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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第五章:享楽の時
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7:エロスとタナトス

 ほのかはランカの言葉にくりんっと目を回し、空想上の家系図を空中に描き出す。


「ええと。たしか、私の祖父の姉がおにいさまの曾祖母だそうですわ。つまり、私の三代前と彼の四代前が同じということですわね」

「たしかかい? じゃあ、あんたも巫女の血をひいてるってことだ。道理でな」


 その言葉に二人とも目をむいて彼女を見つめる。


「はあ? うちの母が巫女じゃないのか?」

「何言ってるんだ? 巫女は六代前にあんたらの家系にはいってるぜ」


 あっけらかんと言う。

 それを聞き、ぽかんと口を開ける様が写し取ったようにそっくりなことに気づいて、ランカは笑いを忍ばせる。


「同じ血をひいててよかったなあ、ほのか。死なないですんだんだから」

「あ、あなたねえ」

「あ……やべ」


 ランカの視線の向こうで、トウテツがもぞもぞと身をうごめかした。

 食べ物から離れ、甲板にうずくまるような形をとった薄汚れた灰色の塊は、ぷるんっとその身を震わせた。


「あれ? なんか……」

「大きくなってません?」


 たしかにそれは大きくなっていた。

 ランカの銃弾により削り取られたはずの体は初めて現れた時の大きさよりさらに大きくなりつつあった。


「このままじゃまた分裂するな」

「何落ち着いてらっしゃるの! 早く方法を」


 くだらない口げんかしてたのはいったいどこのどなたですかね、と言いたくなるのをぐっとこらえてランカは彼女の目をのぞきこむ。


「いいのかい? 本当に」


 二人は顔を見合わせ、すぐにランカに向き直ると、同時にうなずいて見せた。

 ほのかの指が、ハルのシャツのすそをきゅっと握り締めているのが見えて、ランカはなぜか無性に腹が立った。


「んじゃ、キスしな」

「……は?」


 長い沈黙のあとで、二人はそろって間抜けな声をたてた。


「キスしたまんま刺すのが一番だ」

「ば、ば、ば、ば、ばかにしないでください!」


 トマトより真っ赤になりながら、ほのかはランカに詰め寄る。ハルはぽかんと間抜けな顔をさらしている。


「莫迦にしてねえって。あいつは要するにタナトスの化け物だ。それに対抗するには生命の豊穣さをもってするのが自然な発想だろう? 分裂生殖するやつに理解できない概念なんだよ、エロスってのは。まあ、もちろん、本当はあれやりながらが一番だけどな。それで刀つきたてられるやつぁ普通いねえからなあ」

「あれ?」

「あれはあれだよ」


 にやあと笑み崩れ、銃を持った手で器用に猥褻な仕種をするランカ。


「な、な、な……」

「鶺鴒が尾を打ち振る動作っていうんだぜ。この学園にはふさわしいよな」


 もはやほのかも言葉がない。ぱぁくぱくと口を動かすばかりだ。


「さ、さ、早く早く」


 鉄扉を開いたランカはおそれげもなくトウテツに近づいていく。

 化け物はうずくまったまま、徐々に徐々に大きくなっていこうとしているように見えた。

 二人はランカの促すままに、油の切れたロボットみたいにぎくしゃくと進み出た。おぞましい塊の傍だというのも忘れて、月の刀を中心に対面する。


「は、早く終わらせて」


 つんとあごをあげ、目をつむるほのか。


「早くったって」

「いいから!」


 頭に血が上りすぎてハルにはなんだかよくわからない。聞こえるのは、どこかで鳴り響く早鐘だけ。

 いや、これは自分の心臓の音だ。

 ゆっくりと身をかがめ、顔を近づける。

 視線はほのかの桜色に艶めく唇に釘付けだ。微かに震える唇は、やわらかそうで、魅力的で、おいしそうで……。


 二つの唇がゆっくりと近づき、お互いの吐息が、互いの肌を探り、和毛がふれあい、体温が伝わりあい、ついにそのやわらかな粘膜同士が押しつけられようと……。


「ってのは冗談だけど」


 いくつもの銃弾が銃から吐き出され、直下のトウテツにたたき込まれる。

 連続した衝撃はトウテツを刺激したのか、大きく身を起こすと、まさに重なろうとしていた二つの体へと襲いかかった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 声にならない悲鳴を上げる二人は、月の刀を思い切り引き合い、その鞘走る勢いのままに、ハルが刀身を叩きつける。

 それは光りもしなければ、なにか音が鳴ったわけでもなかった。劇的なことは何一つ起きなかった。

 ただ、ぶよぶよとした灰色の表面に鮮やかに突き入れられていた。


 びしゃあん。

 薄汚い波が二人を包み込んだ。



                    †



「~~~~~~~~~~~」


 わけのわからぬことを叫び立てながら、ぽかぽかとランカに殴り掛かるほのかを見ながら、いやな汁でずぶぬれのハルはへなへなと座り込んだ。

 その周囲には緑とも黒ともつかない色のべとべとした粘液がぶちまけられている。

 トウテツの成れの果てだ。


 ハルは疲れた表情を浮かべながら、以前に分裂した小さなトウテツに月の刀を突きたててみた。

 これも簡単に断ち割られて、残るのは粘液だけ。

 あまりのあっけなさに、笑いすらこみあげてくる。


「いてえ! いてえって! わ、悪かったよ。でも、怒らせたほうが成功率高いんだよ。いてえいてえってば」


 ランカのいいわけも耳には入っても頭には入らない。

 ただ、これで終わったのだという驚きのようなものと、唇に一瞬だけ感じた感触だけが彼の頭の中を占めている。

 いや、本当にあれは感じたものだろうか?

  実際は触れる前に離れたのではないだろうか。妄想なのか、それとも現実だったのか。


 ちらっとほのかを見やり、ハルは考えるのをやめた。そんな事を考えてると知れただけでえらいことになりそうだった。


「いや、本当。キスも大事なんだって。あたしがしたってよかったんだぞ。いて、いてえっ。なんだよ。急に激しいっ」


 ふらふらと体をひきずって、欄干までたどりつく。鉄柵を伝ってなんとか体を起こした。

 下を見おろせば、逃げたはずの級友たちの姿がいくつもある。

 教師もいた。パトカー、救急車に消防車の姿まであった。あの黒の制服は自治会だろう。厄介なものまで連れてきて。

 ハルは小さく笑みを浮かべた。


「暴力女だー。夫殿たーすーけーてー」


 わざとらしい悲鳴をあげつつ、彼の背にもぐりこむ体を感じる。

 楯のように押し出された目の間には、ふーっふーっと猫のように全身を緊張させたほのか。


「おにいさま、その莫迦女をかばうおつもり」

「え、いや、そんな」

「助けて! 夫殿ぉ」


 甘えるような声で体をすり寄せてくる。

 緊急事態で忘れていたが、ランカはまだバニー姿のままだ。肌が、太ももが、なにかの膨らみが彼の体にまとわりつく。


「ええい、離れなさいっ」

「こわいよぅ」


 ぎゅうっと抱きしめられる。あまりの力にハルはけほっとせきこんだ。


「あ、そうだ」


 なにか忘れ物でもしたかのように、ランカはハルの顔の真横で軽く呟く。


「あれ、最後の一匹じゃないからな」

「なっ」


 一転青ざめるほのか。ハルは、きゅうと奇妙な声が喉の奥から漏れるのを感じた。


「これからもよろしく。お二人さん」


 そう言って彼女は再び獰猛な笑みを浮かべるのだった。



                    †



 リンカとレンカは救急車に運び込まれようとしていた。倒れているところを保護された形だ。


「ねえねえ。あれってひどいよね。やきもちだよね」


 並べて寝ているリンカに小さく呟くレンカ。


「ん」

「キスさせといたほうがいいのにね」

「意地悪ランカ」

「うん。かわいいねえ、ランカちゃん」


 再びレンカは眉根をよせる。


「あれ、これも自画自賛? どう思うレンカちゃん」


 二人はそんなことを言い交わしながら搬送されていった。

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