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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第四章:準備と予兆
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3:葬礼

 クラス会は紛糾した。

 クラスメートの死は、全員の胸にショックをもたらし、女子のなかには涙にくれるものも多かった。

 あるいは涙をのみこんでいる男子もいたかもしれない。


 そして、それに伴って学園祭を辞退せよとの教師陣のほのめかしは、クラス全体に怒りをかきたてた。

 いろいろな意見が出るものだ。

 いまはまず小山内の冥福を祈ろうという者もいた。

 死の原因を究明しようという主張もあった。

 亡くなった者の分まで壮麗にやりとげてみせようという意見もあった。

 様々な議論が渦巻き、収拾はつきそうになかった。


 ひとまず葬儀が終わるまでは作業を中止し、再開するかどうかは委員の判断に任せようという無難すぎる結論が出るまでに、実に四時間もの時間がかかった。

 その間中、ほのかは青ざめた顔でずっと沈黙を守っていた。



                    †



 教室には薄暗い緋色がわだかまり、あらゆるものをその色に染め抜いていた。


「神月、帰らないのか」


 机の上に腰掛けた影が、もう一つの小さな影に向けて言葉を吐く。その言葉さえ、夕暮れの紅に彩られている。


「あなたのほうこそ」

「なんとなく、さ」


 はぁと小さくため息をついて、うずくまっていた影はあらためて机の上につっぷした。

 その体勢のまま、くぐもった声を押し出す。


「一人きりで泣かせてあげようとか優しい騎士道精神はおありではないのかしら?」

「困ったことに下賤の生まれでね。まあ、透明人間だとでも思いなよ」

「透明人間は、そんなこと言いませんわ」


 微かな笑いの口調。


「あったことあるのかい? こりゃ驚きだ」

「誰にですの?」

「透明人間にさ」

「あはっ。あはははははは……あは、ふ……く……」


 唐突な笑い声は、長く長く続き、いつのまにか細かい嗚咽へと姿を変える。

 その声がおさまるまで、『透明人間』は何も言わなかった。身じろぎさえ、けしてしようとはしなかった。


「あなたっ、もっ、私のっ、せいだとおもってらっしゃるんでしょう?」


 その問いは、涙と乱れた息のせいで、ずいぶん聞き取りづらかったが、それでも氷のように冷たいことだけはよくわかった。


「……誰のせいでもない」

「嘘」

「残念ながら、嘘は苦手だよ。……だから、君を責めたてて、気を紛らわせてやることもできない」


 その音は案外に小さかった。鞭のようにしなった腕は、しっかりと彼の頬を捉え、鋭い破裂音とともに痛みというよりは熱いものを走らせた。


「三回目だな」

「賢しらなっ」


 そう言い捨てて走り去る彼女の背中を、彼はじっと見つめていた。


「嘘は、苦手、か。それも嘘だな。ただ、へたなだけだ」



                    †



 葬儀というのは、つまりその時間に故人とその記憶を焼きつけることなのだ、と夜光ハルはぼんやりと思った。

 一つの限られた時間に焼きつけられた思い出は、もはや『現在』も『未来』も持たず、共に歩むことはもはやない。道の彼方、はるか過去から、こちらを見守ってくれているだけの存在になってしまうのだ。


 それをお互いに確かめるための儀式、それが葬礼というものなのだろう。

 それがいいことなのかわるいことなのか、ハルにはわからない。

 悲しいことなのか、うれしいことなのか、それすらもわからない。

 ただ、それはどうしようもないほどに『必然』で、喉がからからになるくらい寂しいことなのだ。


「君たちの儀礼とはだいぶ勝手が違ったろうけど、疲れたかい」


 学園でもめったに見かけない盛礼装制服をつけたハルは肩パットのずれに顔をしかめながら、隣を歩く少女に話しかけた。同じ盛礼装の少女は無言で首をふった。

 首から胸にかけて鶯のひれたれをつけているのが、周囲にまばらに歩いている同年代の盛礼装の集団からは浮いて見えた。

 たぶん、それは彼女たちなりの葬礼の一つなのだろう。


 行き交う同級生たちと静かに会釈をしあう。今日ばかりは、いつもふざけている面々も、ただただ沈黙を保っていた。

 ハルは、小さく首をふって、歩みを進める。

 葬儀場から学園へはそれなりに遠いけれど、ゆっくり歩くのも一つの儀式になる気がした。


「ところで、二人は?」

「今日は私の日」


 簡潔な答え。相変わらずリンカは口数も少なければ、表情も薄い。

 しかし、ハルはなんとなくこの少女とコミュニケーションがとれるようになっていた。


「……まさかローテーションなの?」


 こくり。

 無造作にうなずく仕種に、ハルは以前からの疑問をぶつけてみる気になった。


「あのさ、君たち嫁になるとかってのは、本気なの?」


 こくり。


「それはなんでだろう? 愛情からなんてことはないよね? 言いつけられたから?」


 リンカは答えなかった。

 ただ、立ち止まり、大きな瞳をまっすぐに彼に向けるだけ。

 周囲を人が行き交う中で、じっと見つめ合うのは、なかなかに気骨がいる。沈黙が三十秒をすぎた頃から、ハルはそわそわしはじめた。なんとなく責められているような気分にもなる。


「夫殿は、私たちが迷惑か」

「迷惑というわけじゃないけれど……」


 特にこれまで実害は被ったことはない。

 寮に押しかけられたときは辟易したが、迷惑と言うわけでも……。

 あ、いや、周囲……特にほのかの目線はきついけれど。


「なら、よい」

「よいって言われてもなあ」


 迷惑じゃなくて困惑するんだってば、と心の中で呟くハルの手を、リンカの白い指がつかんだ。

 どきりとするハルを存外に強い力でひっぱるその手。


「夫殿、いこう」

「行くってどこへ?」


 このときばかりは微笑んで、彼女は言う。


「たいやきだ」


 彼女の指す先で、たいやき屋の親爺が手を振っていた。



                    †



 葬儀に、神月ほのかの姿はなかった。

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