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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第二章:追いかけっこ
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1:レンカの場合

「お腹すいたなあ……」


 とぼとぼと彼女は狭苦しい道を歩いていた。

 里はいろいろと混み合いすぎてよくわからない。

 それ以上にお腹がすくのがかなわない。

 早く邑に帰ってお腹いっぱい食べさせてもらうんだ、と彼女は心に決めていた。


 だが、二人とはぐれてしまったし、しばらくは邑に帰れそうにない。

 レンカはくうくう鳴るお腹を抱えて、二人を捜してさまよっていた。


「あ、いい匂い……」


 お腹を直撃する香りに、くらくらする。


「なんの匂いかな……」


 こんがり焦がした魚と醤油、それに麺類独特の香り。

 慣れた人間なら、ラーメンだとすぐにわかるだろう。

 だが、少女にはそれは初体験の香りだった。香りに誘われるようにふらふらと路地を進む。


 小さな空き地があった。大通りから少し奥に入ったところだ。

 学園の施設をつくるには不便すぎ、店を建てても集客が見込めないようなそんな場所。そこに、ひとつの屋台がとめられていた。


 屋台からひっぱりだされた帆布地の屋根の下に、折り畳み式のベンチとテーブルが置かれている。

 そこでは、授業が終わったのだろう学生たちや、営業途中なのか残業への備えなのかスーツ姿の会社員などがラーメンをすすっている。


「あぅ」


 強烈な香りに、お腹がくうと大きな音をたてる。

 唾が自然と口の中にたまって、喉の奥がきゅうっと苦しくなる。


「うううう……」


 食べられないとわかってはいても、匂いにたぐりよせられる。

 いつのまにか、レンカは屋台の隣に立ち、かき混ぜられるスープを見つめていた。


「なんだ、お嬢ちゃん、一杯喰うかい」


 湯気の向こうから、屋台の主と思しき髭面が、問いかける。


「えっ! あ……えと、あたし、お金ないんです……」


 ぱぁっと顔をほころばせかけたレンカだったが、里では金がないとものがもらえないということを思い出した。

 しゅんと顔をうつむかせるレンカ。


「むう、そりゃ困るな。うちも商売だからなあ。はい。醤油一丁あがったよ」


 カウンターに座っている男に、どんぶりを差し出す髭面。

 しかし、その時、男の胸ポケットのあたりで、なにかが振動しはじめた。どんぶりを受け取ったあと、器用に片手でスマホを取り出し、通話をはじめる男。

 男は、慌ただしく通話を終えてスマホをしまうと、髭面に向かってすまなそうに手をあげた。


「あ、親爺さん、ごめん。これ、食えないや。お金おいとくから」


 そう言って、札を一枚置いて駆け出す男。


「あ、お客さん! ……あーあ、行っちゃったよ」


 釣り銭を握って、髭面は嘆息する。

 見捨てられたどんぶりを手にとってから、ふと、レンカのほうを見た。


「お嬢ちゃん、これ喰うかい?」

「え、あ、う、え?」


 しょんぼりとしていたレンカは、不意の提案に慌てふためいて言葉にならない。


「どうせ捨てちまうよりは、喰ってもらったほうがいいからな。どうだい」

「た、食べる、食べる、いえ、食べますっ」


 勢い込んで言うレンカに、髭面親爺は苦笑しつつも、なんだかうれしそうに、そのどんぶりを差し出す。


「じゃあ、そこらに座って喰いな」


 顎をしゃくってテーブル席を示す。レンカはうれしそうにこくこくとうなずく。彼女はどんぶりを大事そうに抱え込み、他の人間が座っていないテーブルについた。


「えーっと」


 きょろきょろと周囲を見回し、まわりの客に倣って、テーブルの上の箸を手にする。


「いただきまーす」


 ほかほかと沸き上がってくる湯気。食欲を刺激する香り。

 唾をごくりとのみこんで、レンカは、ついに麺を箸にからませた。


「おいしそう」


 とろけそうな笑みを浮かべ、ようやくごはんにありつける、と思ったその時。

 どんぶりが破裂した。


「へ」


 ぱかりと割れたどんぶりは、大地に落ち、中身ももちろんテーブルからレンカの服から砂利まじりの地面まで散乱している。


「ふぇ?」


 あまりの事態に状況を理解できていないレンカの耳に、少女たちの歓声が聞こえてきた。


「さっすがー、人吉さん」

「人吉、ないすー」

「アーチェリー部、人吉ひとよし美春みはる。ほのかさまのためなら、百発皆中」


 真っ青に塗り上げられたコンパウンドボウを手にした少女がまんざらでもない風に呟く。そのボウの先は、いまもぴたりとレンカを狙い定めている。


「な、なになになになに?」


 ラーメンまみれの服で、がたんと音を鳴らして立ち上がるレンカ。

 まわりでは髭面親爺をはじめ、客たちが全員そろって急に出現した十数人の少女たちを眺めている。

 アーチェリーをかまえた少女の横に、胸当てをつけた袴姿の少女が進み出る。手の中には、長大な和弓。


「私も負けてはいられません。弓道部、黒原くろはら千景ちかげ參る」


 言って弓を引き絞る黒髪の少女。その矢の目指す先はもちろん、レンカ。


「ええええっ」


 レンカは、咄嗟に後ろを向いて、駆け出した。ぽすっという音に振り向けば、その足元に、一本の矢。


「ちっ。はずした」

「やああああ」


 明らかに自分を狙っていると心底納得して必死に逃げはじめる。


「まてー」

「まてまてー」


 きゃらきゃらと笑いあい、愉しげに追いかけはじめる少女たち。

 そんな集団に追いかけられながら、レンカは叫んでいた。


「ごはんーーーー」

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