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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第三章:おそらくは安らかな日々
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4:大騒ぎの予感

『しょうがねえ、おめえの嫁になってやるよ』


 その言葉が、ハルの頭の中をぐるぐると回っていた。

 カタンコトンと規則正しい振動が彼の体を揺らし、さらに頭の中をかき回す。

 路面電車は、彼のそんな心理状態などおかまいなしに、ダイヤにしたがって粛々と運行されてゆく。


「次はゼピュロス寮前。ゼピュロス寮前。男子は降車禁止でーす」


 ああ、女子寮の前を通る。

 ハルは頭を抱えたくなった。

 あれ以来、彼女たちに守り刀を狙われることは無くなったけれど、その代わりにどこに行ってもつきまとわれる。三人が順繰りにつきまとってくるのだから、始末におえない。


 電車が止まる。ちんちんと鐘の音が鳴ってドアが開き、どやどやと十数人の少女たちが乗り込んできた。


「おー、我が夫殿、ひさしぶりー」


 暢気な大声が車内に響きわたる。

 うわっとハルは顔をそらした。

 しかし、声の主はずかずかと人をかき分けて、彼の傍まで来てしまう。


「よ。どうした夫殿」

「あ、お、おはよう」


 諦めて、ランカに挨拶を返すハル。

 周囲で学生たちがひそひそ囁いている。

 実に視線が痛かった。


「おはようございまーす」

「……」

「あら、夜光君。朝からご機嫌ね」


 遅れて近づいてきた三人、レンカ、リンカ、ほのかが挨拶をしてくる。

 リンカのそれは、よく見ていないとわからないくらいの会釈一つだったが。

 そういや、神月も最後が『か』で終わる、などと場違いなことを考えるハル。


「や、やあ、おはよう。えーと、三人ともまだ私服なんだね」


 無難な話題を選ぼうと、無理矢理ひねり出した。

 彼の言葉通り、三姉妹は制服を着けていない。レンカはおとなしめのワンピース。リンカはブラウスに黒のパンツ。ランカに至っては、Tシャツにホットパンツだ。寒くないのだろうか。


「制服、まだできてないんですう」

「そもそも、この人たちにあの衣装を脱がせるだけで大変でしたのよ。あまり無理を言わないでほしいわ」


 不機嫌そうな顔のほのか。なんだかんだ言っても面倒見てやってるんだな、と妙に感心してしまうハル。


「そういやさあ、夫殿。がくえんさい、ってなんだ?」

「そ、その夫ってのやめてくれないかな」

「なんでだよ。あたしゃ、あんたの嫁なんだから、夫は夫だろ」


 目をつり上げて抗議するランカ。あまりの視線の強さで圧倒されるが、それよりも、周囲の視線のほうが痛い。

 なにより、なぜだか知らないが、ほのかの目が暝くぎらついているのはどうしたことか。


「いや、だから、その嫁とかそういう……」


 しどろもどろになる。まずい、ますますほのかの眼がきつくなっている。まるで伝説のメドゥーサのように。


「えと、ま、まあ、あの、人前ではあまり……」

「あら、人前じゃなければよろしいの? 二人きりでなにかするつもりかしら」

「二人きりはずるいですー。私たちも仲間にいれてくださーい」

「いや、だから……」


 まわりの学生たちが、「ハーレム?」「変態」「女の敵」だのひそひそしゃべっているような気がするが、きっと夢だ。夢に違いない。

 そう彼は自分に言い聞かせる。


「で、がくえんさい、ってなんなんだよ」


 苛々とランカが身を揺する。


「えっと」


 説明しようとしたところで、電車がカーブにさしかかり、大きく車体が揺れた。カーブを過ぎて、停留所に静かに止まる。

 大波のように生徒たちは出口から吐き出されていった。

 ほのかと三姉妹、ハルたちもその人波に押され、押し合いへし合いしながら外にはじき出される。


「そういやあ、あの三人、もしかしてうちのクラスなのか?」


 ぐんぐんと自分を押す人波の中で、ハルはいやな汗にまみれていた。



                    †



 教室はいつもの通り、人であふれていた。

 男女あわせて200人もの少年少女が詰め込まれているのだから当たり前だが、熱気で少しくらくらする。

 ハルはそそくさと、教室の後ろのほうに座った。前のほうでほのかと三姉妹を中心に女生徒たちが談笑しているのを見つけたからだ。


「よお、ひさしぶりだな、ハル」

「お、今日は出てきてるのか、みぎわ

「当たり前だろ、こんなときくらい」


 万年サボリ魔のくせに、イベントには必ず顔を出すみぎわ篤彦あつひこは、そう言って笑う。その横では、久隅がくーすかと幸せそうな寝息をたてていた。


 鶺鴒学園は単位制だ。学年があがるにつれ、単位取得の自由度はあがる。そのため、高等部ともなれば、ホームルームの時間以外は、クラスメートと顔をあわせることもない。

 もちろん、同じカリキュラムを選択すれば、頻繁に逢うことになるが、そんな可能性は無きに等しい。


 そして、たいていの場合、ホームルームは大きな事件の前触れか、後始末になる。そう、今回のように。


「学祭の催し物の決定だぜ。逃す手はねえだろ」

「そうだなあ。今年は何だろうね。去年のお化け迷宮は出てこられない客が続出で、途中でやめさせられたのが心残りだ」

「まだ帰って来てない人がいるらしいじゃん」

「うん。設計者も気づかないうちに迷路が増殖してるらしい。おかしいよね。僕の設計は完璧だったはずなんだけど」

「設計者、夜光だったのかよっ」


 そんな馬鹿話を交わす。

 前の席の女子連中が、ちらちらと盗み見てくる視線があるが、あれは、きっとほのかか三姉妹がなにか適当なことをもらしたに違いない。


「そろそろはじめまーす」


 教壇にクラス委員が立つ。

 委員はたしか、小鳥遊たかなしとかいう女生徒だ。

 男女あわせて200人もいて、しかも顔をあわせる機会が少ないと、仲のいい一部の人間以外は顔と名前を一致させるのに苦労する。


 教室のざわめきは多少ダウンして、小鳥遊の声が聞き取れるくらいにはなる。

 いつのまにか担任の原口教諭も来ていて、教卓の横で船をこいでいる。いつ見ても寝ている教師で、ハルは起きているのを見たことがないくらいだ。


「まず、学園祭の開催委員を決めます。全体実行委員、クラス委員、各部の役付きなど、兼務できない人以外から選任されます。誰か立候補はありますか?」


 各所で、おまえがやれよ、いやだよとじゃれあいの声が上がるなか、すっと一つの手があがった。周囲がざわめく。


「私、立候補いたします」


 その手の主は凛とした声でそう言った。

 それは、もちろん、神月ほのかその人にほかならなかった。

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