15 遭遇戦
6人が森の中を進む。
近くに小さな村落があるのでまずはそこで休憩を、というネリアの申し出があったのだが、エミルが固辞したためそのまま目的地まで直行することになったのだ。
とにかく目にするダークエルフの数を一人でも減らしたいらしい。幸い、ここまでの移動は馬車だったため疲労はほとんどなかったという理由もある。
道案内のために先頭を歩きながらネリアが現地の状況を話す。傍に付き従うアリアスという男は寡黙な男のようだ。
ちなみにエミルは殿にいる。できれば2人に近づきたくもないらしい。
ネラの森はヘンリック家が支配域としている、通称「黒き木々」の中でも、かなり東よりに位置し、比較的街道に近い場所にある。
街道の傍に鬱蒼と木々が茂る森がある、というのも変な話ではあるが、どうも南北を結ぶために森を無理やり切り開いて街道を作ったらしい。だがそのせいで魔物の襲撃も多く、手間をかけて作った割にはあまり使われることのない街道となってしまったようだった。
一抱えもあるような大樹がそこら中に生い茂り、魔物を含む動物が数多く生息するなかなかに豊かな森なのだが、森の西よりの位置に小規模な岩山があり、洞窟があった。
話によると50メートルほど進んだところで行き止まりになっているただの洞窟だそうだが、何処からか街道沿いに逃げてきたケイブトロールがたまたまそこに目をつけ、住処としてしまったらしい。
まずいことにその岩山から少し離れたところに中規模な集落があり、主な犠牲者はそこから出ているそうだ。今の所ケイブトロールは森の動物を獲物として満足しているようだが、出された討伐隊が壊滅し、ダークエルフの肉の味を知ってしまった。しかもケイブトロールは番である。
このまま数を増やされ、周辺の動物が食らいつくされれば間違いなく村が襲われる。そうなれば数少ない森の中の拠点を手放さざるを得なくなるだろう。そのため、ネリアの父であるコナーは先手を打って『キンタロウの斧』に討伐依頼をしたのだった。
戦いとなると案内役を務めるネリアとアリアスも巻き込まれることになる。
念のため確認したところ、ネリアは馬車の中で聞いた通り魔法を得意としているらしい。アリアスは見てわかるような巨大な板発条をさらに鉄で補強した巨大な弓を持っている。ここまで巨大な弓ならケイブトロールにも効くだろう。
「正直、私と父上からお借りした兵、そしてアリアスがいれば領内で片をつけられる問題だと思っていたのですが……」
一通りの説明を終えたネリアが余計なひと言を付け加えた。
「おいおい……」
アレクシスが困惑の表情を浮かべる。
「それで済むなら、そうしていただいた方が良かったのですがね。私もこんな不快な思いをせずに済んだ」
エミルが殿から嫌味な言葉を挟む。
「ですが父上は、手持ちの兵に被害が出るのを躊躇ったのでしょう、だからあなた方に依頼した。依頼が成立した以上は私が口を挟むことではありません。あなた方にはきちんと代金分働いていただきます」
一向に微妙な空気が広がる。それに助け船を出したのがアリアスだった。
「申し訳ない。このところネリア様は魔力の向上によって少々自信過剰になっている。失礼な発言、許して欲しい」
アリアスが振り返って頭を下げる。
「自信過剰? 黒き木々の中で、私ほど魔法に長けた者がいるというのですか? 私のウィンドブレードなら、トロールの首を落とすくらい簡単に……」
「それを自信過剰と言うのですネリア様。外の世界の強者からすればあなたの腕はまだ井の中の蛙でしかない。それを教えるためにコナー様は外部の協力を借りたのです」
アリアスは続ける。
「あなたが今すべきことは、自分の力がどこまで通じて、どこから通じないのか。そして外の世界の強者がその枠組みをどれくらい外れているか、それを知ることです。自分の名代という形であれ、この討伐にネリア様の同行を許したコナー様のお考えをご理解ください」
「……わかったわよ」
ネリアは渋々承知したようだ。
アレクシスが褒める。
「主君であろうと諌めるべきは諌める、なかなか出来ることじゃあない。安心しな、ちゃんとこちらの指示に従ってくれれば、依頼主様を危険にさらすようなヘマはしねえよ」
普段は物静かだが、言うべき時に言わなければいけないことは言う人物。
ハルの中でアリアスという人物の評価が上がる。
そしてアリアスが諌めなければいけない、ネリアという少女の気の強さと無鉄砲さも、同時に理解した。
話を続けながら岩山を目印に森の中を進む一行。
そして、森に入ってから2時間程が経過した時。
グレイの表情が変わった。
「……探知魔法に引っ掛かりました。このサイズは間違いなくケイブトロール、しかも2匹一緒にいます」
全員が緊張の度合いを高める。そしてそれはハルも同じ。集中力が闘技場の試合前のように高まってくる。
次の瞬間、グレイが叫んだ。
「まずい、2匹がこちらに急に近づいてきます、どうやら感付かれた!」
相手が気づかないうちに遠距離からのグレイの魔法とエミルの属性矢で1匹を足止めし、残りをアレクシスたちで叩く予定だった当初の作戦は早々に破綻した。だがまだ距離はある。
グレイが攻撃魔法の詠唱を開始する。続けてエミルが自分に筋力強化の魔法を素早くかけると、続けて風属性付与の魔法の詠唱を始めた。
「嬢ちゃんは下がってろ!」
アレクシスの言葉に、ネリアが答えるように叫んだ。
「言うまでもないと思いますが、森の中です。炎系統の魔法は決して使わないでください!」
その直後、ケイブトロールの姿が遠目に見えた。
4メートルはあろうという巨体。理性を失い赤く染まった眼。生物とは思えない青紫色の肌。胴と腰にわずかな布切れを纏い、革のサンダルを履いているのは、恐らく暴走前の名残なのだろうか。
アリアスも弓に矢を番え、大きく引き絞る。
「左の方が早く来るな……。よし、魔法と弓は右の方を狙って足止めしろ! 左の方は俺とハルで防ぐ。こっちの戦闘中にもう1匹が乱入されると厄介だ、2匹を引き離せ!」
素早く指示を出すアレクシス。
「了解、まずは足を狙います! ウィンドブレード!」
いち早く詠唱を完成させたグレイがまず風の刃を放つ。文字通り風を切って風の刃がケイブトロールの足を狙う。
だが、ここで一つ誤算が起きた、ネラの森の豊かさを甘く見ていたのだ。放った風の刃は生い茂る下草を無数に刈取り、なおかつ太い木の幹も掠めていたのだ。当然威力は落ちる、その威力の落ちた風の刃は、ケイブトロールの足を出血はさせても、足止めすることはできなかったのだ。
「エミル、とにかく足を狙え! 後は何とかする!」
その声をアレクシスが出すより早く、エミルは「風の矢」を後方のケイブトロールの左膝に放っていた。
次の瞬間、膝に命中した矢は大きな渦を巻き、左膝を破壊する。そしてまた次の瞬間、アリアスが放った矢が、同じケイブトロールの右膝を貫いた。ケイブトロールもさすがに両脚のダメージに耐えられず、その場にしゃがみ込む。
それを待っていたアレクシスが後方のケイブトロールに突進する。弱った敵は早々に討て、それが戦場の鉄則だ。
だが、ケイブトロールの次の行動は、全員の予想を裏切るものだった。
こちらに向かっていた前方のケイブトロールが、後方のケイブトロールを守るように後ろに退いたのだ。
「ちっ、さすがは番いということか!」
再度の判断ミスにアレクシスが舌打ちする。
このままでは突っ込んだアレクシスは動けないケイブトロールと戻ってくるケイブトロールの挟み撃ちに会う。しかも距離がない、下手な魔法は撃てない。
まずい。
誰もがそう思った次の瞬間、詠唱の声が聞こえた。
「ボイルドウォーターボール!」
その声と共に、丸い水の塊が前方のケイブトロールに直撃した。ケイブトロールが悲鳴を上げ、直後に大量の湯気が湧きあがる。
ボイルドウォーターボール。水球を限界の100℃まで熱して、敵にぶつける魔法だ。
そして、それを放ったのは……後ろに下がっていたはずの姫様、ネリアだった。




