24 新しい能力
「取り急ぎ、お怪我を治しますね」
女将がハルに近寄り、手をかざす。光も何も出なかったが、ハルの怪我は骨折から打撲まですべて治っていた。ただ体力だけは戻っていないのか、全身が重い。
「……ルールの後付けなんて……ズルいんじゃないですかね……」
ハルが戦いの直前に突然スキルを封じられたことを愚痴る。
「そういう術式になっておりますので」
女将は事もなげに答えた。あのバスの時と同じだ。ハルは苦笑するしかなかった。
時間が経ち、多少は体力が戻ったハルに女将が説明する。
「では、新たなスキルをハルさんにお渡しします。また、お望みでしたら元の世界に戻ることもできますよ」
さらっと聞き逃せない一言がハルの耳に届いた。
「……今なんと言いましたか?」
「お望みでしたら元の世界……地球に戻ることもできますよ、と言いましたが」
「それは本当ですか?」
「はい、前回と同じく、地球の4歳児の身体を借りるという形で地球に転生することになります。ただし日本に戻れるとは限りませんし、今回に関してはスキルの付与はありません。転生する時代に関しては多少考慮させていただきますが」
思いもかけなかった選択肢が突然現れたことにハルは戸惑った。
「まあ、どのような選択をされるかはじっくり考えてお決めください。今回は時間の余裕はありますので。取り急ぎ手順をご案内致します」
女将が言葉を続ける。
「まず、今回のスキルの再取得ですが、いくつかある選択肢からお好きなものを選んでいただくことができます。『危機回避能力』のスキルの発動時のようにハルさんの頭に各スキルの概要が浮かんできますので、ご自由にお選びください。ただし取得できるのは1つだけですので、その点はご注意を」
その言葉が終わると同時に、ハルの頭の中にレストランのメニューのように各スキルの概略が浮かぶ。ざっと見渡してみたが、さすがに『危機回避能力』の再取得はできないようだった。
詳細を確認する間もなく、女将の言葉が続く。
「取得するスキルがお決まりになりましたら、あの温泉にお入りください。脚の先から頭の天辺まで、全身くまなく浸かった時点でスキルの再取得が行われます」
火山に飛び込んだ前回に比べれば呆れるほどに簡単な手順だ。
「ただし、一つ注意点があります。あの温泉ですが、深さが2段階になっておりまして、手前の足場は深さが1メートル程ですが、その先には足場がありません。どこまでも沈むようになっています」
底なし沼ならぬ底なし温泉。ハルがその言葉に戸惑う。
「もしスキルの再取得ではなく地球への再転生をご希望でしたら、そのままお沈みになってください。しばらくしたら意識を失いますが、次に目が覚めた時には地球への再転生が完了しております。息苦しくはありませんのでその点はご安心ください」
……やはり死ぬ必要があるらしい。今回は転落死ではなく溺死。生まれ変わるのだからそれも当然か、とある意味でハルは納得した。
「では、どうされるかお決まりになりましたら、お召し物を脱いだ上で温泉にお浸かり下さい。私はここで失礼させていただきますので、どうぞお気遣いなく」
一通り説明を終えたらしく、女将が立ち去ろうとする。その前にハルにはひとつ確認しなければならないことがあった。
「確認したいことがあるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「今回再取得するスキルですが……効果はいつまで続くんですか?」
「ああ、確かにそこは気になるところでしょうね。今のハルさんのスキルの有効期限は……」
「あと2年と少し、20歳の誕生日まで……転生時にはそう聞きましたが」
「それで合っていますね」
ここが肝心なところだった。
『スキルの再取得』がそのまま『スキルの上書き』を意味するのであれば、今回取得したスキルもあと2年強で消えてしまうことになる。それでは意味がないのだ。
残り時間が2年、というのはアレクシスの言った通り、少し余裕をもって動いていた結果だ。ハルは最初から当たりを引けるとは思っていなかった。3~4か所はハズレを引くことを計算に入れていたのだ。
それにもし当たりの場所を見つけても、手持ちの資金が足りなければ数か月は闘技場かどこかで不足分を稼がねばならない。
結果的には予想よりだいぶ早く目的を達成できたわけだが、幸運に恵まれた結果であることはハル自身強く認識していた。
「ご安心ください。再取得されるスキルの有効期限は『死ぬまで』ですから」
「わかりました」
ハルは内心、ほっと胸をなでおろした気分だった。
さて、そうなれば肝心なのは『どのようなスキルを取得するか』だった。
頭に浮かんだスキルの候補は合計で12。
この中のどれかを選び、失われる『危機回避』のスキルの穴を補って戦わなければならない。
身体能力の増強、魔力の向上、治癒能力の向上……、すぐに効果が発揮できそうなスキルが並ぶ。
だが、ハルの脳裏には先ほどのアリエルの言葉が浮かんでいた。
「ハリボテの土台の上に多少努力で土を盛っても、予測しない何かあればあっさり崩れる」
まさにその通りだった。
自分の戦闘能力の強化を新たなスキルに依存することはあまりにも危険。今回のように不測の事態でスキルが使えなくなったとき、戦い方に与える影響が大きすぎるからだ。
今回はあの女将が何か細工をしたからであり、こんな条件で戦うことは二度とないかもしれない。だがそう信じ切るのは危険だった。少なくともハルはそう考えた。
考えを巡らせながらスキルの内容を吟味していくハル。
その中に、ひとつ奇妙なスキルがあった。
少なくとも、このスキル単体で自分が強くなることはできない。
このスキルを得ても、自分の戦闘能力を引き上げるためには普通に鍛錬を積まなくてはならない。
使用する際の負担や、発動時のリスクも大きい。
だが、それを補って余りある魅力をハルはそのスキルに感じていた。
力が必要な相手に、力を与えることができる。
それがハルの選んだスキル、ポゼッション……憑依能力だった。




