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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第二章:追いかけっこ
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5:緋と朱の対峙

 夏の日の夕暮れは一瞬だが、明日への期待に満ちて淡い。

 冬の陽の落ちゆくさまは、目に留めるほどもない。

 けれど、秋の黄昏は、その身を誇示するかのような大きな太陽によって、赤く赤く世界が染め抜かれる。


 そして、朱色に染まっていた空が紺から黒へ色を変えようとする頃、ランカは公園へたどりついた。

 笑いすぎたせいで横隔膜がおかしくなって、息が苦しい。疲れ切った体をひきずって、二人の姉妹の待つ場所に近づいていく。


 そこでは、ほのかたちが待ち構えていた。

 ファンクラブメンバーはほのかが言って帰らせた。

 あまり遅くまで彼女の名前で拘束しておくことは後々問題になりかねないから。


 ただ、実際はランカとやりあうのを邪魔されたくないだけのことではなかろうか。

 そう、ハルは密かに推察していた。

 ランカらしき影が薄闇の向こうから現れると、ハルは改めて念をおした。


「いいかい。先に僕の刀を取り戻してからだ。そのあとは二人でどうぞお好きなように。それと、短刀を使うのはなし。殺し合い反対。いい?」

「何度も繰り返さなくても大丈夫でしてよ。私はべつにあの女と喧嘩したいわけじゃないのですから。普通に謝っていただければ充分」


 じゃあ、そのたすきがけと白い鉢巻き――鉄板入り――はなんなんだ。

 そうつっこみをいれたくてしょうがないハルであったが、あまりに真剣な目つきにそれもできない。


「ま、まあ、穏便に……」


 あまり言うと逆に反発するだろうと、ハルは口をつぐんだ。代わりに逆側にいるまゆに話しかける。


「ところで、まゆちゃんは帰らないの?」

「あ、あたしは最後まで見届けるよう他の人に言われて」

「ファンクラブ派遣員ってわけか」

「あと、くすぐり係です」


 赤い眼鏡の女の子は改めて胸を張る。

 足下にはくすぐられ続けてへろへろになっている藍色の少女と、けろりとした顔の鶯色の少女が縛り上げられて座り込んでいる。


 彼女たちが、お互いの感覚を共有しているらしいとわかった時には驚かされたが、それがかなり離れていても通じるのだと判明してさらに驚いた。

 公園の端と端で実験してもたしかに彼女たちの感覚は通じているようだった。ただし、リンカはなにも反応しないので、本当かどうかはいまひとつわからない。


 けれど、何も伝えてないのに、あの緋色の少女がおびきよせられたところを見ると真実と認めてもかまわないだろう。

 くすぐったりなんだりは、たしかに男のハルがやるわけにはいかないし、ほのかはそんなことをすすんでやりたがらないから、まゆが残ってくれたのはありがたかった。


 ただ、中等部の学生で門限は大丈夫なのだろうか。中等部は寮の門限がはやいはずだが。


「あ、大丈夫です。保護者が――姉ですけど――ファンクラブ会長ですから」

「あ、そ、そう」


 人影はリンカとレンカの姿を認めると、憤然と彼らに駆け寄ってきた。

 そのまま殴り掛かってこようとするのを、ほのかが『朱雀』を抜いて制する。


「止まりなさい」

「んだと、こら、リンカとレンカを、放しやがれ」


 3mほど離れたところで立ち止まり、じろりとハルたちを睨み付ける。


「ああ、構わないよ。僕の守り刀を返してもらえれば」

「ああん?」


 ランカの顔が険しくなる。ぐったりとした姉妹とハルの顔を交互に見比べる。


「汚ぇぞ、てめえ」

「あら、汚いというのは、人にぶつかっても許しも乞わず、人のものを盗っても開き直る方のことかしら?」

「あんだと、このちび」

「ちび……ですって!」

「ちびはちびだろうが。何喰ってきたんだ、てめえ。今どき八つの子供でも立派なもんだぜ。ああ、それともまだおむつがとれてないですかぁ? 赤ちゃんでしゅかあ?」


 せせら笑う声に、けれどハルは焦りを感じとった。

 彼のつきつけた条件には触れずに、ほのかを挑発しているのは彼女なりの必死の策なのだろう。


「神月、無視しろ」


 真っ赤になって震えているほのかの腕をとる。思い切り振り払われた。


「……我慢しろっていうのっ」


 もう一度ほのかの腕を押さえた。憤怒の震えが触れている掌から伝わってくる。今度はけれど振り払われることはなかった。


「まだ、はやい」

「何いちゃついてんだ? あたしらはてめえらと違って忙しいんだ。はやく二人を離してどっかいっちまいな」


 猛烈な勢いでまくしたてるランカを正面から睨み返し、ハルは大きく一つ息を吸う。


「ぼくらを怒らせて隙をつくろうとしても無駄だよ。なにしろ……」


 ハルは一拍ためて、一気に言葉を吐き出した。


「僕は、もう充分怒ってるんだから」


 その言葉の迫力に、じりっとランカがあとずさる。

 ほのかの震えさえ止まった。


「一つ、賭をしよう」


 しんと静まり返った公園の薄闇の中で、ハルの声が響く。

 彼以外の誰もが言葉の意味を一瞬理解できず、彼の顔をまじまじと見つめた。


「君は姉妹を取り戻したい。僕は刀を取り戻したい。交換といきたいが、どうも納得しないようだ。だから、納得できるようにしようよ」


 彼は、にぃと笑みを見せた。


 こういうのを悪魔の笑みというのかしら。

 ほのかは微かに眉をひそめる。


「神月と君が勝負する。勝ったら総取りだ。どうだい?」

「私、別にこの姉妹はいりませんけど」


 ぼそりと不機嫌そうにもらすほのかを無視して、ランカのほうを真剣に見つめるハル。

 彼女は再びハルと姉妹を見比べ、最後にちらっとほのかを見て、莫迦にするように鼻をならした。


「いいぜ、あたしに勝てると思ってるならな」

「……私も望むところですわ」

「ちゃんと約束する?」


 二人がうなずくのを確認して、ハルもうなずき返す。それを合図と見たのか、ほのかとランカは距離をとって対峙する。


 二人の間に殺気が沸き立つ。二人を隔てる空間が、音をたてて歪んでゆくかのようだ。


「STOP!」


 にらみ合う二人の間にすたすたと割り入ってゆくハル。

 不満げに顔をゆがめる二人を、彼はにやにやと見返している。


「誰が喧嘩で決めるって言った?」

「そりゃ、おめえが……」

「僕は勝負って言っただけ。殴り合いとは決まってないだろ?」


 探るような視線が集まる。グロッキーだったレンカさえ、顔をあげて彼のほうを興味深げにうかがっていた。


「じゃあ、なんだっていうの」


 朱雀を所在なげにゆらして、ほのかが尋ねる。それに応じて、ハルはにやりと笑みを大きくした。


「もちろん、平和的手段でさ」


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