13 森からの依頼
「おーい、喜べ。大口の依頼が来たぞ!!」
アレクシスがいつもの笑顔で練兵場に顔を出した。
団への直接の依頼は基本的に、メリルを通して行われる。
依頼の概要をメリルが受け、その内容をハイン、グレイ、エミルの誰かに伝える。その上で3人がアレクシスに最終判断を委ね、依頼を受けるかどうかを決めるのだ。
丁度練兵場でグレイに魔法の手解きを受けていたハルは、その場に居合わせていた。
ハルもグレイに教えを受けて1年強が過ぎ、魔法が使えるようになっていた。……ただし当初の見立てとは少々違う形で。
ハルのように『魔力はあるがその対外放出が苦手』という人間は、大抵自己強化魔法に適性がある。統計的にそういった傾向がある、と一般に言われている。
だが、ハルには自己強化魔法の適性がそれほどなかったのである。使えないというわけではないが、持っている魔力量に比してずいぶん効率が悪いのだ。
代わりと言えば何だが、グレイの手解きの中でハルは、自分に適性がある魔法を発見していた。
付与魔法。
武器に何らかの属性を宿して切りつけたものを燃やしたり、傷口を凍らせたりする魔法、いわゆる魔法剣だ。
この魔法は自己強化魔法以上に使用者が少ない。そのため鍛錬のノウハウも他の魔法に比してそれほど研究されているわけではない。そのため、ハルも現在使える付与魔法はただ1種類のみ。しかもその属性はかなり特殊だ。だが、その魔法は自分の戦闘スタイルと合わせて、使いようによっては本来以上の効果を上げられると確信していた。
……今のところは。
「どんな依頼なんです?」
グレイがアレクシスに尋ねる。
「まあ焦るな。まず報酬からいこう、金貨50枚だ。かかる期間は移動を含めても長く見積もって10日、運が良ければ1週間もあれば片付く。おまけに交通費も向こう持ち、少人数なら現地まで馬車を手配してくれるそうだ」
「お、そりゃでかいですね。この間の暴走ギガースの討伐の依頼者はずいぶんセコかったからなぁ。
首を切り落として谷底に叩き落したのを見届け人もしっかり見てたのに、討伐部位を持って帰らなかった、とか言って値切られちゃいましたからね」
この世界では大まかに言って、金貨・銀貨・銅貨・石貨の4種類の通貨がある。
日本円で言うと金貨は10万、銀貨は1万円、銅貨は1000円、石貨は10円。これに加え、もっと大きな取引のために国家が発行する小切手のようなものがあるそうだが、ハルはまだ見たことがない。
「んで肝心な依頼の内容だが、討伐だ。ただ相手が少々厄介でな」
「というと?」
「暴走ケイブトロールの番いだ」
「ケイブトロールですか……」
この世界ではヒト種、エルフ、ドワーフ、人狼といった人間種と、オーク、ゴブリン、ギガース、トロールといった亜人種が存在する。
区別は簡単。相互に子を成せるのが人間種、そうでないのが亜人種である。
とはいえ亜人種も全部が全部、人間の敵というわけではない。
ゴブリンとは恒常的な交易を行っている商人が多くいるし、ギガースやトロールとも、彼らの話す特殊な言語さえ理解できれば交渉は可能だ。実際にギガースの護衛をつけている隊商もいるという。
だが、亜人種は人間に敵対するする可能性が比較的高いのは事実だ。
それが「暴走」という現象である。
詳しい原因は長年の研究によっても分かっていないが、何の前触れもなく突然理性を失い、殺す・食べる・犯す・寝るといった本能的な欲求だけを求める怪物になってしまうのだ。そしてこうなっては元に戻すすべはない、ただ討伐されるのみである。
理性ある亜人種の支配階級も、仲間がそうされても止むを得ない、と認めているのだ。
そして、今回の討伐対象となるケイブトロール。
基本は亜人種のトロールだ。巨大な体躯と怪力を持ち、回復能力に優れる種族。だが、暴走によってそれに加えて特殊な能力を得ている。
皮膚の異常な硬質化だ。鋼鉄の鎧を着こんでいるが如く、並みの弓矢など簡単に弾き返され、通常の剣では掠り傷しかつけられない。
並みのハンターが手を出すには少々荷が勝ちすぎる相手だ。だからこそ、多少の費用が掛かっても『キンタロウの斧』に依頼が回ってきたのだろう。
「確かに面倒な相手ですね。まあ、うちから精鋭を出せばなんとかなりますか」
グレイは考えながらもそう答える。並のハンターでは束になっても敵わない、一騎当千の猛者が集まる『キンタロウの斧』だからこそ言えるセリフだ。
そこに、アレクシスが言いづらそうに付け加える。
「実は、面倒事はもう一つあってな……エミルはここにいないよな?」
「何です?」
アレクシスが再度辺りを見渡し、そこにエミルがいないことを確認して言った。
「今回の件の依頼主なんだが……ダークエルフの族長だ」
グレイが露骨に顔をしかめた。




