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明日飛ぶ鳥  作者: 安里優
第二章:追いかけっこ
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4:捕縛と誘導

「赤がいないなあ」


 ハルは地図を眺めて慨嘆する。

 緑と青の線は第5班と第8班の二つのグループが追い詰めようとしている。

 しかし、その地図上では、赤は散発的な目撃情報でしかその位置を把握できていなかった。


「緑と青でおびきだすか?」


 捜索班を示す碁石の配置をじっくりと考える。

 緑と青を追いかけている南側のグループをのぞいては、街中にばらけた配置。

 ハルは、ぱちり、ぱちり、と手の中に握り込んだ碁石を叩きあわせた。

 なぜ、囲碁のセットが会議室にあったかは考えないことにしておこう。


「よし、決めた」


 北地区の班はさらにばらけさせ、東と西の班を南地区へ移動するよう指示する。


「神月、僕らも動くぞ」


 どこへ?

 そう眼で問いかけてくるほのかに、手に持っていた碁石を、音を立てて地図に叩きつける。


「ここ。南中央公園。ここに二人を追い詰める。君の仇をおびきだすんだ」


 そうして、僕はあれを取り戻すのさ、と彼は獰猛な笑みを浮かべて口の中だけで呟いた。



                    †


 二人は追い詰められていた。

 眼下では幾十人、いや、百人を超す人々が、大声をあげながら彼女たちを探し回っている。

 見つかるのはもう時間の問題だろう。


 木の幹にもたれかかりながら、レンカは鯛焼きをほうぼっていた。

 隣の枝では、同じくリンカが鯛焼きをくわえて、葉の間から走り回る少女たちを見おろしている。


「ランカちゃんは逃げられたかなあ」


 リンカはくいと首をかしげる。


「……見つかっては無いけど……どうかな」


 ほうっと嘆息するランカ。

 この木の上は居心地がいいが、もうすぐ降りないとだめだろうなあ、などと半泣きで考える。

 不意に、普段は驚きの声などもらすはずもないリンカが声をあげた。


「あっ」

「なに……?」


 少女は顔を青ざめさせて、くわえていた鯛焼きを取り落とした。そのことにも気づかぬほど、体が震えている。

 リンカは、それに気づいているのかいないのか、


「これ、中身が違う」


 と平然と言った。


「そ、そんなことーーーー」


 慌てて口をふさぐがもう遅い。


「なにか声したよ?」

「え、どこどこ」「あ、なんか落ちてる」「食べかけだー」

「この木の上だ」「うん、木の上だね」「木の上だ」

「あ、ほんと、なんか見えるよ」「どうする?」「どうする?」

「ゆらそう」「ゆらしちゃおう」「ゆらしちゃうかっ」

「そーれっ」


 樹が揺れた。

 二人とも、必死に枝にしがみつく。といっても、リンカは無表情なままだったが。

 揺れはどんどん大きくなる。

 根こそぎ倒されそうな勢いだ。

 見おろせば、木を十重二十重に取り囲む少女たち。


「おしくらまんじゅー」「おされてなくな」

「おっしくらまんじゅー」「おっされてなっくなっ」


 いつのまにか、おしくらまんじゅうになっている。

 あまりの振動に、リンカのくわえていた鯛焼きが、口をはなれた。


「たいやきっ」


 鯛焼きを追って、彼女の腕は枝を離れ、追いつかないと見るや、体もそれを追った。


「リンカちゃあああんん」


 レンカは、リンカの体をなんとか抱き留めようとした。しかし、揺れる枝の上で、二人の体重を支えるのはむずかしい。

 しかも、リンカの鯛焼きを追う体は勢いがつきすぎていた。


 二人の体は樹の支配から、重力の支配下に落ちて……。

 ぽてん。


「きゃあっ」

「落ちたー。やったー」「はやく、おねえさまに」

「ほのかさまー。私たちの手柄ですう」「あ、ずるい、うちの班が初めに見つけたのよ」

「なによー。あたしたちがおいこんだからでしょうに。図々しい」「なにおう」


 そんな喧騒をよそに、リンカは悲しそうに呟いた。


「たいやき……」



                    †



「問題は、だ」


 とランカは口の中で小さく呟いた。


「ここがどこだかさっぱりわからないということだな」


 暮れはじめようとする夕日を背景に暢気に走ってゆく路面電車を眺めながら、ランカは途方に暮れた。

 街は、無闇と見て回るにはいいが、はぐれた姉妹を探すには広すぎた。

 こうなりゃ一人ででも山に帰ろうかと思ってみたものの、一向に街から出られない。


 これは話に聞く迷路というやつだろうか、といぶかしむほどだ。

 もちろん、実際はまっすぐまっすぐに歩いていけば街の外に到達するはずなのだが。ランカの方向感覚はよほどずれているらしい。


 とぼとぼと歩いていた少女は不意に体を折り曲げて、笑い声をあげはじめた。周囲の人々が、びくりと彼女から離れていく。


「うひゃ、ひゃ、ひゃ! あひゃ、ふひゅっ! あ、あい、つら。うひゃひゃ」


 ひとしきり笑ったあとで、ぜいぜいと荒い息をつく。


「どこにいんだ、あいつら、うひゃひゃひゃ」


 苦しい笑い声をあげながら、彼女は走りはじめた。



                    †



「……つまり、私たち人間というものは生得の権利と、社会から与えられた束縛の中でバランスをとることを通じて……」


 ほのかファンクラブの面々はずらりと整列してほのかの演説に聴き入っていた。

 正確に言えば、聴き入っていることになっていた。

 実際には、ほのかの言葉に心酔してひたすら讃美の目を向けている者もいれば、あくびをかみ殺している者もいたりする。


 縛り上げられた鶯と藍の少女を見張っている少女もその一人だった。

 見張りは幾人かいるが、どれも彼女と同じく運動部所属の体力のある者が割り当てられている。


 運動部だけに、こういうときに礼儀正しくすることは得意だが、それだけに意識を別の処に飛ばしておく術もちゃんと会得していた。

 とはいえ、囚人――彼女からしてみれば、ほのか様にはむかった愚かな奴――に話しかけるのはまずい。

 そこで、彼女はちょっとした悪戯心を働かせた。


 冷静そのものの顔で鯛焼きをぱくついてる女を笑わせてやろう。そう思ったのだ。

 縄のたるみを点検するような素振りでしゃがみこみ、脇腹を思い切りくすぐりあげる。


「あひゃっ」


 予想の通り、奇妙な声をあげる。

 だが、彼女はぽかんと口をあけてしまった。いま自分が引き起こした現象を頭がのみこめない。

 まさか、と思いつつ、またくすぐる。

 くすぐられているリンカの顔は何一つ変わらず、相変わらず器用に口だけで鯛焼きを食べている。


 けれど。


「わふっ」


 声をあげたのは、レンカのほうだった。

 二度、三度、四度。

 彼女は実験をする。

 それでも声をあげるのは、レンカだけ。


「ほのか様っ」


 彼女は立ち上がると、この発見をほめてもらおうと、ほのか目指して駆けだした。

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