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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第三章:おそらくは安らかな日々
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3:浮遊宮での湯浴み

「ねえ、ほのかちゃん」


 あたたかな湯につかりながら、レンカが奇妙な声を出す。湯の中から突き出た大きな岩に幸せそうにもたれかかっていたほのかは、うっすらと目をあけた。


「何?」

「なんで、学校の中に、断崖絶壁があるの?」

「のぞき防止のためですわ」

「じゃあ、なんでその崖の上にネットが張ってあって、しかもばちばちいって光ってるの?」

「もちろん、のぞき防止のためですわ」

「んと、じゃあ、崖の下でなんだか大きなものがうごめいているのは?」

「当然、のぞき防止のためですわ」

「何か空から消し炭みたいなのがおちていくんだけど……」

「のぞき防止のレーザー網に何かひっかかったんでしょう」

「屋根の上でぎゅるぎゅる動いてるのは、何?」

「のぞき防止のために据えつけられた機関砲ですわ。ミサイルランチャーもありましたかしら」

「……そこまでしなくても、壁を不透明にするとか……」

「あなた、何を言ってらっしゃるの」


 ざぱりっとお湯をはねのけて、ほのかが身を起こした。

 つつましやかな胸が丸見えだ。


「それでは、気持ちよくないじゃありませんの!」


 ほのかは手をあげ、さあ、ご覧なさい、とでもいう風に手を広げた。

 水面に、さぁっと漣が立つ。

 それは、中空に浮かぶ、巨大な硝子球だった。

 四方を崖に囲まれた空間に浮かぶ、しゃぼん玉。


 その中に、土が、岩が、植物が、鳥たちが、そして、なによりたっぷりのお湯が蓄えられ、その中を少女たちが思い思いに漂い、あるいは泳いでゆく。

 それはまるで、生態系を丸ごと一つ閉じ込めたバイオスフィアのようだった。


 ゼピュロス寮には、俗にゼピュロスの七不思議と言いなぞらえられる施設がある。その一つが、浮遊宮と呼ばれる巨大浴場だ。

 直径百メートルを超す透明の球体は半透明の支柱で四方の崖に固定され、その中にいくつものちがう湯がしつらえられている。

 熱と温度の問題から、環境に強い熱帯雨林の植物が植えられ、その中を色鮮やかな熱帯の鳥たちがゆったりと飛び回る。


 それは、学園という空間の中につくられた異世界だった。

 外は遥か下方まで続く崖。

 内は、あたたかなジャングル。

 利用者は、その両方を心ゆくまで楽しめる。

 唯一の問題は、あまりの絶景に恐れをなして利用する生徒が少ないことだ。


「そりゃ、気持ちいいけど……」


 レンカの反駁を、ほのかは既に聞いていない。小さな白い裸身を湯に沈めて、ほわんと幸せそうな表情。


「まあ、いっか」


 あたしも愉しもう、と肩まで湯につかる。姉妹たちは既に愉しんでいるようだ。ランカなどは湯のあたたかさにうつらうつらしている。

 リンカは……と見るといつになく真剣な顔つきで、一点を見つめていた。


「どしたの、リンカちゃん」


 す、と腕が上がり、壁面の一部を指さす。そこには文字が流れていた。壁面がスクリーンになっているようだ。


「すごいね、里はなんでもあるね」

「ちがう、なかみ」

「え?」


 言われて流れる文字を追う。それは、ニュースの一部らしかった。


『鶺鴒学園高等部に三名の転校生。この時期の転入は異例の事態であり、学園長直々の声がかりではないかとの憶測が流れている。また、彼女たちが学園長の娘であり、学園著名人の一人、神月ほのか嬢と同室になった事実からもこれは裏付けられ……』

『未確認ながら、既に学園でも最大規模の未公認団体「神月ほのかファンクラブ」と幾度も渡り合い、独自勢力を築きつつありとの情報もあり、今後の動向が……』


「これって……もしかしてあたしたちの……こと?」


 みるみる青ざめるレンカの隣で、ランカがついにぽちゃりと湯に顔をつっこんだ。



                    †



「あなたがたのことが報道されていた? ああ……まあ、そんなこともあるでしょうね」


 まだほんの少しだけ湿りけを残した髪を結い上げる手を止めて、ほのかはなんだかわたわたと慌てているレンカにそう答えた。

 ピンを口にくわえ、再び鏡台に向かう。


「そ、そんなこともあるって、だって、だってニュースになるだなんて」


 ピンで器用に髪をとめ、ゆっくりと結い上げていく。

 慌てふためいているレンカと、その横でなにも言わず突っ立っているリンカ、それにようやく目が覚めてきたらしいランカの姿を見て、彼女は小さく溜め息をついた。


「よろしい? ここは鶺鴒学園ですのよ? 高校就学人口だけで12万を数える巨大学園。その世界で最も要求されているものがあなたがたにわかりまして?」


 もちろん三人は答えられない。

 一方、ほのかはさらに芝居がかった口調で彼女たちに教え諭した。


「それはね、娯楽よ。なんでもいい、たのしいこと。胸を躍らせ、手に汗握るエキサイティングな出来事! みな、それを求めているのよ。そして、なんでもかんでもその『娯楽』にしたてあげてしまう。それが、この巨大学園……いえ、人の性というものよ」


 熱狂!

 興奮!

 血湧き肉躍る出来事!

 陶酔し、心浮かれ、夢中になる事物。


 人々はそんなことを求めている。だから、すぐに新しい出来事に飛びつくのだと彼女は言う。


「でもね」


 髪を結い上げたほのかは醒めた声で続けた。


「すぐに飽きてしまう」

「え?」

「飛びついて、おもしろがって、消費して、もうそれで終わり。所詮は一時の娯楽にすぎませんものね」


 その声はなぜか地を這うように暗い雰囲気を宿していた。

 三人はほのかのただならぬ雰囲気に顔を見合わせるが、なにも口にすることが出来ない。


「だから、あなたがたもそんなに気にしなくて大丈夫よ」


 結局、普段通りの調子で彼女がそう言い切って、話は終わったのだった。

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