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27 再会

「さて、どこから話したもんかな」


 アレクシスがニヤニヤ顔を続けながら話す。部屋にはグレイとミリーナ、それに騒ぎを聞きつけたハインも入ってきていた。


『……完全にオヤジモードだな、これは。まあ中身が壮年を通り越して老人だからしょうがないのかな……』


 ハルは心の中でため息をついた。


「とりあえず、入団の経緯から話すのが良いのでは?」


 グレイが口を挟む。


「ま、そうだな。とりあえずそこからいくか」


 アレクシスも同意した。


「ミリーナがここを訪ねてきたのは10日ほど前だ。ハルの手伝いをしたいから団に入れてくれ、って頭を下げて頼まれた」


 ハルは思い出す。確かにミリーナには『キンタロウの斧』で働く、といった話をしていたかも知れない。それを覚えていたのだろうか。


「勿論、それだけで入団はさせてやれない。ちゃんと試験もしたぞ」


 アレクシスが言葉を続ける。


「お前の時とは違って、魔術師の場合は試験がちょっと特殊だ。どんな手段を使ってもいいから3分持ちこたえろ、そういう内容だった」


 ハルは考える。

 防御障壁の魔法を十分に使える人間なら団長の連撃にも耐えられるだろう。ただ、相当の使い手でないとあの攻撃は抑えられないはずだ。

 攻撃魔法の名手なら、団長に攻撃させる間もなく攻め続けられるかもしれない。団長には例の能力があるから攻撃は当たらないだろうが、守勢にすることはできるはずだ。ただ、それを3分続けられる者は相当限られるだろう。

 では逃げるのはどうか。ハルはまだ使い手を見たことはないが、空中浮遊という魔法が存在しているのは知っている。あれで上空まで逃げ延びて時間を稼げば……。

 だがハルはその可能性を半ば否定した。アレクシスに自在操作ができるトマホーク投げの技があるからだ。余程高度を取れればともかく、半端な距離ならあの攻撃の餌食になる。それでも持ちこたえるとすれば、余程精密な魔力操作であれを回避し、それを維持する膨大な魔力が必要だろう。


「で、結果を先に言うとだな……ミリーナは20分持ちこたえた」


 ……え?

 孤児院にいた時には魔力の片鱗も見せなかったミリーナがそんなことをしてのけたという事実にハルは驚いた。


「俺もびっくりしたぜ。せめて初手は相手に譲ってやろうとミリーナの詠唱完成をのんびり待っていたんだが、次の瞬間、俺はどうなったと思う?」


「さあ……?」


「王都のちょうど反対、お前が昔いた孤児院の前にいたんだよ。ミリーナが使ったのはテレポート……転移魔法だったんだ」


「いや、正直僕も驚きましたよ。転移魔法の使い手なんて滅多にいない。それを15歳の少女が使うなんて思ってもいませんでしたから」


 グレイがアレクシスの言葉を補足する。


「あっけに取られた俺が、位置を把握して試験をやった練兵場まで走って戻るのに15分かかった。そしてやっと戻ってきたと思ったら、その時すでにミリーナの詠唱は完成していた」


「というと……」


「次の瞬間、また俺は孤児院の前にいたんだよ。さすがに道がわかっていたから今度はちょっと早く戻れた。ミリーナはさすがに魔力を使い果たしてへたり込んでいたが、3分持ちこたえるという合格の条件は文句なしに満たしていた。そういうわけで、晴れてわが団に優秀な魔術師がひとり増えたわけだ」


「はぁ……」


 ハルは絶句していた。まさかミリーナにそんな魔法の才能があったとは気づかなかったからだ。


「そのあとちょっと調べたのですが、彼女は治癒魔法も上手ですね。どちらかというと怪我を治すより、毒を抜いたりパニックを沈めたりといった、状態回復の魔法が得意なようです。攻撃魔法がさっぱり使えないのですが、それを補って余りある逸材ですよ」


 グレイがミリーナの魔法について少々補足した。


「これならハル兄ちゃんの役に立てるよね!?」


 ミリーナが輝く瞳でハルに問いかける。

 その言葉に微妙に答えあぐねているハルに、アレクシスが続ける。


「身内に移動魔法の使い手を抱えている傭兵団なんか滅多にいないぜ。今のミリーナだと全魔力で2回の発動がせいぜいみたいだが、それでも十分に助かる」


「まだ、他人を自分の知っている場所に飛ばすことしかできませんけど……あと距離も5~6キロが精々ですし」


 ミリーナがもじもじしながら控えめに答える。そこにハインが期待の声をかけた。


「謙遜するなって嬢ちゃん。これだけでも伝令やら索敵やら、使い方は無数にある。魔力向上の訓練はこれからも続けてもらうが、頼りにしてるぜ」



「そして、何よりもだ」


 アレクシスが声を大にして言い放つ。


「そんな有能な人材が、ハルにベタ惚れだ。このアドバンテージは大きいぜ」


 ミリーナが顔を赤くした。ハルは内心の動揺を隠し、平然を装うようにお茶を含んでいる。


「ハル、とりあえず引っ越しの手配をするか? お前が今住んでいる宿舎よりちょっと大きめの部屋がある。広さも十分だし、何よりベッドが一回り大きいぞ?」


 ハルは含んでいた茶を勢いよく吹き出した。ミリーナの顔が真っ赤になる。


「ち……ちょっと! 俺とミリーナはそういう関係じゃありませんから!」


 ハルが慌てて否定するが、アレクシスたちの攻勢は止まらない。


「おやおや、随分とつれない返事だな。まあ今まではそうだったかも知れんが、これからはどうなるかわからんぞ?」


「うちの妻が来た時のことを思い出しますねえ。最初はなんやかやとありますが、最後には収まるところに収まるものですよ」


「まあ、年貢の納め時ってやつだな。お前もいい年だ、いい加減覚悟を決めろよ?」


 最後のハインの言には、あなたには言われたくないと全力で反論したかったハルだが、とりあえずこの場は黙っていた。



 一通りの攻勢が終わった後、ハルは何気なくミリーナに尋ねた。


「そういえば、孤児院では読み書きや算術、剣の稽古や魔力の鍛錬は教えてたけど、魔法そのものの使い方は教えてなかったよな。どこで習ったんだ?」


「……うん、ハル兄ちゃんが出て行ったあと、親切な魔術師さんと知り合いになる機会があって、その人に教えてもらったの」


「そんな人がいたのか。そのうちお礼でも言わないといけないな」


「……そうだね」


 そのやり取りを聞くグレイの表情に微妙に影がさす。だが今、その事に気づく者は他に誰もいなかった。



 そしてハルやアレクシスが自分の能力やそれを得たいきさつをハインたち3人に話し、彼らが目を丸くしながらもその事実を受け入れたこと。

 ふたりが小規模な魔獣討伐から暴走ギガースの盗伐まで、数多の実戦を繰り返しながら徐々に本来の剣筋を取り戻していったこと。


 そういった日々を経て、さらに時は2年過ぎていった。



※ ※ ※



 ある廃屋の一室。


 今にも崩れ落ちそうなその建物で、唯一綺麗に整頓された部屋。


 その部屋で椅子に腰かけ、全裸にガウンを纏っただけの姿の男がグラスに注いだワインを煽っていた。


 相当に高価なそのワインを堪能しているその男の部屋の扉がノックされる。


「……失礼します」


「入れ」


 その声とともに、ひとりの男が部屋に入ってくる。椅子の男はガウンのままだ。


「……密偵から連絡が入りました。近いうち、我々への討伐軍が再度編成される見込みとの事です」


「時期と人数は?」


「およそ2週間後、約30人です。そして……」


「どうした?」


「はい、今回の盗伐軍には手練れのハンターが加わっている模様です。名は……ガロムとリトラス」


「双剣嵐のガロムとリトラス兄弟か。随分と奮発したものだな」


「恐れながら申し上げます」


「何だ?」


「今回はさすがに相手が悪いかと。あの双剣嵐兄弟が加わっているとなると、いくら頭領の腕がたつとは言え万に一がありえます。ここはいったんアジトを引き払って逃亡し、機会を待った方が……」



「もっともな忠告だが、不要だな」


「しかし…」



「大丈夫よ」


 その時、部屋の奥から声がした。


 部屋に似つかわしくない大きなベッドの上で、毛布を身にまとっただけの若い女の声。


「知ってるでしょ、うちのダーリンは不死身なんだから」


 その女……白髪のダークエルフが、身体の中の熱を吐き出すように言った。

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