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10 取っておきの技

「さて、始めようか。さっき言った通り、最初からクライマックスだ」


 アレクシスが両手で正眼にロングソードを構える。

 ハルも同じくショートソードを構える。


 だが、まともに打ちあえば間違いなくこちらが力負けする。

 アレクシスの取っておきとやらがどんな技かはわからない、

 だが構えからすると、一気に距離を詰めた上での渾身のロングソードの一撃に見える。


 ただ、ハルの心に小さな疑問が湧いた。

 そんな単純な技を「取っておき」などと言うだろうか?

 もちろん、その言葉自体がブラフの可能性は高い。

 だが、ハルの心にその疑問は燻り続ける。

 こういった勘はしばしば当たる。ハルは長年の剣闘士生活でそのことを身をもって知っていた。



「行くぜ!!」


 怒号と共にアレクシスが突進した。やはりロングソードの一撃なのか?

 だが次の瞬間、ハルは奇妙な点に気付いた。

 アレクシスは右手だけでロングソードを振っているのだ。

 先ほどは間違いなく両手で構えていたのに。なら空いた左手はどこに?


「うりゃあ!」


 右手だけで振っていても、驚異的な膂力を持つアレクシスの一撃は信じられないほどに重かった。

 かろうじてショートソードで受け流したハルは、体勢を崩したままそのまま後ろに飛びのく。

 だが、これで終わりでないことをハルは確信していた。


「はぁぁっ!!」


 アレクシスの左手は、腰の武器ホルダーに巧妙に隠されていた手斧に伸びていた。

 そして次の瞬間、アレクシスの左手が消えた。

 同時にハルの頭にアラートが響き渡る。

 崩した体を必死で立て直そうとするハルに、恐ろしい勢いで手斧が飛来した。

 このまま体を立て直せば、その頭の位置に間違いなく手斧が突き刺さる。

 確かにこのコンビネーション、初見で躱せる者はほとんどいないだろう。


 そしてアラートが出した答えは、「このまま体勢を崩せ」だった。

 その指示に従い、ハルはロングソードの一撃の勢いを受け流さず、後ろに倒れこむ。

 頭上のすぐ上を恐ろしい音を立てて手斧が飛び去って行った。


 だが、この間合いはまだ危険だ。アレクシスがさらに一歩踏み出せば、巨大なロングソードの刃は十分にハルに届く。

 まさにその通り、次の瞬間にはアレクシスの刃がハルに襲いかかっていた。


 ハルのアラートも「倒れたまま右に転がれ」「左に転がれ」という程度の回避策しか出せない。

 だがその剣撃の何回目かを躱した瞬間、奇妙なアラートがハルの頭に浮かんだ。


「このままバク転で立ち上がり、そのまま全力で垂直に飛べ」


 ハルは悩む間もなくその指示を実行する。

 バク転で後ろに飛びのきながら立ち上がり、そのまま高くジャンプする。

 一瞬前までハルの胴体があった位置を、Uターンして戻ってきた手斧が通り抜けて行ったのはその直後だった。


「おー、今の技をあれで避けたか。今のところは合格点だな。じゃあ、解説といくか」


 戻ってきた手斧を受け止めたアレクシスが爽やかに笑う。



「剣の一撃と手斧の投擲のコンビネーション、それが基本だ。だが俺はそれにもう一工夫加えた」


 アレクシスの手斧を持つ左手と、手斧との間に細い糸のようなものが見え始めた。

 アレクシスが先ほどまでかけていた隠蔽魔法を解いているのだ。

「こいつは俺のオリジナルの魔法でな。『マジックロープ』って補助魔法があるんだが、それに少々手を加えたものだ」


 ハルも聞いたことがある。

 魔法使いの初級の補助魔法。言葉通り、魔力でロープを編み上げて敵に投げつけ、動きを封じる魔法だ。

 熟練の魔法使いが行使すれば鉄の鎖で縛られるのとそう変わらない強度で敵の動きを封じられる。

 初級魔法ではあるが応用範囲が広いため、この魔法の使い方の上手さで魔法使いの熟練度が図れる、とまで言われる魔法だ。


「こいつはマジックロープみたいに相手を縛ることはできない。ロープ本体は魔法障壁以外のあらゆる物をすり抜けるようになっている。ただ俺の左手と、この斧を繋いでいるだけだ」


 アレクシスが続ける。


「だが、『何でもすり抜ける』ってことは、何であってもロープを邪魔できないってことになる。 森の木の幹も突き出した剣も、全部すり抜けてこの斧は飛んでいくってわけだ。だからこんなこともできるのさ」


 ふん、と力を込めてあらぬ方向に手斧を投げるアレクシス。

 だがその斧は、まるで急ブレーキがかかったように方向を変え、そのままハルに向かってきた。

 かろうじてその一撃を躱すハル。だが、アレクシスは動じない。


「ほいっと」


 左手の僅かな操作で、一瞬前に避けたはずの手斧が再びハルに向かってくる。

 それも必死で躱すハル。


「よっと」


 再び左手を少し動かすアレクシス。2度躱したはずの手斧が3度ハルを狙う。

 前転しながらアレクシスと手斧を繋ぐ直線をハルは薙ぎ払う、だがそこには何の感触もない。


「言ったろ、こいつは『縛れない、切れないロープ』なんだ。剣なんかじゃ邪魔できない」


 再びアレクシスは手斧を左手に戻す。



「さてと、種明かしもすんだし、もう1セット付き合ってもらおうか。これで合否を見るからな」


 これで1対1でのアレクシスの攻撃パターンはわかった。

 剛剣の一撃で敵を中距離まで離し、そこを糸で操った手斧で牽制する。

 身の回りを飛び交う手斧、当然相手はそちらに気を取られる。

 翻弄された相手にアレクシスが直接一撃を加える。

 さらに恐ろしいのは、牽制のための手斧でさえ、食らえば致命傷になりうることだ。

 理屈はわかった。さてどう凌ぐか……。



 ……ひょっとしたら恩返しは最初の1歩で躓くかもしれないな。


 ハルの脳裏をそんな思いが掠めた。


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