表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第四章:準備と予兆
22/34

2:もう会えないあなた

 その夜。


「んぅ……」


 寝つけずに何度も寝返りをうって、ほのかは苦しげにうめく。

 うつらうつらとはするものの、気がつけば部屋の暗闇と対峙している自分がいた。

 それは小山内京子の失踪――なのかどうかもまだわからない――ともう一つ、ルームメイトの不在から来る不安感がもたらすものだった。


 上体を軽く起こし、枕の脇の懐中時計を見たあとで、部屋を見回す。

 空のベッドが一つ。そこには赤い枕カバーがしつらえられていた。ランカのものだ。

 部屋に帰って来たのが日付が変わるか変わらないかという時間。

 ランカがいないことに気づいた彼女が軽いパニックに襲われたところを、


「ランカちゃんは夜遊びだよー」


 と暢気にレンカになだめられたものの、それからもう三時間が過ぎている。

 しんしんと夜の静けさが聞こえてくるような、そんな時間だ。

 だというのに、まだランカは帰って来ない。


 三姉妹の残り二人は普通に眠りこけているのを見ても、不安はぬぐえない。

 この二人は姉妹を心配するということがないのだろうか。

 まずは、寮母に知らせよう、と考えていた時に、微かな光が部屋にさした。


「誰?」


 念のため、枕の下から朱雀をとりだす。朱塗りの刀を胸に抱えながら、ほのかは静かに声を押し出した。


「あ、起こしちまったか、すまねえ」

「ランカさん」


 朱雀を元に戻しながら、ぼわん、とベッドに身を横たえる。


「もう、人騒がせな」

「すまねえすまねえ。あ、あたし、風呂はいってくっから。今度は起こさないようにするわ」


 それだけを言って、人影は出て行く。

 それからしばらくして、眠りに落ちようとする前、ほのかの意識は微かな違和感を覚えた。

 ランカさんてば、土の匂いなんかさせてたけど、いったい何をしていたのかしら。明日、問い詰めてやりましょう。と。


 けれど、ほのかがそのことを思い出すのはだいぶあとのことになる。



                    †



 翌日、ハルは医務室に呼び出されていた。つまり、ルカ先生に、である。


「……何事かなあ」


 言いながら、自分でもなんとなくいやな予感はしている。

 昨日の件――小山内がまだ見つからないという話だろう。

 あるいは……見つかってしまったか。

 最悪の予想を振り切って、彼は医務室の前に立つ。


「ルカ先生、入ります」


 医務室のドアを開けると、先客がいた。

 ほのかが、丸椅子に座ってルカと向き合っている。


「あ、夜光くん」


 その声に振り返ったほのかの顔を見て、ハルは戦慄した。

 その顔色は、不吉以外の何ものも示していなかった。


「なにか……あったんですか」


 二人が揃って口を開きかけ、言葉を発せずに口を閉じる。

 その様を見て、ハルは魚が水面に出てパクパク口を動かしているところを連想してしまい、己の能天気さに驚愕した。

 結局、ほのかが口火を切る。


「小山内さん、亡くなられたんですって」


 あまりの緊張に能面のようになった顔が、そう言う。ハルは言葉をなくした。


「今日、遺体が見つかったの。断定はできないけど、警察は自殺と見ているそうよ」


 ルカがあとを引き継ぐ。

 自殺?

 自殺だって?


「でも、だって、そんな……」


 力が抜ける。体中がぐにゃぐにゃして、膝が勝手にかたかた笑う。


「夜光くん」


 かぼそい声が、彼の名を呼んだ。

 その声は、あの人を思い出させた。

 なんでも笑い飛ばすくせに、一人、夜中に泣いていたあの人。

 そして、その声は、神月ほのかという少女が、一人の小さくてか弱い女の子だということを彼に痛烈に思い出させるのだった。


 顔を引き締め膝に力を込める。自分まで崩れ落ちるわけにはいかない。

 ハルはほのかの横に体を移し、ルカの顔をひたと見つめる。


「小山内さんは、どこで見つかったんですか」

「帰り道の木立のなからしいわ。詳しいことは教えてもらえなかったの」

「僕たちが、彼女と会った最後の人間と考えていいんでしょうか。事情聴取などはあるんでしょうね」


 体に触れているわけでもないのに、隣に座る小さい体が細かく震えているのがわかる。

 彼は自然とほのかの肩に手をおいていた。

 細い肩が、掌の中で震えている。

 彼女は彼をちらりと見たが、いやがるでもなくそのままに任せる。


「それはルカ先生にもわからないけど……もし事情聴取があるにしても、学園の中でさせるわ」

「そうですか……。しばらくは慌ただしくなるかもしれませんね」

「うん。あとは、学園祭のことなのだけれど」


 ぴくんとほのかの体が反応した。ハルは思わずつかむ手に力を込めた。


「中止しろとおっしゃるの?」

「いいえ、そうは言わないわ。少なくともルカ先生には言えない」


 困ったように言うその言外に、他の教諭からのつきあげがあるらしいことが容易に推測できる。

 まあ、予想できる反応だ、とハルは思う。

 とにかく面倒が起きそうなことは排除してしまうのが一番手っとり早い。そう、全て切り捨ててしまえればこれほど楽なことはない。それが組織というものだ。


 ほのかの体の震えが、その質を変えていく。

 肌に朱がさし、さらに赤く染まった。

 ハルは、彼女がなにか言い出そうとする前に、ルカに向けて言った。


「それについてはクラスでも話し合います。その結果次第ですね」

「うん。まあ、ルカ先生は、できれば開催してほしいけれど……ね」


 言葉を濁す。この相手を責めるのはお門違いだとわかってはいても、きつい口調にならざるをえなかった。


「お話がそれだけなら、一度失礼します。神月は具合も悪そうですし」


 ハルはほのかを支えるようにして医務室を出た。その背にルカの声がかかった。


「お通夜は明日の夜よ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ