22 天界に至る神泉
湯治の町、リューニコス。
王都アイゼンベルグからも程近く、温泉が数多くあるリゾート地。
その町の中心街からやや外れた、人気の少ない場所に『リンティカの泉』はあった。
ハルが調べたところ『別の能力』にもっとも近いと思われる場所、その宿の門をくぐる。
「はい、いらっしゃいませ!」
元気の良い従業員の声が響いた。
「何名様でしょうか?」
「一人です」
「お一人様ですね、お部屋を確認しますので、少々お待ちください」
そう言って従業員は下がっていった。
数分の後、従業員が戻ってくる。
「お待たせしました。眺めのいい2階の角部屋が空いております。そちらでよろしいでしょうか?」
「ええと……」
ハルは答えに困った。別に自分は遊びに来たわけではないのだ。
恐らくこの宿にある『別の能力』への鍵。それを何とかして探さなければ。
「ところで、この宿には変わったものがあると聞いたんですが……」
「変わったものと申しますと?」
「この宿にしかないものといいますか……」
「ああ、名物のワカサギの唐揚げですね。畏まりました、夕食にご用意いたします」
「いや、そうではなくて……。この宿にしかない、特別な施設といいますか……」
「岩風呂でしたら今すぐにでもご入浴できますよ」
ハルも困っていた。『スキル』などという曖昧なものをどう尋ねればいいものか。
「いや、それでもなくてですね……この宿ならではの秘密のパワーを得られる方法といいますか……」
「……」
なぜか微妙な沈黙の時間が流れる。
「お客様、お若いですからねぇ。畏まりました。とびっきり精のつく、ウナギのメニューをご用意いたします。町の南に可愛い女の子のいるお店がいろいろとありますので、そちらで羽根を伸ばして来られては……」
「いや、そうじゃなくてですね!」
この可能性は考えないではなかった。
たぶん、この宿に泊まるだけではダメなのだ。
何かの合言葉、もしくは何か『スキル』の取得に関するアイテム。そういったものが必要なのだろう。
しかし、その手掛かりとなる情報をハルはこれ以上持っていない。そうなれば……
「ウナギはいいです。あと、2階の角部屋ではなくて、できるだけ受付に近い1階の部屋を」
「はい、構いませんが……。せっかく良いお部屋が空いていますのに、それでよろしいのですか?」
「お願いします」
「畏まりました」
奥に戻り、部屋の鍵を持って戻ってきた従業員にハルは言った。
「ウナギはいいですけど……ワカサギの唐揚げはお願いします」
最後の一点で、欲望に負けたハルであった。
その日の夜。
ワカサギの唐揚げを堪能しながらハルは考えていた。
いったん王都に戻って情報を集めなおすという選択肢もある。
だが、長い時間をかけてようやく場所だけは絞り込めたような状態だ。王都でさらに情報を集めても、最後の鍵となる情報を得られる可能性は低い。
そもそも団長のあの話がなければ、さっきのやり取りで早々にこの場所はハズレだと見切りをつけて引き上げていたかもしれないのだ。
キーワードか、アイテムか。
アイテムなら正直なところ詰みだ。だが、キーワードなら……万に一がある。
時間の許す限りここに逗留して、別の『参加者』が来る可能性に賭ける。
キーワードが聞ければ良し。そうでなくても何のアイテムが必要なのか、それがわかれば王都に戻ってからの動き方も決まってくる。
そのために入口に近いこの部屋に泊まったのだ。会話の聞き漏らしを少しでも減らすために。
そこからは、正直自分との戦いだった。
部屋に籠って、素振りや魔法のイメージトレーニングといった鍛錬を続ける。
その一方で、受付から聞こえる声に全神経を傾ける。
トイレと風呂以外、殆ど部屋からも出ない客だ。正直従業員からも奇妙に思われていただろう。
だが結果的に、ハルはその賭けに勝った。
逗留を始めてから2週間を少し過ぎた頃、一人の客がこの宿にやってきた。
「おー、ここかぁ!」
「いらっしゃいませ!」
聞き慣れた従業員の元気な声が響く。
「お一人様でしょうか?」
「うん、一人だけど泊まりじゃないんだ。まずは岩風呂にのんびり浸かってから……」
直感で鍛錬を中断したハルが、その声に耳を傾ける。
「『天界に至る神泉』に入らせて貰いたいな」
「……」
僅かな沈黙が走る。
「そちらは別料金となりますが、よろしいですか?」
「うん、承知してる。これで足りるかい?」
「……確かに。ではまず岩風呂にご案内します。準備が出来たらお声をかけてください」
「ああ、そうさせてもらうよ。まずは湯につかってサッパリしたいねぇ。せっかくの湯の町、リューニコスなんだから」
そのまま客は岩風呂に向かっていった。
ハルが急ぎ準備をする。その間に先ほどの客は風呂を出て『天界に至る神泉』に向かったようだった。
ハルも慌てて入口の従業員に声をかける。
「あら、どうされました?」
「すいません。俺も『天界に至る神泉』に入らせて貰いたいんですが」
「……」
再度僅かな沈黙が走った。
「成程、お客様のご希望はそちらでしたか。別料金がかかるのはご存知ですね?」
「これで!」
ハルは王都までの旅費を除いた全財産を差し出した。これでダメなら出直しになる。
「……畏まりました。ではこちらにどうぞ」
ハルは中庭に通された。
「こちらにお入り下さい。奥で女将がお待ちしております」
それだけ言って、従業員は去っていった。
ハルは目の前の洞窟の入口を見上げる。
こんな洞窟、この宿の庭にあっただろうか?
殆ど部屋から出なかったとはいえ、2週間この宿に籠っていたのだ。
だが、こんな洞窟があったことには気づかなかった。それこそがこの宿の秘密なのか。
意を決したハルが洞窟に入る。
中には大きな温泉と広場、それに人影がふたつ。
一人はプレートアーマーのパーツとチェインメイルで身を固め、バスタードソードを携えた茶髪の戦士。
そしてもう一人は浴衣を身にまとった……あのバスガイドだった。
「あらあら、同時にお二人がこちらにいらっしゃるとは珍しいこともあるものですね」
バスガイドが声を上げた。その表情からはハルの正体を知っているのか、そうでないのかは読み取れない。
「念の為確認させていただきますが、この温泉に入ることで得られる力はご存知ですね?」
「ああ、新たな命を得ての別世界への転生か、不思議な能力を得られるか……どちらかなんだろ?」
「……不思議な能力を得られるとは聞いています」
ハルが答えた。
「その通りです。ただそちらの……ミハエル=ヴォルカーさんですか」
「ハルで結構ですよ」
「ではハルさん、この能力……スキルを得ることでデメリットが生じることはご存知ですか?」
「……いえ」
「ではご説明します。このスキルを得ることで、あなたが今持っているスキル……危機回避能力はその力を失います。それでもよろしいですか?」
「……」
なるほど、団長がこのスキルを取らなかったのはそういうわけか。
ハルはアレクシスの判断に納得した。この後得られるスキルが何であれ、その結果として「危機回避能力」のスキルが失われるなら、新しいスキルの取得を見合わせるのは当然だ。団長たちは十分な命の保証を得られているのだから。
「……構いません」
「ふぅん?」
戦士が声を上げた。
「なるほど、あたしとは条件がちょっと違うわけだ。ズルいなぁ」
ハルはその声を聴いて違和感を覚えた。
……あの声は女性? あの重装甲で?
「まあいいや、ここで文句言ってもしょうがなさそうだし」
「ご理解いただけると助かります」
バスガイド……いや、女将が続ける。
「あと、折角ですのでひとつ面白い趣向はいかがでしょう?」
「趣向?」
「はい、ご同意戴けるなら、先ほどお支払いいただいた料金の半額をお二人にお返しいたします」
「へえ! いいねえ、私は乗った」
ハルとしてもその申し出は魅力だった。団長からの借金をこれ以上増やさずに済む。
「俺も構いません」
「おふたりともご同意ということでよろしいですね」
二人が頷いた。
「では、おふたりにはここで戦っていただきましょう。勝った方に能力……スキルを進呈致します」
「え!?」
「なるほど、そういう理屈かい。まあ話が早くて、その上得するなら文句はないけどね」
さらに女将が続けた。
「勝負はどちらかが敗北を宣言するか、相手を殺すかで決まります。時間制限や禁じ手は一切ありません」
「分かりやすいルールでいいね」
ハルとしてもそのルールは願ってもないことだった。1対1で戦うのなら、危機回避能力のスキルがある自分が絶対有利だ。
「あ、それと公平を期すためにですね」
女将が言葉を継ぎ足した。
「ハルさんの『危機回避能力』のスキルはこの戦いでは封印させていただきます。頑張って下さいね」
……え?
突然の宣言にハルが硬直する中、相手の女剣士が構えた。
「じゃ、始めますか」
急ぎ気持ちを戦闘モードに切り替えたハルは、気配を読み、戦慄した。
……この女剣士、とてつもなく強い!




