年前に、双剣嵐兄弟を叩き切ったあいつらか?」
ハインが驚いた声でアレクシスに確認した。
「その通りだよ、くそっ!」
ランゴバルトの一閃。
ここ2年、急速に勢力を増大させつつある盗賊団だ。
ただし、その性質は通常の盗賊団とは大きく異なる。
まずその1。メンバーの練度と頭目への忠誠心が尋常ではない。
盗賊団のメンバーといえば、食い詰めたハンターや土地を捨てた、もしくは失った農民が殆ど。戦術など考えずに襲い、略奪し、追い詰められればさっさと逃亡するか降伏してペラペラと仲間を売り渡すような連中が殆どだ。
だが、頭目のランゴバルトは過酷な訓練を施し、王国の衛兵と大差ないレベルまで個々のメンバーの能力を引き上げている。普通そんなことをすれば一目散に逃げだしてしまうような連中が、だ。
そして、頭目への忠誠心といえば、捕虜にしたメンバーに罪一等を減じる代わりに団の情報を話せ、と詰め寄ったところ、自ら喉を突いて死んでしまったほどだ。ただの盗賊がやることではない。
その2。恐ろしく早く、深い情報網を持っている。
ランゴバルトは配下の数多くを王都を含む主要な都市に潜伏させ、何か動きがあればすぐに頭目に使わるような情報網を構築している。
これについては詳細がまだ分かっていないが、各地の貧民街に金や食料を配り、その代わりに彼らから情報を得ているのではないか、との推測がなされている。人が動くところでは情報が動く、そのことを知り尽くしている。恐らく王都の閣僚クラス、もしくはそれに近い人間を買収して情報を集めているとの噂もあった。
そしてその3。ランゴバルト本人が恐ろしく強い。
団に堂々と自分の名を冠している通り、頭目のランゴバルトの素性は既に判明している。
ランゴバルト=カストーリア。
下級貴族の庶子の出ながら、剣の腕を見出されて王国軍で異例の速さで出世し、3年前には第3師団の副師団長を務めていた程だ。師団長には名誉職として軍閥の高級貴族が就くことが殆どのため、実質師団一の腕前を持っていたと言える。
そんな彼だったが、3年前に突然副師団長を解任され、国家反逆の罪を着せられた。その詳細に関しては外部には何も伝えられていない。だが彼は追手を下してそのまま逃亡し、2年前に突如、50人以上の配下を従えた盗賊団の頭目として再び世に現れた。
その腕前は凄まじく、訓練試合でも彼の身体を他人の剣が捉えた事は数えるほどしかなかったそうだ。
そして半年前にも、討伐軍として送り込まれたメンバーに加わっていた凄腕のハンター兄弟、ガロムとリトラスの双子のチーム『双剣嵐』を一合も交えず切り捨てたらしい。
「『双剣嵐』の兄弟は、二人とも片手剣の二刀流を自在に操り、一瞬で4手を与えることができ、二対一で戦えばどんな相手にも負けない、と噂されていました。その二人があっさりと斬られるのを見て、前回の討伐軍は散り散りになって逃走したそうです」
「そいつを俺たちだけで相手しろと?」
「当然、王国軍もつく。王の直轄軍から40人の精鋭を出してくれるそうだ。うちからも主力を含めた15名を出す。あと、『ネメシスの戦乙女』にも協力を要請しているらしい。合計60名というところだな。盗賊退治としてはちょっと尋常じゃない戦力だ」
「アリエルさんが味方につくんですか……」
ハルが安堵の声を上げた。アリエル、ひいては『ネメシスの戦乙女』の強さは身をもって知っている。敵に回したくはないが、味方になるのならこれ以上心強いことはない。
「しかしこれだけの人数を動かすのなら、またランゴバルトには情報が筒抜けでしょう。それに盗賊団がなぜわざわざ王国軍の精鋭と一戦交えてくれるんです? 普通こんな話聞いたら、とっとと荷物をまとめてどこかへ退散しますよ」
エミルのもっともな疑問に、アレクシスが複雑な顔をする。
「そこは俺も不思議に思ってたんだが……どうも王国には何か考えがあるらしい。少なくともランゴバルト本人を俺たちの前に引きずり出す策はあるようだ」
「どんな策なんだ?」
「それは知らされていない。そこらへんの手配は全て直轄軍でやるそうだ。ただ……」
「何なんです?」
「……こちらのメンバーとランゴバルトとの決闘。少なくともその覚悟はしておいて欲しい、って事らしい」
「自分たちはのんびりザコの相手をしときながら、ヤバい奴は俺たちに押し付けるつもりかよ! ふざけんな!!」
ハインが怒りの声を上げた。
「……残念だが、そこに俺たちが文句を差し挟む権利はない。諦めてくれ」
「くそっ……!」
怒るハインを、アレクシスがなだめる。
「どうだエミル、お前なら決闘で勝てると思うか?」
「無理でしょうね。『真名を使ってもムリ』って、そんなレベルです」
聞き慣れないフレーズを耳にして、ハルがエミルに尋ねる。
「今の『真名を使ってもムリ』って、どういうことですか?」
「ああ、ハルは知りませんでしたか」
エミルが説明する。
「エルフには、成人したら名乗る『真名』というミドルネームがあるんですよ。これは自分が決めることができます。大体は自分の夢や目標になぞらえたものが多いですね」
「それがどういう意味を?」
「魔法の詠唱にこの『真名』を組み込むと、その効果を上げることができるんです。『誰某が命ずる、エンチャント・ブリザード』とか、そんな感じですね」
「そんなものがあるんですか。でも、なぜそれを隠してるんです?」
「儀礼的な要素も大きいんですが……何よりこの効果は誰が使っても有効だからです。例えばエルフと戦っている魔術師が『命ずる、誰某を焼き払え、ファイアーボール!』と詠唱すれば、そのファイアーボールは強化されてそのエルフに飛んでくるんですよ」
「諸刃の剣ってわけですね」
「そうです。だからエルフは基本的に真名を他人には教えません。私も真名は団長にも内緒にしていますよ」
「なるほど、つまり先程の『真名を使ってもムリ』というのは……」
「どうやっても勝てない、という意味です」
そしてハルが、話を聞きながら心に浮かんだある推測を口にした。
「団長、先程の話を聞いていて気になったんですが……ランゴバルトって人、攻撃の回避が上手かったそうですね。半年前の『双剣嵐』との戦いでも4方向からの攻撃を物ともせず相手を切り伏せたということですし、ひょっとしたら……」
「……やはりハルもそう思うか」
アレクシスが静かに答えた。
「俺もそう思う、恐らく間違いないだろう」
できれば考えたくなかった可能性をアレクシスは口にした。
「ランゴバルトって男……『危機回避能力』のスキル持ちだ。俺たちと同じ『ツアー参加者』のひとりだろう」
それが意味するところ。
ひょっとすると、恩人に剣を向けなければならないかもしれない。
ハルはその事実を前に、表情を暗くしていた。
※ ※ ※
「……この書状、嘘はないんだな?」
廃屋の一室で安楽椅子に身を委ねながら書類に目を通していた男……ランゴバルトが間者に確認する。
「絶対とは申せませんが……その書状に押されている玉印は私の見る限り本物です。玉印の偽造はいかなる理由があっても三族打首の刑に処せられますから、少なくともこの書状の内容に王家が了承を出したのは間違いないかと思われます」
「『貴公が以前提出した告発状の内容の再調査を行うことを約束する。その代わり、指定した期日と場所に貴公が部下を全て連れて現れること。詳細はこちらで裏付けを取った後、現地にて再度書状にて通達する。告発状の内容が正しければしかるべき者には罰則を与えることを約束し、貴公および配下全員の命は保証し、国外追放のみに留める。ただしその際、貴公の働いた今までの盗賊行為を含む狼藉に関して、近衛軍立会いの元に決闘による裁定を受けること』……か」
「回りくどいけど、『指定した日にダーリンが顔を出したら、死刑のところを国外追放で許してやる』ってことみたいね」
横から手紙を見て口を挟んだのは、『ランゴバルトの一閃』の副頭領にして愛人のダークエルフ、アイリーンだ。
「そういうことだな。その上であわよくば決闘にかこつけて俺の首を取るつもりらしい。汚職役人の一掃と醜聞の口封じを同時にやろうって腹だ。つくづくよく考えるものだよ」
ランゴバルトが吐き捨てるように言った。
「別にこんなのに乗ってやる必要はないでしょ? 無視してさっさとどこかに逃げちゃえばいいじゃない」
「いや、玉印が押された書面を無視したとなると、面子を潰された王国もさすがに本腰を上げるだろう。少々遠くに逃げたところで他国と共同で我々の盗伐にかかるかもしれん。俺達は生き延びられるにしても、部下たちが……な」
「優しいのね、ダーリンは」
アイリーンがランゴバルトの頬に軽く口づけをする。
「それに俺も、少々王国を甘く見過ぎていた。この書状をこちらに直接送りつけてきたということは、こちらの情報網をある程度把握していると考えて間違いあるまい。下手に動くと、この書状の存在ごと俺たちが潰されかねない」
「じゃあ……」
「ああ、向こうの策に乗ってやろうじゃないか。お前は資金を整理して例の場所に隠しておけ。なに、国外に追放されても、元手があれば再起などいくらでもできる」
「わかった、ダーリンを信じるわ。ダーリンは不死身で、あたしの英雄様だもの」
その言葉に返すように、ランゴバルトはアイリーンに口づけを返した。
「それならお前は、俺に幸運を運んできた勝利の女神様……いや、お姫様かな」




