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町が赤く染まっている。
一瞬夕陽の赤かなと思ったんだけれども、これは違う。
炎の赤だ。
ボクは今、桃色の宝箱に戻ってきたんだと思う。
そしてその宝箱はまだ開けられていなかったみたいで──。
そこはいつか見た迷宮の入口で出口で、そして冒険者ギルドだか迷宮探索者組合だかの1階で、そしてどこぞの町の中だった。
「これは酷いな」
とボクは思わず呟く。
それなりの枚数があったはずのガラス窓は漏れなく割れて、或いは融けて、無くなっている。
頭がない五寸釘に刺さっていたはずの依頼書と思われる紙はどれもこれもが変色して、あるいは燃えつきて灰と化している。
──これは、何?
……戦争?
災害?
いや、何が起こっていようとも、ボクにとっては同じだ。
ボクはただここに在ることしかできない。
人が次々と迷宮の中へと避難してくる。
「いや、迷宮に避難って……何かおかしくない?」
とボクは思うんだけど、彼らに迷いはない。
ボクの周りもぐるっと人が囲むようにして座っている。
時間が経つうちに、ちらちらとボクの方を見る人が出てきた。
どこからか鍵を取り出す人が出てきた。
ボクを椅子代わりにしていた人たちが立ち上がった。
ああ、クッキーが入っていると信じてボクを開けるんですね、分かります。
でも、ごめんね?
今回はクッキーじゃないんだよ。
今回は、何と!
「えっと、これは何かな?」
鍵を開けたおじさんが吃驚している。
周りの人たちも、同じように吃驚している。
苺とブルーベリーのショートケーキ(直径30cmくらい)だけど、何かまずかったのかな?
ちょっと豪華な3段重ねにしてみたんだけど。
……ごめんよ、空気を読まなくてごめんよ。
でもこれを作った時のボクに、この空気は読めなかったよ。
超能力者じゃないからね、ボク。
「食べ物? 食べられる物?」
うん、食べられると思うよ。
味見が出来ない体になっているし、異世界人だしで、味の保証まではできないけどね。
──もしかしたらボクがいつも作っている、初心者用クッキーと同じ味かもしれないけどね!
「いい匂い」
「うん、甘い匂いだね」
さっきまで死んだような目をしていた子供たちが、笑顔を見せている。
毒見だか味見だか知らないけれども、鍵を開けたおじさんがまず一口食べてみるみたいだ。
まあ所有権があるのはおじさんだからね。
「どれ、一口……おお、甘いな! 柔らかいな!」
良かった、感想がちゃんとケーキっぽい。
もっと色んな感想が聞きたかったけど、おじさんがケーキを皿ごと持ちあげたから、ボクの体はうっすらと消えていく。
というか、皿って……。
今は迷宮の入り口だからいいけど、もしも奥だったら持って帰るのが大変だったよね。
ちょっと反省。
「よし、みんなで食おうぜ! 一口ずつな!」




