2 異能
「では、試合開始!」
司会の声と共に、ドラゴンの拘束具が外れた。
「グォォォォッ!」
歓喜の叫び声をあげながら、ドラゴンは目の前の獲物に突進する。
そして、右手の爪の一撃を放つ。これで相手はただ食われるだけの肉のブロックになるはずだ。
だが、その予想は外れた。まるでその軌道を知っていたかのように完全に躱された。食われるはずの獲物はその一撃を完全に読んでいたのである。
ドラゴンの右手の薙ぎ払いをかわした後、その右手の腱と思われる場所をハルは切り裂いた。ドラゴンの悲鳴が闘技場に響き渡る。
右手が動かなくなったドラゴンは、まだ怯まない。代わりに数秒唸った後で、咆哮を放つ。
『ドラゴンの咆哮』。
並の人間では、聞いただけで理性を失い、パニックに陥るような咆哮である。だが、ハルは並の人間ではなかった。逆に好機と見たのである。
腰から予備武器のダガーを抜いたハルは、咆哮中のドラゴンの左目に向けてそれを投げた。咆哮で体を動かせないドラゴンは、容易くそのダガーを左目に食らう。
「グオアアアアアアッ!」
左目を失ったドラゴンの叫び声が響く。そしてドラゴンが次の行動に移る。
右手は動かない。左手は…恐らくただ振りかぶるだけでは、右手のように潰されてしまうだろう。
右手の一撃を躱した相手がモーションの大きいブレスを食らうとは思えない。
なら残る手はひとつ。
ドラゴンは一瞬後ろを向くと、大きく振りかぶって強靭な尻尾の一撃を放った。食らえば当然致命傷である。
スローモーションとなった周囲の場の中で、ハルの脳内に赤いアラートマークと共に文字が表示された。
『左に避けろ』
そして、もうひとつの回避策が同時に表示される。
『尻尾を縫い止めろ』
ハルは、後者の指示に従った。
ハルはショートソードを構える。相手は所詮家畜に毛が生えた程度の能力、動きにも無駄が多い。
尾の一撃が地面をかすめた。当然尻尾の速度が落ちる。
その瞬間をハルは見逃さなかった。
ショートソードで速度の落ちた尾を突き刺し、地面に縫い止めたのである。
「ガッ!?」
ドラゴンは自分の状況がすぐには理解できなかった。
相手を肉片にするはずの尻尾が動かない。いや、尻尾が動かせない以上、それに繋がる胴体も動かせない。
それがどういう意味を持つか。
ハルは、縫い止められた尻尾を一足飛びに駆け上がっていた。
上級クラスである魔物のドラゴン、だがそのドラゴンにも弱点は存在する。背の守りが鱗しかないのだ。
これが伝説の古龍となれば話は変わってくる。火龍の鱗はそれだけで熱を持ち、鱗に触れた者を焼き尽くすという。
だがここにいるのは、薬物と食事で強化されたただのドラゴンでしかなかった。
背を上り頭に取り付いたハルは、ドラゴンの左目に刺さったダガーに手をかけ、渾身の力を込めてさらに一層奥に突っ込んだ。
ダガーを握る右手が吹き出した血により真っ赤に染まる。
これで勝負は決まった。
ダガーの先端は、ドラゴンの頭骨を貫通して脳を掻き混ぜ、その生命を停止させる。
暴れまわるドラゴンの頭にロデオのようにしがみつくハル。
そして1分ほど経った後、ゆっくりとドラゴンが崩れ落ちた。
ハルは飛び跳ねて離れた位置に着地した。誰が見ても文句のない完勝である。
「勝者、風のハル! 新たなドラゴンスレイヤーの誕生です!!」
場内に割れんばかりの称賛が広がる。
その声を聞きながら、あの日のことを考えていた。
自分がこの世界に転生し、新たな人生を生きることになったあの日。
今戦った竜の攻撃を読み切り、勝利をもたらしてくれたあの能力……スキルのこと。
そして、そのきっかけを作り……何よりもまず、かつての妹、村瀬冬乃を助けてくれた恩人たちのことを。