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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第二章:追いかけっこ
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6:平和的な解決法

 小会議室にはまだ明かりがともっていた。

 こちらに残っていたメンバーも帰したはずだけどと覗き込んでみた。すると、白衣の女医が指揮机に座って、つまらなさそうに机にのの字を書いている。


「ルカ先生!」

「はい、ルカ先生です」


 反射的に応え、ほのかたちの姿を認めるとうれしそうに微笑んだ。


「おかえりー」

「お姉ちゃん、なんでこっちに」

「だって、仕事終わったもの」


 暢気に会話する女医。しかし、ハルとほのかは驚愕に目を見開いた。


「ルカ先生がお姉さま?」


 ほのかがまゆに尋ねる。

 医務室に乱入してきたときはそんな素振りまったく見せなかったというのに。まゆは、しばしもじもじとしていたが、こくりと肯定の仕種をみせた。


「お姉ちゃん、仕事中は公私の区別をはっきりしろって言うから……」

「神月ほのかファンクラブ会長のルカ先生です♪」


 語尾に音符がついていそうな勢いで、ほのかのほうに駆けてくる。


「ああ、ようやく仕事時間外にほのかさんに会えたわー。先生うれしい」

「は、はあ」


 あまりの勢いに圧倒される面々。

 その間も、ルカはほのかの手を握っては、ああ、ほのかさんの手だーと子供のように喜んでいる。


「で、あたしたちゃどうすりゃいいんだよ」


 さすがに苛ついたのか、後ろから不機嫌な声をかけてくるランカ。

 なぜか、彼女は喧嘩を止められたことにはさほど腹を立てずについてきていた。

 ほのかはともかく、まゆや――情けないことに――ハルも力が強いわけではない。

 移動中であれば姉妹を取り戻すチャンスもあったはずだ。だが、おとなしくついてきている。

 そのことにハルは少々疑問を覚えながら、ひとまずはありがたく思っていた。


「あら、お客様?」


 ルカは三姉妹の顔を見て、なんだか考え込むような仕種をした。

 縄でしばりあげているのはやはりまずかったろうかと心配になる一同。

 しかし、それは杞憂だったようだ。


「あなたたち、どこかで見たわ……。たしかに見たの。どこだったかしら……」


 自分の中の記憶を探り出すルカ。

 そんな彼女をひとまずおいておいて、ハルは三姉妹に向き直った。


「じゃあ、そろそろはじめようか」



                    †



「ごくごく簡単なものなんだよ」


 ハルは机の上に並べた紙のカップを前に、そう言った。

 三つのカップの中央に、黒い碁石が一つ置かれている。

 その碁石を一つのカップで覆うと、他の二つと次々入れ換え、再び一列に戻してみせた。


「どこに石が入っているか、あててくれればいいんだ」


 にっこりと笑って、まゆのほうに向き直る。


「さあ、どうぞ」


 当ててみせろということなのだろう。

 まゆはおずおずと真ん中のカップを指さした。動きから見てそこだと思ったのだ。

 うなずいてカップを傾けるハル。

 はたして、碁石はそこに存在した。


「やった」


 なんとなくうれしい。

 まゆが喜んでいると、不機嫌そうにランカが呟いた。


「あたしだってわかってたさ」


 もう一度カップがシャッフルされる。今度はランカに向けて問いかけるハル。


「はい、どうぞ。もちろん、いまは練習だよ」


 ランカは右を指す。

 今度も真ん中だと思っていたまゆは眉をひそめた。

 カップが開けられる。

 右、なし。

 真ん中、これもなし。

 左のカップの中に、石は隠されていた。


「もう少し練習しようか」


 シャッフル。


「どうぞ」

「今度こそ右だっ」


 むきになって指さすランカ。

 肩をすくめて、ハルはカップをあけてみせた。たしかに右のカップに石はあった。


「よっし」


 ランカは小躍りする。

 一方で、ほのかは一心にカップを見つめ続けているだけで、声をあげようともしない。


「神月もあてるかい?」

「いえ……。それよりも、一回勝負?」

「いや、それじゃあ、面白くない。五回勝負で勝ちが多いほうだな。同点なら延長」


 どうだい? と眼で問いかける。

 二人は顔を見合わせ、次いでそろってうなずいた。

 ハルは、くるくると指の間で弄んでいた石を、カップの一つにぽんと投げ入れる。


「よし、じゃあ、はじめよう」



                    †



 ハルの手の中で、カップが踊る。右に左に。

 入れ代わっては戻り、戻っては入れ代わる。


「はい、どうぞ」

「右!」


 ランカが叫ぶ。ほのかは無言で真ん中を指さした。

 カップが一斉に開かれる。

 石があるのは、左のカップ。


「あちゃー」


 二人とも得点は0。

 ハルは涼しい顔で、再びシャッフルをはじめる。

 ランカはその指先を食い入るように見つめる。

 しかし、ほのかはなにか思うところがあるかのようにハルの顔を見つめていた。


「このゲーム、なにか名前はあるのかしら?」


 不意にほのかが問うた言葉に、ハルはよどみなく答える。


「スリーシェルゲームっていうらしいね。もとは貝殻やくるみの殻でやっていたらしい。さあ、どうぞ」

「真ん中だ!」


 その叫びに、一瞬ほのかの顔が歪む。

 ハルと目をあわせ、何事か通じ合ったかのように見えた。彼女の指は右を指す。

 結果は、真ん中。


「よし!」


 得点は1対0。


「ねえ、次から一緒に指定してもよろしいかしら?」

「そうだね、どう、ランカさん。いい? そう、じゃあ、それで……さあ、どうぞ」

「真ん中」「右っ!」


 ほのかとランカの声が同時にあがる。

 左のカップが倒される。ない。

 真ん中と右は一度に持ち上げられる。

 石は、真ん中に。


「くそっ」


 得点は1対1。

 ほのかはなんだか納得したような表情をしていた。

 それがまゆの心にほんのちょっぴり疑問を植えつける。


「ここからが勝負ですわね」

「運と天分、それにちょっとした注意力さえあれば、勝てるものさ。さあ、どうぞ」


 ほのかが眉をひそめる。


「真ん中ですわ」「今度は左だ」


 いくらなんでも三回続けて真ん中はないだろうとまゆはどきどきする。ここでランカが得点すれば、ほのかは追い詰められてしまう。

 しかし、石はまたしても真ん中から出てきた。

 まゆは快哉を叫ぶ。


 1対2。

 ランカの顔が奇妙に歪む。

 興奮のためか、顔が真っ赤になっていた。


「どうしたの。見てなくていいのかな」

「うるせえ、黙れ。ちょっと考えさせろ」


 ランカは頭の奥でひっかかっているものをつまみ出そうと懸命に頭をめぐらせた。その表情を見て、まゆは一足早く気づいてしまった。

 この四回、そして、練習のときのパターン。ハルの言葉。合図……。


「まあ、いいけどさ。そろそろいいかい」

「……いいぜ」

「では、最後の勝負。はい、どうぞ」


 いけない!

 まゆは心の中で叫びをあげた。

 ランカはもう仕組みに気づいている!


「ひ……」

「待った!」


 ほのかの言葉を、ランカの言葉がかき消した。ほのかとハルの顔がこわばる。


「あたしはここではずしたら負けだ。そうだろ? ちびがここでもしはずしても、負けちまうんだから」

「ですが、勝負というのは最後まで……」


 青白い顔で、ほのかが口をはさむ。

 ランカはにやりと笑みを浮かべた。その表情に自信がみちあふれている。


「おや、ちびって言っても怒らないなんて、お嬢さんはずいぶん余裕がおありだ。いつのまにか行儀よくなったらしいや。ともかく、あたしが当てなきゃ負けなんだ。あたしだけが指定すればいい。そうだろ」

「ですから、最後までと……」


 ランカはもうほのかのほうを見ていなかった。

 左のカップに指をかけ、ハルの顔をじっと下からねめつける。


「さあ、言いなよ『はい、どうぞ』って。そうだろ?」

「何のことだい?」


 ハルは硬い表情のまま、しらを切った。

 もう終わりだ、とまゆは思った。ハルのサインが読み取られていたのだ。


「あたしはこの左のカップを選択する!」


 そう高らかに宣言し、彼女はカップを倒した。まゆは思わず目を覆う。


「え」

「そんな、莫迦な!」


 まゆは驚愕の叫びに目を開く。

 そこに、石はなかった。


「あれ?」


 混乱するまゆ。

 イカサマはなかったのだろうか?

 あれはあくまで、偶然だったというのか?

 しかし、まゆはほのかとハルの間に交わされた一瞬のやりとりを見逃さなかった。


 自分を睨み付けるほのかに対して、彼は悪戯っぽくウィンクしてみせたのだ。指にはさんだ石を見せるのといっしょに。

 彼は、ほのかさえひっかけたのだ!


 ランカは、あまりの驚きにそれを見ていない。

 ただ、諦めたように叫んだ。


「しょうがねえ、おめえの嫁になってやるよ」


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