18 御伽話のその後で
「とある森に、エルフの娘がいました。族長の血を引く次期後継者の一人で、大変に美しかったそうです。ですが彼女は、当時村落で起きていた後継者争いに巻き込まれました]
年齢から言えば族長を継ぐべき地位だったのだが、その兄弟にとっては邪魔者としか映らなかったらしい。
ハルは黙ってその話に耳を傾ける。
「そんな村落に、怪我を負った一人の男が流れ着きました。エルフたちの治療でなんとか命を取り留めたその男は、礼を述べた後すぐに村を出ようとしたそうです」
エミルの話が少し途切れた。
「……ここで終わっていたら、その後の問題も起こらなかったのでしょう。しかし運命は気紛れだ、治療に携わったエルフの中に、先ほどの族長の娘がいたのです」
目的を果たすため村を出ていこうとする男に、族長の娘は懇願したという。
自分もここにいればいずれは殺される、だから自分も一緒に連れて行ってほしいと。
「その男の目的は何だったんですか?」
ハルが尋ねる。そしてそれにエミルが答えた。
「自分に掛けられた呪いを解くために旅をしている、と言っていたそうです」
ただ、この男に関しては伝承もほとんど残っていないらしい。
人間の男と変わらぬ姿だった、という説もあれば、黒い肌と巨大な角を持った悪魔のような姿だった、という説もあるそうだ。
何らかの幻術を使っていたのかもしれないが、今となっては真相は分からない。
そして、その男と共に族長の娘は姿を消したという。
それから何があったのかが分かるのは随分先の話。
ふたりが魔物と戦っている姿を見た、という記録が残っていたそうだ。
男は全身を顔まで隠すような異形のフルプレートアーマーで覆い、2人がかりで持ち運ぶような巨大な剣を振るい、族長の娘らしきエルフのアシストを得て、並みのハンターなら2~30人かかっても倒せないような魔獣を苦も無く屠ったと言われている。
今となっては、どこまで本当の話なのかは知る由もないが。
沈黙が馬車の中に広がる。
「次に伝承に彼らの話が出てくるのは、それから5年ほど経った後の事です。族長の娘が生まれ故郷の村落に帰ってきたのですよ。黒い肌の幼子を抱えてね」
「え、それって……」
「そうです。娘とその男の間の子供ですよ。本人も認めていましたから」
「その子供が、ダークエルフの始祖?」
「そうなります」
エミルが答えた。
丁度……というかタイミング良く、彼女と後継争いをしていた兄弟たちは軒並み流行り病で亡くなっていたそうだ。
残る血族は彼女ひとり、その結果彼女が部族の長に選ばれたらしい。
「男の方は?」
「自分に呪いをかけた相手と戦い、倒しはしたもののその時の傷が元で亡くなった。そう族長の娘は言ったそうです」
「大変だったのでしょうね」
「ええ、当時の部族の有力者は揉めに揉めたそうです。いくら何でも肌の色が黒い子供を将来の族長に据えるわけにはいかない。だから娘に尋ねたそうです。その子は、本当に望まれて生まれた子なのか、とね」
「それは、つまり……」
「娘の意に反して孕まされた子なら、それなりの処置を取るつもりだったようです」
だが彼女は断言したそうだ。この子は自分とあの男の愛の結晶だ、もし手を出すのなら自分も死ぬ、と。
「そこまで……」
伝承によると、2人は旅を続ける中で相思相愛になっていたそうだが、関係を結ぶ前、男は随分躊躇していたらしい。
自分の命はせいぜい7~80年、そんな自分とエルフが子を成したとして、子供を苦しめるだけだと。
だが彼女はそれを受け入れた。
そんな彼女の強い意志を受けた男は、彼女と関係を持って新しい命を宿したのだという。
女性が愛する男と結ばれ、子を成して帰ってきて村落の長を継いだ。
最善とは言えないが、十分にハッピーエンドのはずだ。
「でも、それで話は終わらなかったんですか?」
エミルがハルに尋ねる。
「伝承や物語と言えば、大抵ハッピーエンドで終わります。その理由を考えたことがありますか?」
思いもよらない質問に、ハルは答えを躊躇する。
それに被せるようにエミルが答えた。
「簡単です。ハッピーエンドのその後が語られなければそこで終わるからです。その後皆は平和に暮らしました、めでたしめでたし、とね」
次の瞬間、エミルの表情が変わった。
「だが、残念ながら物語が終わった後も現実は続きます。結果としてお伽噺を血で塗りつぶすような内容であってもね」
一呼吸おいてから、エミルが言った。
「その子供こそ、我々が原初のダークエルフと呼び、闇の種の母と呼ぶ……黒き森の夜の女と恐れられた女性なのですよ」




