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23 ネメシスの戦乙女

「とりあえず名乗っておくよ。あたしはアリエル、これでもそこそこ名の知れたハンタークランのリーダーをやらせて貰ってる」


 アリエルと名乗った20代半ばの女剣士が、バスタードソードを構えながら言った。


「あとあんたの顔、今思い出したよ。『ドラゴンスレイヤーのハル』だよね?」


「……ご存知でしたか」


「あの時王都にいた腕利きで、あの試合を見逃す奴はいないよ。あたしは『風のハル』のファンだったしね。魔法を使ってればもう少しスマートだっただろうけど、あたしはあの試合、けっこう気に入ってたんだ。泥臭い中に華麗さがあった」


「ありがとうございます。だからって手加減してくれる訳はないですよね」


「勿論!」



「……さてと、積もる話がいろいろあるようですが、それは置いておいてそろそろ始めましょうか」


 この中庭には3分に1度吹き上げる小さな間欠泉があるらしい。この洞窟でも吹き上げる音が聞こえるそうだ。そして次に音が鳴ったら……戦闘開始。


「わかりました」


 ハルが剣を構える。

 見たところ、とても手加減ができるような相手ではない。恐らく腕だけなら団長より上だ。しかもいきなり『危機回避能力』のスキルの封印を言い渡された。そうなれば……


 緊張が洞窟を支配した直後、間欠泉が水を噴き上げる音が鳴った。



「はっ!」


 丹田を震わせるような掛け声とともに、アリエルが地を蹴って飛び込んできた。


『早い!』


 ハルがかろうじてその一撃を受け止める。ミスリルの刃はバスタードソードの一撃を受け止めたが、剣自体の重さから来る威力のハンデまでは覆せない。ハルの体勢が崩れかける。


 その隙を逃さず、アリエルが蹴手繰りを入れてきた。脚を蹴られ転倒するハル。そこを狙うアリエルの一撃を転がりつつ避け、ハルは起き上がって体勢を立て直す。


 次の瞬間、今度はハルがアリエルの首を狙って突きを入れる。だがその一撃にはハル自身にも感じられる甘さがあった。


『やはり……!』


 案の定、その突きは容易く躱される。ハルはその隙を狙ったアリエルの一撃を躱すのが精一杯だった。



 再度距離を取る二人。


「エンチャント・エナジードレイン……」


 ハルが手早く詠唱を完成させ、剣に呪いの力を込める。

 その詠唱を邪魔することもなく、アリエルが声をかけてきた。


「どうやら相当調子が悪いみたいだね。よっぽど鍛錬をサボってたのかな? それとも随分と手加減されてるのかな? 手加減されるのは気分が悪いから、それならさっさと止め刺しちゃうけど?」



 アリエルの指摘は図星だった。ハル自身もそのことは痛感している。

 踏み込みの勢いが足りない。回避行動が無駄に大きくなっている。


 両方とも今の自分から『危機回避能力』のスキルが失われているのが原因だ。

 長い間の鍛錬がかろうじて体を動かしているが、ある意味で生死を賭けた本気の戦いを初体験するハルにとって、アラートなしで戦うということ、そして命を失うかもしれないという恐怖はハルの動きを大きく縛っていた。


「あの華麗な見切りはどこに行っちゃったの? 闘技場でのあんたは、あんな蹴りなんかサクッと躱せてたじゃない。なんでまともに食らっちゃってるわけ?」


「色々事情がありましてね」


「ひょっとしてさっき女将さんが言ってた、スキルとやらのの禁止が原因とか?」


 ……正解だ。


「だとしたら、どうします?」


「なぁんだ。あの動きも全部ズルだったのか。ガッカリしちゃった」


「ガッカリしたなら、どうします?」


 次の瞬間、アリエルの目つきが変わった。


「殺る」



 アリエルが先ほど以上の勢いで飛び込んできた。

 しかしハルは落ち着いてその突進を見切る。確かに早い、だが先ほど見た動きだ、おまけに挑発に乗って若干動きが雑になっている。

 ハルは突進からの突きをギリギリで躱そうとする……だが躱しきれない。左肩にアリエルの突きが決まる。

 だが辛うじて急所を外して受けることができた。ハルは激痛を堪えながら、半身になってアリエルの右腕……装甲の薄い部分を僅かに切り裂き、その肌に傷をつけた。


「くっ!?」


 再度距離を取るふたり。ダメージの彼我で言えば圧倒的にこちらが不利だ。だが、ハルの与えた一撃には呪いが込められている。じわじわとアリエルの右腕の動きを鈍らせ、持久戦を有利にしてくれるはずだ。



「……やるじゃん」


 黒い煙を吹き出す腕の傷をそっと撫で、指に付いた血を舐め取ったアリエルが答えた。


「でも、無駄だけどね……『アンカースド』!」


「!?」


 解呪の効果を持つ相当な高位魔法だ。詠唱が完成すると同時に、アリエルの右腕の傷からの黒い煙が止まった。


「併せてやっちゃおうか。『ヒーリング』!」


 ハルのつけた腕の傷が瞬時に塞がった。


「あなたの力の全部が全部、ハリボテってわけじゃないみたいだね。でも今のあなたじゃあたしには勝てないよ。『ネメシスの戦乙女』のリーダー、伊達にやってるわけじゃないんだから」



 ……ネメシスの戦乙女。

 団長から聞いたことのある名前だった。普通のハンタークランなら剣を振るう前衛、弓や槍で援護する中衛、魔法で援護する後衛とメンバーの役割分担がはっきりしている。

 だがこの『ネメシスの戦乙女』は違う。実働部隊は前衛をこなせてなおかつ魔法を使える魔法剣士の集団だ。一芸だけなら他のチームの専門職に劣るかもしれないが、全員が互いをカバーしながら敵に突っ込んでいくことができる。

 才能に溢れた人間だけが参加できる、孤高の高ランクハンタークランとのことだった。

 ……ただ、実働部隊への加入条件が『若い女性のみ』というのはちょっと人を選びすぎじゃないか、とも思ったりしたのだが。


 だが、この女戦士の剣の技は器用貧乏なんてものではない。彼女を上回る剣士が、王都に何人いるだろうか。


 剣や体術の腕前で勝り、なおかつ回復・解呪の魔法を使える相手に、全力を尽くして掠り傷を与えるのがやっとの今のハルにはもはや勝機はなかった。



 素早い切り込みで、ハルの体に浅い傷が無数に刻み込まれる。もう少し傷つければ本気を出してくれるかな、と期待したアリエルだったが、ハルにこれ以上の切り札がないことが分かると勝負を決めにかかった。


 鋭い上段回し蹴りが腕に放たれる。ハルの右上腕は、親切にも治りやすい角度でポキリと折れた。

 剣の腹が左胴に打ち付けられる。素晴らしい力加減によって放たれた一撃は、ハルの肋骨を数本折ったにも係らず、その内臓を傷つけることはなかった。

 ついでにと鋭い関節蹴りが放たれる。右膝は、靭帯をわずかに伸ばして関節を外される程度で済んだ。


 得物のショートソードさえも蹴り飛ばされた。


 そしてアリエルがハルの胴を踏みつけ、動きを封じる。その首元にはバスタードソードが添えられている。もっとも、アリエルがいなくても、今のハルは芋虫のように体を引きずって逃げることしかできないだろう。



「何か言い残すことはある? 一応聞いてあげるよ」


 アリエルの冷たい言葉が響く。もはやハルの命はアリエルの気分次第で決まる状態だった。


「……何でも……いいのか?」


「うん、この状況で有無を言わせないで殺すほどの人でなしじゃないから。まあ、場合にもよるけどね」


 ……息をするだけで辛い。身体が悲鳴を上げている。一言言葉を出すだけで、全身の筋肉が泣き叫んでいる。

 だが、それでも言わずにはいられない。



「……死にたくない」


「はぁ?」


 てっきり降参の言葉を吐くと思っていたアリエルは、この言葉に拍子抜けした。


「ならさっさと降参しなさいよ。命だけは助けてあげるから」


「……それも出来ない」


「なんでよ!?」


「俺にはやらなきゃならないことがある。そのためには……命と力が必要だから……」


「なんだか分からないけどややこしい男ね。それなら殺しちゃうよ? 手っ取り早く済むし」


「……死ぬのはイヤだ」


「ああもう! あんたいったい何なのよ! 死にたくない、でも負けたくない。そんな我儘が通じると思ってるの!?」


「……分からない。ただ、言いたいことがあるなら言え、と言われたからその通りにした。あとは……勝手にしてくれ」


 その言葉にアリエルは絶句した。



 団長、すいません。

 姿も知らないモモタロウさん、ウラシマさん、カグヤさん、それにアリスさん……

 約束は果たせそうにありません。御免なさい……。


 冬乃……せめてお前は、幸せに……。


 洋介……冬乃を泣かせたら、あの世からでも……ぶん殴りに行ってやる……。



 1分程の沈黙の後、アリエルが諦めるようなため息をついた。そして女将に話しかける。


「確認したいんだけど、この勝負、負けたらどうなるの? ペナルティでもつくの?」


「はい、負けた方は1年間、この洞窟に入れません。あと特別料金……今回は半額お返ししますが、そちらも再度お支払いいただくことになります。制限はそれだけですね」



「……分かったわよ。この勝負、あたしの負けでいいわ」



「!?」


 ハルは自分の耳を疑った。


「本当によろしいのですね?」


 女将が念を押す。


「わかってるわよ! あとこの男、ほっといたらそのうち死ぬわよ。治すのもあたしがやらなきゃいけないわけ?」


「いえ、そちらの方は我々で治療しますので」


「じゃ、任せたわよ」



 剣を納めてその場を立ち去ろうとするアリエルに、ハルが絞り出すような声をかける。


「どうして……」


 アリエルが少し考えて答えた。 



「理由は二つあるかなぁ。まず一つ目は、今のあんたがあんまり無様だから」


「……どういう……ことですか?」


「あんたは何かズルしたらしいから違うみたいだけど、あたしがこの力を得るためにはそれなりの代償を払わないといけないのよ。残りの寿命の半分、それが対価」


「な……」


「あたしはこれでも強くなるための努力を惜しんだことはないわ。少々寿命が縮んだとしても、お金をポンと払うだけで強くなれるなんてうまい話はそうそうないの。だからこの泉の噂を調べ、ここにやってきた」


「それならどうして……」


「あの闘技場での、風のハルの戦いは傍から見てても惚れ惚れしたわよ。でもその力は全部……でもないだろうけど、ほどんどが『スキル』とやらのおかげだったんでしょう?」


「……」


 ハルに返す言葉はなかった。


「たぶん、ここで身につけられる力ってのはあれと似たようなものみたいだから。凄いのは認めるけど、それに頼り切っちゃうと、いざその力がなくなったら今のあんたみたいに無様にしか戦えなくなる。それはあたしには我慢できないな」


「くっ……」


 ハルが屈辱の声を絞り出す。


「正直、考える時間が欲しくなったってとこね。無様でも強くなれるならやっぱりこの力、欲しくなるかもしれない。けど今その答えを出すのは嫌だな。今ここであたしが負ければ、1年間は考える時間が貰えるわけだから」


「……今の俺は……そんなに無様ですか?」


「うん、凄く。ハリボテの土台の上に多少努力で土を盛っても、予測しない何かあればあっさり崩れちゃうわよ。今痛感したでしょ?」


「……その通り……です……」


 ハルは自分の完全な敗北を改めて痛感した。



「あともう一つの理由は、あんたが生きるために足掻こうとしたから」


「……え……?」


「言い残したいことがあるかって聞いて、あんた死にたくないって答えたでしょ? あの答えには合格点つけてあげるわ」


「……なぜ……」


「誇りがどうの、責任がどうのでさっさと死を選んで楽になろうとする奴なんて、全員クソの価値もないわ。屈辱に耐えて、泥水啜ってでも生き残らなきゃ意味なんてないの。そこで足掻こうとするところは気に入ったわ、だから助けてあげる」



 言いたいことを言ってスッキリしたような顔をしたアリエルが、ハルに背を向けた。


「じゃ、またどこかで会いましょう。次に会った時に何も成長してなかったら、学習しないおバカな脳味噌がつまったあんたの頭は胴体とバイバイすることになるからね」



 それだけ言うと、アリエルは足早に洞窟を立ち去っていった。

 自分の未熟さをすすり泣く、ハルの嗚咽を後目に。

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